262 / 369

きみの瞳に映る月7

田澤は、瀧田の屋敷から暁が雅紀を助け出した場面に、実際に立ち会っているのだ。 あれほど理不尽な目に遭って心身ともに傷ついて、恐怖しか感じないであろう相手の所に、捨て身の覚悟で飛び込んで行く。ただただ暁を助けたいが為に。 たしかに無茶で無謀だ。 あの思い込みの激しい貴弘が、例え気に入って執着している元愛人とはいえ、雅紀の頼みなどきくはずがない。雅紀がもっと世慣れたずる賢い性格で、睦言の合間に色香で貴弘を翻弄して言う事を聞かせられる位の人間ならまだしも、目の前の仔猫みたいな可愛らしい、素直で嘘のひとつもつけないような青年が、そんな手管を使えるとは到底思えない。 まあもちろん、本人だってそんなことは分かっているんだろう。 それでも、暁を助けたかったのだ。自分に出来る精一杯のことをして。 田澤は内心、感動していた。この青年の暁への想いは本物だ。 「篠宮くん。責めてるわけじゃねえぞ。おまえさんの強い気持ちはよーく分かった。だからな、こっからは俺や暁とよく相談して、もう1人で突っ走っちゃいけねえぜ」 にこやかな笑顔で田澤にそう言われて、雅紀はおずおずと顔をあげ頷いた。 「暁。こないだの瀧田の屋敷での一件でな、桐島親子に会う予定になってただろう。貴弘氏に会う前に、ひとまず父親の大胡さんに会ってみねえか?」 田澤の提案に、秋音は一瞬渋い表情になったが、どうせ一度は顔を合わせなければと思っていた相手だ。雅紀の今後の為にも、もし話の通じる人物ならば、貴弘より先に会って味方につけておいた方がいいかもしれない。 「俺に異存はありません」 「よし。んじゃ早速、大胡さんに連絡取るぜ。貴弘氏抜きで先に会うってんなら、なるべく早い方がいい」 田澤は自分のスマホを取り出すと、秋音たちにソファーに座っていろと手で合図して、電話をかけ始めた。 秋音は、呆気にとられたように田澤を見つめている雅紀の肩を叩き、応接セットのソファーに一緒に腰をおろした。 雅紀は田澤から隣の秋音に視線を移し 「お父さんに……桐島大胡さんに会うんですか?」 秋音は苦笑いしながら頷き 「ああ。正直、父親だと認める気にはなれないが……。まずは顔を見て話をしてみる。全てはそれからだ」 「……俺のため……?」 「そうでもあるが、それだけじゃない。自分自身のためでもある」 「……そう……ですか」 「そんな顔するな。どっちにしろ1度は顔を合わせるつもりだったんだ。田澤さんは、大胡氏犯人説を否定しているが、俺は会ったこともないのに、その判断は下せない。おまえは前に会っているんだよな?どんな印象だった?」 雅紀はうーんと唸って首を傾げ 「俺はあの時、自分のことでいっぱいいっぱいだったから、正直よく覚えてないかも。ただ、悪い人じゃないって感じでしたけど…」 「そうか……。外見は俺に似ているのか?」 雅紀はじーっ…と秋音を見て 「うう……んー。似てない……かな……?体格とかは秋音さんと違って普通ですね。あ……でも……顔は……目元がちょっと似てるかも」 「暁、おめえは亡くなったお祖父さんに瓜二つなんだとよ」 いつの間にか電話を終えた田澤が、会話に割り込んできた。 「お祖父さんに……」 「俺も直接会ったことはねえんだがな、大胡さんが言ってた。若い頃の写真見たら、本人かと間違うくらいそっくりなんだそうだぜ」 秋音は複雑な表情になった。そのお祖父さんが遺した莫大な遺産が、家族を奪い自分の命も脅かしている。 「まあ、そんくらい似てりゃDNA鑑定の必要はねえわな。暁、おめえは間違いなく桐島家の人間だ」 「あまり嬉しくないお墨付きですね……。そのお祖父さんの遺言っていうのは、どんな内容なんです?」 「詳しいことは弁護士の立会いのもとで、正当な相続人のみに開示されるらしいな。だが、大胡さんの話だと、祖父さんの直系の孫に等分の相続だそうだ。」 「……どうして直系の孫なんです。直系の子供を通り越して」 「祖父さんの正式な遺産は、遺言状には関係なく子供たちに相続されてる。遺言状が問題になってるのは、祖父さんが道楽で築き上げた財産の方だそうだ。噂では本業で築いた財産の10倍の資産価値だとよ」 その額がどんなものなのかまったく想像がつかない。正直、知りたいとも思わないし、他人事過ぎて実感が沸かない。 「なんで孫になのかは分からねえが、とにかくかなり変わった人物だったらしいぜ。祖父さんには長男の大胡さんの他に娘が3人いたが、末の娘を溺愛していてな、他の子供には見向きもしなかったそうだ」 渋い顔で話す田澤の様子から察するに、なかなか複雑な家庭環境だったのだろう。だが、幼い頃から桐島家とは無縁の状態で、遠い仙台の地で生きていた秋音には、やはり他人事だ。 「田澤さん。相続放棄っていうのは、手続きすれば簡単に出来るんですよね?」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!