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きみの瞳に映る月3
そう冷静に判断をしたからこその、先程のカマかけだったが、まったく邪な気持ちがなかったかと言われれば、ちょっと自信がない。
自分が雅紀にひどく執着しているという自覚がある。理性とは別の感情的な部分で、雅紀が貴弘の元へ行くのがどうしても許せない。
過去に貴弘の愛人だったと聞かされた時も、何も感じなかった訳ではない。が、過去は過去として割り切れた。
でもいったん雅紀を恋人として意識した以上、絶対に誰にも渡したくない。もう1人の自分である早瀬暁にさえ、つまらない嫉妬を覚えたのだ。それが他の人間であれば、ましてや血の繋がった、なさぬ仲の兄であれば尚更だ。
……また新しい自分を発見、か。俺はこんなに独占欲の強い男だったのか……。
自分の胸にくったりと頭を預け、安心しきっている雅紀の髪を撫でながら、秋音はしばらくぼんやりと、物思いに耽っていた。
朝っぱらからの濃厚な情交のせいで疲れたのか、うとうとしている雅紀の肩が、少しひんやりしているのに気づいて、秋音ははっと我に返った。このまま寝かせていたら、風邪をひかせてしまう。
雅紀は彼のものにしては大きすぎるシャツを1枚羽織っているだけで、ボタンは全て外れてしまっている。はだけたシャツの間からのぞく白い肌には、艶かしい紅い跡がいくつも散っていた。
不思議なことだ。さっき目覚めた時は動揺していたから、あまり深くは考えなかったが、寝ぼけていて、こんなにキスマークをつけられるものだろうか。夢を見ていたのは覚えている。確かに自分は、雅紀を愛撫している夢を見ていた。寝る前にはなかったこれを、自分以外につけられる人間などいないのだから、間違いなく自分がやったことなのだろうが……。
……事故に逢う度に記憶をなくしたりしているから、俺の頭は少しネジが緩んでいるのかもしれないな……。
秋音は眉をしかめると、抱えていた雅紀の身体を、そっとシーツに横たわらせようとした。
「……ん…。あき……と……さん……?」
雅紀が目を開けた。ぼんやりとこちらを見上げて首を傾げ、ふにゃっと笑って両手を伸ばしてくる。秋音は笑いながら
「なんだ。甘えん坊か?もう少し寝ていていいんだぞ」
「んー……いま……何時?」
「ん?……9時……ちょっと過ぎ、だな」
秋音の答えに、雅紀はパチっと目を開けて
「え、うそっ。もうそんな時間?」
がばっと身を起こすと、はだけたシャツの前をかきよせた。
「もう起きないと。朝飯、俺が準備するからっ」
わたわたと立ち上がった拍子に、よろめいた。秋音は慌てて雅紀の身体を支えて
「脚にきているんだろう。無理するな。簡単な朝食でいいなら、俺が作るぞ」
言いながら一緒に立ち上がると、雅紀が微かに呻いて顔をしかめた。
「どうした?」
「……っ。ううん、何でもない…っ」
焦ったように首をふる雅紀の顔が何故か赤い。彼の視線を辿って気づいた。さっき抱いた時、ゴムをつけなかったせいで、自分の出したものが、雅紀の脚に伝い落ちている。
「……っああ、すまん。俺のだな。風呂場に行こう」
「じっ自分でっ、するから…っ。秋音さんはここにいてっ」
雅紀は真っ赤な顔をぷるぷるふると、一緒に行こうとする秋音を押しとどめて、あたふたと部屋を出て行った。
「わ。……フレンチトーストだ」
風呂場から出てきた雅紀が、キッチンにいる秋音の手元のフライパンをのぞき込んで、嬉しそうな声をあげた。
秋音は焦がさないように慎重に火加減を調節しながら
「味は保証しないぞ。適当に作ったからな」
「ううん。すっごく美味そうです」
雅紀は鼻をひくひくうごめかせて微笑んだ。
「ハムエッグとサラダとフレンチトーストだ。もう出来上がるから、ちゃんと服を来てこい」
「はいっ」
雅紀はぱたぱたと部屋に行き、手早く服を身につけると、キッチンに戻ってきて
「俺、運びますね」
皿に盛り付けられたサラダやハムエッグを、トレーに乗せて慎重に運んでいく。
「結局、秋音さんに全部作らせちゃったな…」
テーブルに並んだ皿を見つめながら、雅紀は残念そうに呟いた。秋音はフォークを雅紀に手渡しながら
「たいしたメニューじゃないだろう。それにずっとおまえに世話になりっぱなしだったからな。これぐらいは俺にもさせてくれ」
うー…っと納得いかなそうに唸りつつも、雅紀の顔は幸せそうに綻んでいる。秋音は苦笑して
「おまえ、食は細い方なのに、その表情だけ見ていると、すごい食いしん坊に見えるな」
秋音が笑いながらそう言うと、雅紀は首をすくめ
「だってすっごく美味しそうだし。それに俺、量はそんな食べられないけど、食べること自体は好きですよ」
「そうみたいだな。さ、冷めないうちに食べよう」
「はい。いただきますっ」
雅紀は両手を合わせると、いそいそとフォークでフレンチトーストを取り上げ、ひとくち頬張った。
「んー。美味しい…」
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