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第56章 きみの瞳に映る月1

「……えっと…。頼み……?俺に……?」 まださっきの余韻を滲ませた雅紀の表情は、のぼせたようにほよんとしていた。柔らかい髪の毛はあちこち乱れ縺れて、小さな顔を包んでいる。上目遣いの大きな瞳がひどくあどけない。 ……仔猫みたいだな…。 秋音はふ…っと笑って、額にかかる髪を手で優しくかきあげてやり 「ああ……。おまえにしか出来ないことだ」 雅紀はますます目を大きくして、秋音の腕の中でもぞもぞしながら 「……俺にしか……出来ない……こと」 「そうだ。俺を助けると思って、是非協力して欲しいんだ。……頼めるか?」 雅紀は途端に気遣わしげに表情を曇らせ、秋音の顔を包むように両手で頬に触れ 「秋音さん、そんなに困ってるの?俺で、手助け出来るんですか?」 「ああ。すごく困っているんだ。だから、雅紀が頼みを聞いてくれたら、本当に助かる」 紀は神妙な顔になり、こくっと頷くと 「俺で役に立つなら使って。上手くは出来ないかもしれないけど、俺、一生懸命頑張るから」 真剣な眼差しを真っ直ぐに向けてくる、雅紀の素直さが切ない。まだどんな内容なのか聞いてもいないのに、俺を信じきって、どんなことでもやるつもりなのだ。 秋音は複雑な心境で、内心ため息をつき 「なあ、雅紀。おまえは俺を、心から愛してくれているんだよな?」 雅紀は一瞬呆気にとられた顔になり、ほわっと目元を赤くして 「……え……どうして、今更……そんな…」 「同情だったり、しないよな?」 秋音の言葉に雅紀は驚き、きゅっと目をつりあげた。 「同情なんて!そんなわけないっ。どうしてそんなこと言うんですか?俺っ俺はっ」 血相を変えてくってかかる雅紀の頬を、両手で挟んで優しく揺すり 「ああ。悪かった。そんなに怒るな。これから言うことはな、雅紀。俺のことを心から愛してくれている人にしか、頼めないんだ」 「だったら俺に頼んでっ。俺がやるからっ」 ムキになる雅紀に、秋音は真剣な表情で頷くと、 「俺の命を狙っている可能性が一番高いのは、桐島貴弘だ。……雅紀、おまえはあの男と繋がりがあった」 秋音の問いかけに、雅紀は小さく息を飲んだ。澄んだ瞳がゆらゆらと揺らめき、力なく逸らされる。 「……ぅん……愛人……だった……から」 雅紀の声が哀しそうに震えていて、胸が詰まる。だが、辛くても言わせなければいけない。 「そこでだ、雅紀。おまえ、桐島貴弘のところに行って、本当のことを探ってきてくれないか?」 雅紀は目を見開き、秋音の顔を見返した。 「……え…」 秋音はその目をじっと見つめて 「貴弘はまだ、おまえに未練があるらしいと聞いている。おまえならばあいつの側に、近づくことも出来るだろう?」 「あ……」 秋音は苦笑いしてみせて 「いや、おまえが嫌なら無理強いはしないぞ。危険な役割だからな。他にいい方法を…」 「やるっ。俺、やりますっ」 張り切る雅紀に、秋音は難しい顔をしてみせて 「いや、やはり止めよう。そんな危険なことをおまえに頼む訳にはいかないよな。悪かった、今の話は忘れてくれ。やはり俺が直接…」 雅紀はがばっと身を起こして、秋音にすがりつき 「ううん。大丈夫っ。俺、出来るからっ。もともと、俺、秋音さんに言われなくても、そうするつもりだったんです。もう、貴弘さんには会うって伝えていて…」 ……っ。やっぱりそうか。 秋音はぐっと唇を噛み締め、みなまで言わせずに、雅紀の身体をぎゅっと引き寄せ、抱き締めた。 「……っ」 ものすごい力で抱き締められ、雅紀は言葉を詰まらせた。 「雅紀。おまえの人助けっていうのは、やはりそれだったんだな」 地を這うような低い声。雅紀ははっとして目を見開き、秋音の腕の中でもがく。 「……っちが……っ違うっ。あきとさ…」 「ばかっ。誰がそんなことをおまえにしてくれと言った?もしかして俺が早瀬暁だった時に頼んだのか?」 雅紀はぶんぶんと首を横にふり 「違うっ。暁さんはそんなこと言ってないっ。俺が自分で勝手に…」 そう言ってしまってから、雅紀は慌てて口を噤んだ。恐る恐る秋音を見ると、目がきゅっとつり上がっている。うろうろと目を泳がせ始めた雅紀に、秋音は、はあ…っと大きなため息をつき 「もしかしたら……とは思っていたんだ。雅紀。俺の目をちゃんと見ろ」 雅紀は泣きそうな顔で、上目遣いに秋音を見つめた。秋音は怖い顔をしたままで 「おまえが自分を犠牲にしてそんなことをして、俺が喜ぶと思うか?」 雅紀は無言で、首を横にふった。 「おまえが俺のことを、一生懸命考えてくれているのは分かる。その気持ちは凄く嬉しいんだぞ。だがな、俺の気持ちも考えてくれないか?」 「………」

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