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揺らめく記憶2

「桐島貴弘……か……」 顔も覚えていない、半分血の繋がった兄。そして、雅紀の愛人だった男。 「……っ」 一瞬、何かが頭の奥をよぎった。ひやりとした違和感が残る。 ……何だ?今のは… 頭の奥が、妙にざわめいている。秋音は目を細め、こめかみの傷に手をあてた。 昼間のような頭痛ではない。時折起きるデジャブのような感覚に似ている。 自分の奥底に眠る記憶の残像が、何かをきっかけにして、浮かび上がろうとしている気がする。 ……俺は、今、何を考えていた?何がこの違和感のきっかけだった? 「……っ」 秋音は息を飲み、目を見開いた。 考えていたのは、桐島貴弘のことだ。 なさぬ仲の兄。そして雅紀の……。 「雅紀の愛人だった男……」 ……待て。落ち着いてよく考えろ。 雅紀は貴弘の愛人だった。 貴弘は俺の命を狙っている人物かもしれない。 雅紀は世話になった恩人を助けたいと言った。 自分にしか出来ないことだと言った。 俺とは離れたくない。 でも離れなければ、それは出来ない。 雅紀の恩人とは……誰だ? 雅紀が自分を犠牲にしてまで、助けたい相手とは誰だ? それは………。 「秋音さんっ。具合、悪い?!また頭痛むの?!」 血相を変えた雅紀の、悲鳴のような声が聞こえた。秋音は驚いて顔をあげる。 風呂上りでバスタオルを巻いただけの雅紀が、泣きそうな顔ですがりついてきた。必死の形相で自分の顔をのぞきこみ、頭の傷跡をそっと指で撫でてくる。 「病院っ。行こうっ秋音さん。俺、救急車、呼ぶからっ」 「落ち着け、雅紀。大丈夫だ。頭痛じゃない。ちょっと考え事をしていただけだ」 今にも立ち上がって、充電中のスマホを取りに行きそうな雅紀の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。抱き締めて背中をさすってやる。 「驚かせて悪かった。本当に頭痛じゃない。具合も悪くないぞ。頼むから落ち着いてくれ。な、雅紀」 雅紀は半べその表情で、秋音の顔をのぞきこみ、ほっとしたように身体を弛緩させた。 「痛くない?ほんとに?……っ……ぁ……よかったぁ…」 涙声でそう言って、胸に顔を埋めてきた。身体が小刻みに震えている。秋音は雅紀を抱く腕に、ぎゅっと力を込めた。 ……ああ……そうか。そうだったのか。雅紀……おまえは……。 「寒くないか?そんな格好でいると」 雅紀の震えが治まるまで、ずっと抱き締めて背中を撫でてやっていた。風呂上りの火照っていた身体は、すっかり冷えきってしまっている。 「ごめんなさい……。重たかったですよね」 雅紀は照れたようにはにかんで、秋音の身体から手を離して起き上がった。 「頭抱えてうずくまってるから、てっきりまた、具合悪くなったんだ~って……。そそっかしいな…俺」 「いや。紛らわしい格好をしていた俺が悪い。心配かけたな」 雅紀は笑って首をふると、立ち上がり、用意しておいた下着と、寝間着代わりのTシャツと短パンを、身につけ始めた。 「もう1度、風呂に浸かってきたらどうだ?」 「んー……でももうお湯冷めちゃったし。いいです。このまま布団に入れば寒くないから」 秋音はソファーから立ち上がり、並んで敷かれた布団の、壁側に先に座り込むと 「おいで。抱き合って眠ればすぐに暖まる」 そう言って、雅紀に手を差し伸べた。雅紀はちょっと恥ずかしそうに躊躇してから、素直に側へ行き、大人しく秋音の腕の中に収まった。秋音は雅紀の身体ごと、ごろんとシーツに転がると 「抱き枕にちょうどいいな」 雅紀の顔を自分の胸に埋めさせて、頭を優しく抱え込んだ。 「秋音さん、疲れない?この体勢で寝ちゃったら」 「大丈夫だ。あったかくて気持ちいいぞ」 雅紀はもぞもぞと動いて、なるべく秋音の負担にならない体勢に落ち着くと、安心したように、ほうっと息を吐き出した。 「明日な、かかりつけの病院に行ってみよう。とりあえず、外科で傷の具合は診てもらうつもりだ」 その言葉に、雅紀はもぞもぞと顔を動かして、秋音を嬉しそうに見た。 「うん。絶対その方がいいです」 「ああ。それと、おまえの言っていた催眠療法な。どこで受けられるのか調べて、そっちも近々行ってみるか」 雅紀はこくこく頷いて、にっこり笑った。 しばらくはなかなか寝つかれずに、もぞもぞごそごそしていた雅紀だったが、疲れていたのだろう、やがてすぴすぴと寝息をたてて眠りについた。 その健やかそうな寝顔を見ているだけで、心が和む。 だが、和んでいる場合ではない。 さっき気づいてしまったこと。 雅紀が自分から離れて、やろうとしていること。根拠はなかったが、おそらく自分の想像は当たっているだろう。 もっと早く気づいてもよかった話だ。自分の身を、心を削るような思いで案じてくれている雅紀が、いかにも考えそうなことだった。自惚れではないと思う。仙台からこちらに戻ったのも、恐らくはその為だったのだろう。

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