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きみの瞳に映る月2
「俺だってお前を守りたいと思っているんだぞ。おまえが思ってくれているのと同じだ」
雅紀は唇を震わせた。秋音は少し表情を和らげ、雅紀の両肩を掴んで、しっかりと雅紀の目を見つめた。
「頼む、雅紀。俺を助けたいと思ってくれるのなら、貴弘の所になんか行くな。俺にはおまえが必要なんだ」
「……必要………?」
ぼんやりと呟く雅紀に、秋音は優しく微笑んだ。
「ああ。おまえが必要だ。頼む、雅紀。側に…いてくれ」
雅紀の大きく見開いた目に、じわっと涙が滲む。
好きで離れたい訳じゃない。ほんとはずっと側にいたい。でも……。
「……お……俺…っ。まっ……守れないっ。側にいても、秋音さん…守る力、ないからっ。役に立てないっっ」
「そんなことはない!」
雅紀は涙をぽろぽろ零しながら、首を横にふった。
「ううん。だって……、だって怪我っ。秋音さん、大怪我したでしょっ。俺が……っ俺の……せいだ……っ」
悲痛な声をあげる雅紀の頬を、秋音は大きな手のひらで挟んで
「ばか言うな。この怪我はおまえのせいじゃない。むしろおまえが庇ってくれたから、俺は助かったんだろう?」
「でもっ守りたかった!俺は、あなたを守りたかったんです!」
悲鳴のような声をあげ、しゃくりあげる雅紀の頭を、ぎゅっと抱き締めた。
先日の事故の瞬間の記憶は、自分にはない。でも、すぐ側にいて、一緒に体験してしまった雅紀にとっては、きっと自分の想像を絶するショックだったのだ。実際に血を流したのは自分だが、雅紀はきっと、見えない心の傷口から、血を流し続けていたのだろう。
震える雅紀の細い身体を抱きかかえる。こんなに華奢な身体をしているくせに、守ってやりたくなるような泣き虫のくせに、愛する人を自分の力で守りたいという気持ちは、人一倍強い男なのだ。
しばらくは無言で、あやすように身体を揺すっていた。興奮している雅紀に何を言っても、かえって逆効果だ。
「……落ち着いたか?」
穏やかに問いかけると、雅紀はぐすぐすと鼻を啜りながら頷いた。秋音の胸からひょこっと顔をあげた雅紀の目は涙に濡れて真っ赤だ。秋音がふ…っと微笑みかけると、雅紀は恥ずかしそうに目を逸らした。
「ごめんなさい。もう……大丈夫」
「そうか。……な、雅紀。おまえはちゃんと守ってくれたんだぞ。たしかに俺は怪我をしたかもしれない。でもおまえがいてくれたおかげで、俺の心はすごく救われていたんだ。」
秋音の言葉に、雅紀は納得いかぬげに首を傾げた。その柔らかい髪の毛を撫でてやりながら
「詩織と子供が死んだ後、俺は自暴自棄になっていた。真相を掴む為に、それでもし死ぬことになっても、構わないとさえ思っていたんだ」
「……っ」
「仙台の病院で目覚めた時も、どうして俺はまだ生きているのかと自問自答していた。……すごく後ろ向きだよな」
哀しそうに顔を歪めた雅紀に、秋音は苦笑してみせて
「もう死んでもいいと思っていた俺の命を、おまえはすごく大切に扱ってくれた。まるで宝物のように心配して慈しんでくれた。だから俺は今こうして、過去じゃなくて未来を考えることが出来ている」
「秋音さん……」
「おまえは、俺をちゃんと救ってくれたんだよ、雅紀。俺の心を癒して前向きにしてくれた。役に立てないなんて、冗談じゃないぞ。俺の死にかけた心を救ってくれたのは、おまえじゃないか。他の誰にそんなことが出来る?」
ようやくひっこんだはずの涙が、また雅紀の目の端から、ぽろんと零れ落ちた。綺麗な綺麗な真珠のような涙だ。
「側にいてくれ、雅紀。貴弘の所には行くな。おまえを失ったら、今度こそ俺の心は死んでしまうぞ」
「っ。やっ。だめっ秋音さんっ」
狡い言い方なのは百も承知だ。素直な雅紀にカマをかけて、更にはこんな脅迫じみた言い方までして……。
でも、なんとしても雅紀を思いとどまらせたいと、秋音は必死だった。
「いっ……行かないっ。俺、貴弘さんのとこには行かないからっ。秋音さんの側にいます。ううん。側に、いさせてくださいっ」
雅紀はすがりついて懸命に言い募った。
「なら、約束だぞ、雅紀。俺を置いて勝手に行くなよ。今後何があっても、2人で一緒に考えて解決していく。それでいいな?」
雅紀はこくこく頷くと、緊張の糸が切れたように、秋音の胸にくてっと顔を埋めた。
秋音はほっとした反面、少し罪悪感にもかられていた。
貴弘の所になど、行かせない方がいいに決まっている。
雅紀にどの程度まで勝算があって、貴弘のすることを止めようとしていたのかは分からない。だが、嘘の上手くない雅紀が、自分の気持ちを偽って貴弘に近づいても、すぐに見破られてしまうだろう。恋人を助ける為に自分に近づいてきたと気づいたら、貴弘は怒って何をするか分からない。瀧田という男の屋敷で受けた以上の、酷い仕打ちをされる可能性もある。
いや、もし貴弘が俺の命を狙っている犯人ならば、雅紀の命だって危ないかもしれないのだ。
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