248 / 366

第55章 揺らめく記憶1

秋音は優しく雅紀の頭を撫で 「責めているわけじゃないぞ。ただ俺は、おまえが心配なだけだ」 「……うん……。そう……ですよね……。逆の立場なら……俺も話して欲しいって思う」 雅紀は振り返り、秋音の目を見つめた。上目遣いの大きな瞳が迷いに揺れている。 「あの……俺……。助けたい……人がいるんです」 口を開いては閉じ、何度も躊躇い、ようやく雅紀は話し始めた。 「助けたい?」 「……はい。すごく……お世話になった人で……。その人が困ってて……。俺でも手助け出来ることがあるから……何とか……してあげたくて」 言いながら、雅紀は自信なさげに目を逸らした。 「その手助けっていうのは、俺と一緒にいては出来ないことなのか?」 「……」 「俺にも出来ることがあるなら、手を貸すぞ。どんな内容なんだ?」 雅紀は何か言いかけて口を閉じ、力なく首を横にふった。 「秋音さんの気持ちは、すごくありがたいです。でも……俺じゃないと……ダメなことなので」 「……そうか……。だが、何も離れる必要はないだろう?俺と一緒に暮らして、俺が日中働いている間は、その恩人の手助けをすればいい」 「……」 助けたいのは貴方で、その為には貴弘のもとへ行かなくてはいけない。だから貴方とは一緒に暮らせない。 正直もう、全て打ち明けてしまいたかった。秋音が気にするのは当たり前だ。恋人に隠し事や秘密なんて、出来れば持ちたくない。でも……。大好きな秋音にだからこそ言えないのだ。 喉元まで出かけている言葉を、雅紀は必死に飲み込んだ。 「……ありがとう、秋音さん。いろいろ考えてくれて。俺、どうしたら1番いいか、もう少し考えてみます」 雅紀はそう言って微笑むと、秋音の腕の中から出て、立ち上がった。 「夜飯の準備、してきますね。秋音さんはゆっくり休んでてください」 「……」 思わず引き戻そうとした手を、やんわり外された。そのままくるりと背を向け部屋を出ていく雅紀の背中は、これ以上の質問をきっぱり拒絶している。 雅紀の背中を目で追いかけ、秋音はため息をついた。 ……人助け、か……。 意外な答えだったが、雅紀ならば有り得そうだ。恩を受けた相手の手助けがしたい。それは決して悪いことではない。 だが、あれほど頑なに、内容を言おうとしない。それにあの思い詰めたような表情が、やはりかなり引っかかる。 『俺、秋音さんの側にいたい。離れるなんてやっぱり出来ないっ』 公園で雅紀はそう言った。あの言葉は思わずもれた本音だろう。 その本音を犠牲にしてまで、やりたい手助けとは何だろう。恩を受けた相手とは、どんな人物なのだろう。 雅紀は、早瀬暁にはその内容を話していたのだろうか。自分に暁の記憶が戻れば、その内容に見当がつくのだろうか。 だとしたら、雅紀の言うように、催眠療法でも何でも受けて、一刻も早く欠けた記憶を取り戻したい。 もどかしさと得体の知れない不安が込み上げてきて、秋音は姿見に映る自分の顔を見つめた。 夕飯を終え、雅紀が風呂に入っている間に、秋音はスマホを手に取りラインを開いた。 事務所では、田澤にゆっくり雅紀のことを聞くタイミングがなかった。出来れば電話で話したいが、この部屋の薄い壁では、雅紀に話し声が聞こえてしまう。こそこそするのは好きではないが、他ならぬ雅紀のことだ。妙に胸騒ぎがして仕方がない。 ーこんばんは。秋音です。今、お時間ありますか? 田澤にメッセージを送ると、間を置かずに既読がついた。 ーおう。どうした?何かトラブルか? ーいえ。雅紀のことで、ちょっと貴方に聞きたいことがあるんです。 ーどんなことだ? ー俺が聞いても言葉を濁して、話してくれません。雅紀は世話になった相手に恩返しをする為に、俺から離れなければならないと言っている。その相手と内容に、田澤さんは心当たりはありますか? 少し間が空いてから、田澤の返事が来た。 ーおまえから離れる?そりゃあ穏やかじゃねえな。だが……篠宮くんのプライベートには、俺はそれほど詳しくねえんだ。俺が知ってるのは、暁絡みのことと、桐島貴弘氏絡みのことだけだ。 田澤からの返事を読んで、秋音は落胆した。田澤が知らないのであれば、他に頼れる人はいない。 ―そうですか。分かりました。すみません、夜分遅くに。 ―役にたてなくってすまねえな。ただ、おまえと離れるってのは、俺も気がかりだ。それとなく俺からも探りを入れるから、また時間見つけて事務所に連れて来てくれ。 ―ありがとうございます。お言葉に甘えて、病院帰りにでも、また寄らせてもらいます。 ―おう。遠慮はいらねえからいつでも来い。待ってるぜ。 秋音はラインを閉じて、スマホをテーブルに置いた。 落胆していても仕方ない。田澤が知らないというのなら、多分暁にも話していないのだろう。だとしたら、やはり自分が何とかして、聞き出すしかない。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!