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幻月7

すっかり箸を止めて考え込んでしまった雅紀に、秋音は明るい声でそう言うと 「まだ起きてもいないことを、あれこれ悩んでみても仕方ない。暗い顔はするな。ほら、食べるぞ」 雅紀の幕の内弁当を取り上げて、自分ののり弁を渡した。雅紀も気を取り直したように微笑んで 「じゃあ、いただきます」 「外で食べる弁当はやっぱり美味いな。今度来る時は、手作り弁当でもいいかもしれないな」 「はいっ。2人で弁当作って、また来ましょう」 仲良く弁当を分け合い、プリンと杏仁豆腐も半分ずつ食べると、秋音はカメラバッグを開けて、デジイチを取り出した。 「藤堂さんのアパートでいじった時も思ったんだが、結構重たいな」 興味深げにしげしげとカメラを見ている秋音に、雅紀は頷いて 「今のデジイチは軽量だったり小型なものも多いけど、それは随分前の型だから」 「俺が仕事で使っていたのは、手のひらサイズのデジカメだ。こんな本格的なものはいじったことがない。ちょっと不安になってきたな…」 「秋音さん、指の怪我もあるから、あんまり無理はしないで。何か撮りたい時には、俺が使い方教えます」 「じゃあ、早速だが、おまえの写真が撮りたいな。レンズはどれを付けたらいいんだ?」 カメラバッグを覗き込む秋音の傍らで、雅紀は赤くなって固まった。 「え……えと……。俺?」 「そう、おまえだ。これでいいのか?」 マクロレンズを取り出そうとする秋音に、雅紀は首を横にふり 「それは接写用のレンズだから。花のアップとか、それで撮るんです。スナップならその横の平たいヤツ。単焦点レンズがいいです」 「この長いのは……?」 「それは望遠レンズ。遠くのものや鳥とか撮るのに使うんです」 「なるほどな。撮りたいものに合わせてレンズを替えるのか」 感心している秋音の手からカメラ本体を受け取ると、レンズキャップを外して 「レンズを替える時は、この中にゴミや埃が入らないように素早く。こっちのキャップも外して、ここに回しながら付けるんです。カチって音がするまで」 秋音は興味津々に、雅紀の手元をじっと見ている。 「うわぁ……なんか……俺もまだ初心者なのに、秋音さんに教えてるって……すっごい緊張する」 苦笑いする雅紀の顔を見上げてにやりと笑い 「おまえの撮った写真も見たぞ。いい写真だった。俺はまったくのど素人だからな。今日は1日、よろしく頼むぞ、先輩」 「やめてっ。秋音さんに先輩とか言われたら、俺ますます緊張するっ」 雅紀は赤くなった頬を押さえ、照れまくっている。 秋音はカメラを手に立ち上がると、 「シャッターはこれか?」 「えっと。まずここのダイヤル。絞り優先のAモードに合わせて、横のこれでオートフォーカスにして、右目でここの窓を覗きながら、左目で実際の被写体を見て」 「こうか?」 まだ覚束無い手つきではあるが、秋音がカメラを構えるとやはり様になる。雅紀が嬉しそうに微笑んだ所で、シャッター音が鳴った。 「あ……」 「なるほど。シャッター音も重厚で格好いいな。俺でも良さげな写真が撮れるような気になってくる。撮った写真はどうやって確認するんだ?これか?」 「あ。……っと、え。うん、そこを押して…」 「なるほどな。なかなかいい感じに撮れたぞ」 液晶を確認して満足顔の秋音を見て、雅紀も慌てて液晶を覗き込む。 「酷いな、秋音さん、撮るって言う前にシャッター押しちゃうし」 「だが、すごく自然な感じに撮れているだろう?いいんだ、これで。おまえの構えていない表情が撮りたいんだからな」 秋音の真っ直ぐな言葉に、雅紀は照れくさそうに秋音から目を逸らした。 「このレンズは風景写真には不向きなのか?」 「ううん。単焦点レンズは目で見た距離感のまま撮れるから、スナップも風景も花や小物も、何でもOKの万能レンズです。誤魔化しが出来ない分、難しいとこあるけど、初心者が最初にカメラ覚えるなら、これ1本で撮った方がいい……って……本に書いてありました」 「そうか。基本ってことなんだな。じゃあまずはこれでいろいろ撮ってみよう。よし、雅紀、行くぞ」 秋音はどうやらカメラが気に入ったらしい。珍しくはしゃいだ様子で、荷物を手早くまとめると、ぽけっとしている雅紀を促して歩き出す。 「あっ。待って秋音さん」 雅紀も慌てて荷物を持つと、秋音の後を追いかけた。 一緒に並んで公園内を散策しながら、秋音は時折立ち止まり、気になるものにカメラを向ける。 最初はなかなか思った通りに撮れなくて、液晶を確認するたびに舌打ちしていたが、被写体に近づいたり遠ざかったりしながら何度か撮り直すと、満足そうな笑顔になって、また歩き出す。 カメラを構える姿もしっかり様になってきた。側を歩きながら写真を撮っている雅紀が油断していると、いつのまにかさりげなく被写体にされている。

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