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幻月5

「おまえが傷つくと思ったんだ。貴弘の……桐島の名前出したらさ。それだけだ。おまえの過去がどうであろうと、俺は気にしたりなんかしねーよ。兄だかなんだか知らねえけど、んなことどーだっていい。貴弘のとこなんか行くなよ。行ったら承知しねえぞ」 「……うん。行かない。俺、あなたの側にいたい……。ずっと……側にいて……あなたのこと、守るから」 ぽろぽろ零れてきた涙を、唇で受け止める。 「あーくそっ。もっとおまえと話したいのにな。もうタイムリミットだ。そろそろ……秋音が起きる……。伝えてくれ、秋音に。俺の大切な恋人を……守って……くれって…」 「暁さん……っ」 ぼろぼろ泣きながら、雅紀は暁にキスをした。暁の瞼が閉じられていく。じょじょに脱力していく暁の身体を抱き締めて、一緒にシーツに横たわった。 「暁に会ったのか」 秋音は目が覚めると、傍らの雅紀の顔を見るなりそう言った。雅紀は涙に濡れた瞳でこちらをじっと見つめたまま、黙って頷いた。 「そうか……。伝えてくれたか?俺の伝言を」 「……ぅん…」 秋音は手を伸ばして、すんすんと鼻をすする雅紀の目元を、優しく指先で拭った。 「泣くな。目が兎だぞ」 雅紀は一瞬目を見張り、泣き笑いの表情を浮かべた。秋音は少し遠い目になり 「夢を見ていた。おまえと一緒に、どこか山の中のような場所にいた。辺り一面に紫色の……炎のような形の、不思議な花が咲いていた」 「あ……それ……かたくり」 「かたくり?」 首を傾げる秋音に、雅紀は頷いて 「それ、多分、かたくりの花です」 「現実にある花なのか?」 「うん。暁さんと写真、撮りに行った時に咲いていた花で」 「……そうか……。じゃあさっきの夢は、暁の持っている記憶、なんだな。すごく幻想的な光景だったから、実在の花じゃないのかと思っていた。……その花、今も見られるのか?」 雅紀は残念そうに首をふり 「春の初めに、つかの間の期間だけ咲く花だって、暁さんが…」 「……そうか。見てみたかったな、その光景を。もっといろいろ思い出せそうな気がするんだ」 「え……ほんと……?」 「ああ。出来ればその花が咲いている所を見てみたいが…」 「じゃ、行ってみます?その公園」 ぐいっと身を乗り出した雅紀の大きな目が、期待にキラキラしている。秋音は苦笑して 「……そうだな。花はなくても同じ場所に行ってみたら、何か思い出すきっかけがあるかもしれない。……カメラを持って出掛けてみるか」 雅紀はこくこく頷いて 「あ…じゃあ、出来るだけあの時と同じシチュエーションがいいかも。服装とか、持ち物とか……。そうだ。公園の近くで、ほか弁買ってから行ったんです」 秋音は窓の方を見て、カーテンの隙間から見える空を確認すると 「今日は天気も良さそうだな。よし。朝飯食べたら、昨日田澤さんに頼まれた仕事を先に済ませるぞ。その後で、公園に行ってみよう」 「はいっ。じゃあ、俺、朝飯準備しますねっ」 雅紀は嬉しそうに微笑むと、がばっと起き上がり、布団から出て台所に向かった。 ……ああいう所はまるで子供みたいだな…。 さっきまで泣いていたのに、もうにこにことご機嫌で張り切っている。 そんなに暁が恋しいのか……と、ちょっと拗ねてみたくもなるが、せっかくの雅紀の笑顔を曇らせるのも大人気ないだろう。 秋音は起き上がると、朝食作りの手伝いをする為に立ち上がった。 朝食はトーストとハムエッグ、サラダとコーンスープを簡単に作って済ませた。 田澤から頼まれたのは、調査結果の報告書を依頼主の会社に届ける仕事だった。田澤とは長年の付き合いのある建築会社の社長で、依頼内容もそれほど込み入ったものではない。 暁の記憶がない自分には、最初から難度の高い仕事は無理だろう。当分はデスクワークと人脈作りをしながら、この仕事に慣れていくしかない。 雅紀の運転で、依頼主の会社に向かった。田澤から聞いていた通り、人当たりの良い快活な人物だった。自己紹介をして約束の報告書を渡し、少し雑談をして、今日の任務は終了。調査員としては新米だが建築関係の知識には明るい秋音を、その社長は気に入ってくれたらしく、次の依頼の時には君を指名すると言ってくれた。 会社を出てから田澤に報告の電話を入れ、雅紀と一緒に駐車場に戻る。 「秋音さん、大丈夫?疲れてません?」 気遣わしげな雅紀に、秋音はにっこり微笑むと 「大丈夫だ。疲れるほどの仕事はまだしていないぞ。で、その自然公園はここからどのくらいだ?」 「えーと……。車だと40分ぐらいかな」 秋音は時計を確認して 「それならちょうど昼前には着けるな。よし。行こう。公園近くのほか弁屋で、まずは昼飯の調達だよな」 「はいっ」

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