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きみの瞳に映る月4

雅紀の幸せそうな表情を見ているだけで、心が和む。秋音も一口食べてみて 「フレンチトーストなんて久しぶりに作ったんだ。自信がなかったわりには、まあまあの出来だな」 雅紀は口をもぐもぐさせながら、ちょっと不思議そうに首を傾げて、秋音の顔をじっと見つめた。 「……どうして……フレンチトーストを作ろうって思ったんです?」 改まってそう聞かれて、秋音はフォークに突き刺したトーストをしげしげと眺めた。 「ん?いや……特に理由はないな。ふと思いついただけだ。多分……おまえが好きかもしれない…と思ったからかな」 「そっか」 ひどく曖昧な答えだったのに、雅紀は何故か満足そうに微笑んだ。 「ねえ、秋音さん。これ食べたら、もじまるのおばさんに教えてもらった病院に、行ってみましょう」 「そうだな。まずは外科で診てもらうか。催眠療法の方は、評判の良さそうな所を後でネットで調べてみよう」 「はいっ」 雅紀は嬉しそうに頷いた。 遅い朝食を終えて、身支度を済ませると、2人は歩いて10分ほどの病院に向かった。 受付をして、20分ほど待たされて診察を受け、再びアパートに戻る。 医者の診断では、こめかみの外傷の経過は順調で、傷口は化膿もなかった。手の指の方はまだ少し腫れていたが、ひびではなく綺麗に折れていたので、治るのも早いだろうと言われた。 特にたいした治療もなく、案外簡単に診察が終わったせいで、雅紀はちょっと不満そうな様子だったが、それだけ経過が良好だということだろう。外科的なものは、後は自然治癒を待つ以外ない。こうなると問題は、記憶喪失の部分だけだ。 秋音はアパートの部屋にある、自分のだというパソコンを起動させた。病院の口コミサイトなどを検索してみる。雅紀はしばらく一緒にパソコンをのぞき込んでいたが、 「俺、昼飯作ってきますね」 そう言ってキッチンへ向かった。 しばらくの間、パソコンにかじりついて、県内の心療内科などのホームページを眺めていた。カウンセリングを受けたり退行催眠を受けたりと、病院によって様々な治療法があるようだが、どれも決定的な治療ではなさそうだ。 とりあえず、めぼしい病院をメモして画面を閉じると、ふとこのパソコンに保存されているデータが気になった。パソコンは情報の宝庫だ。自分が早瀬暁だった時に使っていたものならば、それらを見れば、何か思い出すかもしれない。 自分のだというスマホを渡された時も、それを期待していたのだが、生憎スマホは瀧田の屋敷に雅紀を助けに行った時に壊れて、新しいものに替えたばかりだった。必要最低限のバックアップデータは移行してあったが、たいして役に立つ情報はなかった。 パソコンに保存されているファイルを次々に開いてみる。文書データのほとんどは、暁の探偵の仕事の覚え書きや調査内容、報告書だった。 暁は軽い性格のお調子者のイメージだが、意外にこういったデータの管理は几帳面だったようだ。……と感心してみてから苦笑した。 それもそのはずだ。暁は自分なのだから。こういうものには個人の使い方の個性が表れるものだが、暁のパソコンは使い勝手が良かった。自分のパソコンだと言われても違和感はない。 文書ファイル以外に目をひいたのは、写真のデータ。 そういえば、早瀬暁はカメラが趣味だったはずだ。 押し入れをのぞいた時も、カメラ関係の機材などがぎっしり仕舞ってあった。部屋の壁に大きく引き伸ばして飾ってある風景写真は、暁が撮ったものだという。 秋音自身、カメラは仕事で必要に迫られて使っていたぐらいだったが、素人目に見ても暁の撮った写真は、とても印象的ないい写真に見える。 ……なんだか不思議だな……。 自覚していない自分の特技、趣味。 今カメラをいじったら、自分もこんな良さげな写真が撮れるのだろうか……。 ふと、1枚の画像に目がとまる。海をバックに若い母親が、小さな赤ん坊を抱っこしている写真。 見つめていると、せつなさに目頭が熱くなった。 妻子を亡くした記憶などなかったはずの暁は、この写真をどんな想いを込めて撮ったのだろうか……。 秋音は思わず目頭を指で押さえて、ぎゅっと目を瞑った。 気を取り直して、再びデータを調べていく。いろいろ見ていくうちに、パスワード付きの隠しフォルダがあることに気づいた。パスワードはもちろん暁が設定したものだろう。 秋音は眉をしかめ、ちょっと考えてみたが、どんなパスワードなのかなんて、まったく想像がつかない。見られないとなると余計に中身が気になるが、考えてみても仕方が無い。もしかしたら、雅紀が知っているかもしれない。 ……後で雅紀に聞いてみるか……。 キッチンでは、雅紀が忙しそうに昼食を作っている。雅紀が自分でやりたがるので、なるべく手出しはしないようにしているが、そろそろ少し手伝いに行ってもいい頃合いだろう。 秋音はパソコンの電源を落として立ち上がると、キッチンに向かった。

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