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揺らめく記憶3
何度も躊躇いながら、ようやく打ち明けてくれた、人助けという言葉。
雅紀がどうしても、俺にその内容を言おうとしなかったのは当然だ。
俺は、助けようとしている当の本人なのだから。
命を狙われている恋人。
狙っているかもしれない元愛人。
雅紀はきっと、桐島貴弘の所へ行くつもりだったのだ。
無茶な話だ。
犯人は貴弘だと決まったわけではない。1番疑わしいというだけだ。
もし貴弘が犯人だったとして、元愛人だという雅紀が単身乗り込んでみても、貴弘のすることを止めることなど出来ないだろう。
けれど、何事にも一生懸命で一途な雅紀ならば、無謀を承知で何の策も弄さずに、飛び込んで行っても不思議ではない。
月明かりにぼんやりと照らし出された雅紀の寝顔。天使のようにあどけない綺麗な顔を、秋音はせつない気持ちで見つめた。
……バカだな……雅紀。おまえが俺を守りたいのと同じぐらい、俺もおまえを守りたいと思っているんだぞ。
雅紀を貴弘の所へなど行かせない。
秋音は雅紀の唇にそっと口づけると、柔らかく抱きしめ直して目を閉じた。
それにしても、さっきの感覚は不思議だった。自分の頭の奥でざわめく気配。目はしっかり覚めていたはずなのに、まるで夢の中にいるような…。自分の身体が自分のものではなくなっていくような、妙に現実味のない感じ。
これも頭痛と同じように、記憶喪失の影響なのだろうか。
雅紀に言ったように、早いうちに1度病院で診てもらった方がいいだろう。自分の中に得体の知れない爆弾を抱えているような今の状態では、雅紀に何かあった時に満足に守ってやれない。
雅紀の身体のたしかな温もりを感じながら、秋音はやがて眠りについた。
なんだか身体が重たい。
……じゃなくて、何か重たいものがのしかかっている気がする。
雅紀はパチっと目を開き、そのまま固まった。
ものすごーく至近距離で自分を見つめる目。顔が判別出来ないくらい近い。
「おっ。目、覚めたかっ」
切れ長の目がふにゃんと優しくなって、はしゃいだような秋音の声。
……じゃない、これは………
「あき……ら……さん……?」
寝ぼけまなこをふにゃふにゃしながらそう呟くと、暁はがばっと身を起こし、驚いたように目を見開いた。
「お~すげえな、雅紀っ。俺だって分かんのかよっ」
嬉しそうに破顔して、雅紀の頭をわしゃわしゃしてくる。
「暁さんっ」
雅紀は叫んで、暁に抱きついた。
「おうっ俺だっ。ちょっ、こら、顔よく見せろって」
胸元にかじりつく雅紀を優しく引き剥がし、暁は雅紀の小さな顔を両手で包みこむようにして、にかっと笑った。
「んー。相変わらず美人だな~おまえ。肌もつやつやになったし、あん時よりふっくらしたよな。んーー。可愛い、可愛い」
言いながら満足そうな顔で、雅紀の顔中にキスの雨を降らせる。
「んっ……くすぐった……ぁ、きらさ、だめっ…」
「なんでだよぉ~。せっかくまた出てこられたんだぜ。もっといっぱい、ちゅうさせろって」
尚もしつこくキスしまくる暁の顔を、雅紀はふるふるしながらよけて
「んもぉっ、俺も、暁さんの顔、見たいから」
じゃれつく大きな犬みたいな暁の肩を、両手で掴んで大人しくさせて、まじまじと顔を見つめる。
「ん。暁さんだ」
「えー。顔は秋音とおんなじだろ?」
雅紀は首を横にふって
「ううん。同じ顔でも表情が違うし。でも暁さん、どうやって出てきたの?」
雅紀の問いかけに、暁は苦笑して
「なんか変だよな、その質問ってさ。いや、別にどうもしてないぜ。目が覚めたら俺で、隣に可愛いのが寝てたからさ、寝込み襲ってやるかな~って」
暁のにやにや顔に、雅紀ははっとして自分の身体を見下ろした。
夕べたしかに寝間着代わりに着たはずの、Tシャツが消えている。それだけじゃない。胸元に赤い吸い跡が……。
「あーーーっ」
雅紀の突然の声に、暁はバツが悪そうに首を竦めて
「わりぃ。つい、つけちまった…」
「つい、じゃないからっ。えっ、1箇所だけじゃないでしょ、これ」
雅紀はのしかかってる暁を押し退けて立ち上がると、姿見で自分の胸元や首筋を確認して仰け反った。
「うわぁ……こんなにいっぱい…」
くるっと振り返って暁を睨み付ける。
「……暁さん…」
雅紀の怖い顔つきに、暁はたじたじになり
「やっ、だからわるいっ、ごめんって。んな怖い顔すんなよー」
「謝ってもダメっ。どうすんですか!このキスマークっ。秋音さんが見たら…」
暁は困ったように眉をさげて
「……だよなあ……。やっぱヤバイよな」
雅紀はもう1度、姿見でしげしげと見直し
「わぁ……。首のとか、くっきり。これじゃあ、服でも誤魔化しようがないし…」
がっくりと肩を落とした雅紀に、暁はおずおずと近寄って、後ろからそっと抱きついた。
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