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きみの瞳に映る月10
田澤が部屋から顔を出し、古島を手招きした。古島は立ち上がり、秋音の肩をぽんぽんと叩くと
「少し顔に疲れが出てるな。まだ復帰初日だからね、無理はしない方がいい。ファイルを棚に戻したら、今日の業務は終了だよ。雅紀くんも、お疲れさま」
古島の言葉に、雅紀は慌てて立ち上がると、
「今日はいろいろ教えて頂いて、ありがとうございましたっ」
そう言って、ペコリとお辞儀した。古島は微笑んで
「どういたしまして。じゃあ、早瀬が無理し過ぎないように、後は君に任せたよ」
「はいっ」
雅紀は嬉しそうに頷くと、デスクの上のファイルを、桜さんに教えてもらいながら所定の棚に片付け始めた。古島は田澤と一緒に社長室に消え、秋音も雅紀を手伝う為に立ち上がった。
「陽が落ちた途端に冷え込んだな。雅紀、寒くないか?」
アパートの契約駐車場に車を停めて、助手席から降りると、少し風が出てきたのか、かなり肌寒かった。車で移動するつもりでいたから、雅紀はシャツの上に薄手のカーディガンを羽織っただけの軽装だ。
「ううん。俺は大丈夫。秋音さんこそ寒くない?」
車外に出た途端、寒そうに首を竦めたくせに、そう言って自分の方を気遣ってくる雅紀に、秋音は苦笑して
「ちょっと寒いな。おいで」
雅紀を手招きすると、肩に手をまわして抱き寄せた。雅紀は一瞬ぴきんと固まり、きょろきょろと周りを見回して、人通りがないのを確認すると、ほっとしたように肩の力を抜いて、身体を預けてきた。
「こうしたらあったかいだろう?」
こくんと頷く雅紀の頬が、ほんのり赤い。そのまま2人並んで、アパートまでの道のりをゆっくり歩く。
「探偵のお仕事……どうですか?」
「うーん……まだ何とも言えないな。過去のファイルを見ていると、調査っていっても実に様々な内容だ。あれを全部、俺がこなしていたなんて……ちょっと驚きだな」
「何か……思い出したりしません?」
傍らに目を向けると、大きな瞳が自分を見上げている。秋音はきゅっと雅紀の細い肩を抱き締め
「いや。格別気になるものはなかった。いつものデジャブみたいなものも、特には感じなかったよ」
「……そう…」
「おまえはどうだった?しばらくはあそこで働けそうか?」
「あーうん。書類の整理やパソコンいじるのは、俺、嫌いじゃないし。あそこの人たちはみんな、優しくて楽しいから」
「そうだな。皆いい連中だ。おまえもいい感じに溶け込んでいて安心したよ」
アパートが見えてくると、秋音は雅紀の肩から手を離して、今度はさりげなく手を繋いだ。雅紀はまた周りを気にしながらも、照れくさそうにはにかんでいる。手を繋いだまま、アパートの階段を上がろうとした時
「あれ……?……月が……なんか変…」
雅紀の声に視線を辿ると、建物の隙間から見える月が、ちょっとびっくりするくらい大きい。
「すごいな……大きさもだが、色が燃えるようなオレンジ色だ」
「あれって月……ですよね?いつもあんなに大きかったかな…」
「そういえば、ごくたまにあんな月を見かけるな。前に不思議に思って、どんな現象なのか調べてみたんだが……あれは単なる目の錯覚なんだそうだ」
「え……目の錯覚……?でも俺も秋音さんも、同じように大きく見えてるんでしょ?錯覚が起きる原因が何かあるんじゃないですか?」
「そうだな。他にもいろいろな説があるらしいが、どれも納得出来る答えじゃなかった」
「そうなんだ…」
雅紀は秋音に手をひかれて階段を上りながらも、ちらちらと月の位置を気にしていた。しまいには2階の踊り場で秋音の手を離し、手すりを掴んで、ぽーっと月に見入っている。
「なんだ。随分気になるみたいだな」
隣に寄ってきた秋音を、雅紀は上目遣いで見上げた。
「うん……。説明のつかない不思議なことって……いっぱいあるんだな……って。俺と秋音さんがこっちで偶然再会出来たこととか、秋音さんの記憶喪失のことも」
「……なあ、雅紀。暁の記憶、やっぱり戻って欲しいか?」
「え……?」
「いや……俺の記憶が戻るかどうか、おまえかなり気にしているだろう?」
「あ……」
見開いた雅紀の瞳に月が映り込んで、ゆらゆらと揺らめいて見える。
「暁に会えなくて寂しいか」
雅紀は慌てて首をふり
「ううん。そうじゃないんです。ただ……暁さんが寂しいかなって思って」
雅紀の言葉に、秋音は不思議そうに首を傾げた。
「……暁が?どういう意味だ」
雅紀は、あ……っという表情になり、困ったように目を泳がせた。その反応に秋音は眉をひそめ
「おまえ……また俺に何か隠しているな?」
「やっ……えっと…」
焦って首をふる雅紀に、秋音はため息をつくと
「とりあえず、中に入るぞ。そんな格好じゃ風邪をひく」
もじもじしている雅紀の手を握って、部屋のドアの前に連れていった。
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