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きみの瞳に映る月8
秋音の言葉に、田澤は少し驚いた顔になり、眉を寄せて考え込んだ。
「まあな。手続き自体は難しいこっちゃねえぜ。だが…」
「俺は正直、その祖父の遺産とやらには興味がないんです。一連の事故がそれが原因で起きていたとしたら、もっと早くに放棄したかったぐらいだ」
田澤は苦い顔になって
「たしかにな……。おまえの気持ちは分かるんだが…」
歯切れの悪い田澤の反応に、秋音は眉をひそめた。
「相続放棄には、反対ですか?」
「いや。俺はおまえが思う通りにすりゃいいって思うぜ。ただ、大胡さんがな…」
「何です?はっきり言ってください」
「んー、いや。大胡さんはな、正統な血筋に相続させるべきだって言ってるんだ」
秋音はますます訝しげな顔になり
「正統な血筋というのであれば、正妻の息子の貴弘がいるでしょう」
「ああ、まあ、それはそうだな…」
「俺は息子といっても一緒に暮らしたこともない。そのお祖父さんにだって、会ったこともないんですから。とにかく、俺は桐島大胡に会ったら、相続放棄の話もするつもりです」
「……わかった。俺に異論はねえよ。それでだ、早速なんだが、明日の夜は予定あるか?」
「いえ、特には。何時に何処ですか?」
「時間は向こうの都合で19時だが、場所はこっちで指定させてもらうことにした。大胡さんには18時に○○駅に来てもらって、そん時にこっちから場所を連絡する予定だ。どっか希望はあるか?」
場所をこちらの指定にしたのは、まだ大胡を信じる気にはなれない自分の心情に対する田澤の配慮だろう。秋音は微笑んで
「ありがとうございます。俺はこちらの店には詳しくないので、○○駅近くでどこか良さげな場所があったら教えてください」
田澤は首をひねり少し考えてから
「早瀬さんとこの……もじまるはどうだ?あそこなら○○駅から30分位だし、離れの個室もある」
「もじまるで?」
「ああ。前に大胡さんが言ってたんだ。早瀬夫妻におまえが世話になったお礼をしたいってな。ちょうどいい機会だろう」
秋音が首を捻って雅紀の方を見ると、雅紀は安心したように微笑んで
「俺も賛成です。あそこならおじさんたちもいて安全だし、ゆっくり話、出来ると思う」
「そうか……。分かりました。じゃあそれでお任せします」
「おう。んじゃ、この話は終わりだ。暁、体調に問題ねえなら少し仕事の打ち合わせしたいんだが…」
その言葉に雅紀は、秋音をちらっと見てから立ち上がり
「あ。じゃあ俺は桜さんに、何かお手伝いすることないか聞いてきますね」
「お。そうしてくれるか?頼む」
雅紀はひょこんとお辞儀すると、部屋を出て行った。その後ろ姿を見送った田澤がため息をついて
「参ったよ。だいぶ思い詰めてたんだな、篠宮くんは」
「そうですね。まさかあんな決意をしていたなんて…」
「おまえが事故に遭った時、一緒にいたんだ。ショックも大きかったんだろう。あの時、側にいて気づいてやれなかった俺も悪い。だが、貴弘んとこに行っちまう前に気づいて良かったぜ」
「ええ。貴弘から直接連絡が来ても、絶対出るなと言い聞かせてはいますが…」
「俺もなるべく注意して様子を見ておくよ。おまえが側にいられない時は、他の連中にも様子を見させよう」
「そうしていただけると助かります」
頭をさげた秋音に、田澤はにやりと笑って
「おまえ、えらく愛されてるじゃねえか。あのこは本当に真面目ないいこだよ。大切にしてやれよ」
「もちろん」
「んじゃ早速だが、このファイルを見てくれ。暁が担当していた案件だ」
秋音は、田澤の差し出したファイルに目を通し始めた。
仕事の打ち合わせを終えて社長室から出ると、雅紀はデスクに山のように積まれたファイルと格闘していた。
「あら、暁くん。早速雅紀くんを使わせてもらっちゃってるわよー」
隣のデスクで桜さんがにこやかに手をふった。雅紀の傍らには、もう自己紹介を済ませている古島と仲西という男性社員の姿があった。
「ごめんなさいね、こんな面倒くさい用事任せちゃって。うちの連中はみーんなずぼらで、書類整理もちゃんと出来ないヤツばっかりなのよー」
桜さんの嫌味に、雅紀の横でお土産の萩の月をパクついていた仲西が、こそこそと自分のデスクに戻っていく。
「社長から担当案件の内容、引き継いだかい?」
雅紀にファイルの分類のやり方を教えていた古島が、顔をあげてにっこり微笑む。
「ええ。ひと通り話は聞きました。ただ、まだどれをどう処理していいのか…」
「うん。それは心配要らないよ。慣れるまでは俺が一緒に出て仕事教えるから。とりあえず当分は、デスクワーク中心かな。怪我の治療もあるからその方がいいだろう」
「助かります」
古島は秋音を手招きして立ち上がり、自分が座っていた雅紀の隣の椅子に、秋音を座らせた。
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