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きみの瞳に映る月6
午後3時過ぎに、藤堂からの荷物が届いた。向こうに置き去りにしてしまった2人の荷物と、買えなかったお土産の萩の月、病院の紹介状とデザインコンペの進捗状況の資料が入っていた。
「いい人ですよね。藤堂さん。お土産まで入れてくれてるし」
雅紀は荷物をひとつひとつ確認して、萩の月を取り出すと、ソファーに座っている秋音を振り返った。
「ああ。あの人には本当に世話になった。いつかきちんとした形でお礼をしないとな」
雅紀は神妙な顔で頷いた。
「そうですね。俺ももう1度きちんと会ってお礼したいな。あ……そういえば萩の月って……たしか桜さんのお土産リストに書いてあったかも」
「お土産リスト?」
「うん。仙台に行く前に、桜さんから渡されたって。たしか財布の中に入ってたはずです」
雅紀の言葉に、秋音は財布の中を見てみた。ずらずらとリクエストの書かれたピンク色のメモが出てきて、秋音は思わず破顔した。
「これか。よし。明日また事務所に行って桜さんに渡そう。ついでに仕事も教わってくるか。怪我の治りも思ったより早いみたいだしな。俺でも手伝える仕事があるなら、少しずつ職場復帰していくぞ」
「……まだ無理しちゃ……だめですよ」
心配そうな雅紀に、秋音は微笑んで手を伸ばし
「おいで、雅紀」
雅紀は荷物から手を離すと、おずおずと秋音に歩み寄った。秋音は雅紀の腕を掴んで引き寄せると、不安そうな彼をじっと見上げて
「そんな顔はするな。大丈夫だ。おまえが一緒にいて、俺が無茶しないか見張っていてくれればいい」
「……でも…」
「田澤さんに頼んで、おまえもあの事務所で働かせてもらおう」
「え……でも……俺じゃ役に立てないかも…」
「そんなことはないさ。昨日、田澤さんが言ってくれただろう?調査の補助や地味な作業でいいなら、人手はいくらでも欲しいって。俺もまだ今後のことは決めかねている。いずれ藤堂さんの所に行くことになるとしても、今はこちらでの生活を考えないとな」
「……そっか……そうですね…」
秋音は雅紀の両手を引っ張って、自分の足に跨らせて抱きかかえた。
「な。雅紀。昨日の話だが…」
途端に雅紀の顔が緊張に強ばる。秋音は安心させるように優しく微笑んで
「おまえは貴弘じゃなく、俺を好きだと言ってくれたよな」
雅紀は秋音の顔をじっと見返し、こくんと頷いた。
「だったら絶対に貴弘の所には行くなよ。約束してくれ」
雅紀は頷きかけて躊躇い
「でも俺……もう貴弘さんに電話……してしまったから……。会いたいって…」
そう言って哀しそうに目を伏せた。
「うん。それは正直まずかったな。いくら俺の為とはいえ、その気もないのに貴弘に気を持たせてしまった」
「……そう……ですよね…」
しょんぼりと肩を落とした雅紀の身体を膝の上で揺らして
「いつ、会うことになっている?」
秋音の質問に、雅紀は俯いたまま首を横にふり
「具体的には何も。俺から……都合のいい日、連絡するって…」
「そうか」
もちろん、雅紀からはもう連絡しない方がいい。だが、このまま放っておけば、痺れをきらした貴弘の方から、いずれ何らかの接触があるだろう。
「貴弘はおまえのスマホの電話番号を知っているんだな?」
「……うん……。俺のアパートの場所も」
「そうか。以前、ストーカーされていたんだったな」
雅紀はびくっと顔をあげた。その瞳に怯えが滲んでいる。前に夢で見た雅紀のやつれた頬と絶望をたたえた大きな瞳が、目の前の顔に重なった。
ストーカーの話が出ただけでこんなに怯えた表情になるくせに、その相手の元へ行くつもりだったのか。俺を助けたい一心で……。
その健気さが切なくなってきて、雅紀の身体をぎゅっと抱き締めた。
「貴弘からの電話には一切出るな」
「……っでも」
「田澤さんは、桐島大胡と親しいと聞いた。そして父親の大胡の方は、貴弘がおまえに執着していることをよく思っていない。そうだな?」
「……はい…」
「だったらこの件は、俺と田澤さんに任せろ。おまえからは絶対に動くな」
抱き締める腕の力をゆるめて、雅紀の顔を見ると、潤んだ瞳と目が合った。
「ごめんなさい……。俺、かえって秋音さんの負担、増やしてしまった…」
「ばかだな。そんなことは気にするな。恋人同士だろう、俺達は。お互いに助け合って、一緒に幸せになる方法を見つけていけばいい」
「一緒に……幸せに……?」
「そうだ。どちらかの幸せを一方的に願うんじゃなくて、2人とも幸せにならなくてはな」
「秋音さん…」
雅紀は泣きそうにくしゃっと顔を歪めると、秋音に抱きついた。
「また随分と無茶なことを考えたもんだな」
田澤の唖然とした声に、雅紀はしおしおと項垂れて、そおっと秋音の後ろに隠れた。叱られた子供のようなその反応に、田澤と秋音は目を合わせて苦笑した。
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