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ひそやかな足音2

「母が父の愛人という立場だったと教えられたのは中学1年の時だ。その後すぐ、父が仙台の家に訪ねてきた。母は俺と父親を会わせたかったようだが、俺は嫌だと拒絶して自分の部屋に閉じ篭った。父は諦めて帰って行ったよ。父親と会うチャンスがあったのはその時だけだ。だから1度も会ってはいない」 「……そう…」 まるで自分の痛みをこらえるような顔をする雅紀に、秋音は微笑んで 「そんな顔をするな。俺ももうあの頃みたいなガキじゃない。冷静に顔を見て話も出来るつもりだ」 雅紀は秋音の手を掴んで、きゅっと握りしめた。 約束の時間の10分前にもじまるに 着き、表の引き戸を開けると、優しい笑顔のおばさんが出迎えてくれた。 「すいません。今日はご厄介かけます」 「いらっしゃい。話は田澤さんから聞いているわ。奥の離れの座敷を用意したから、気兼ねなく使ってちょうだいね」 秋音は店の奥に目を向け 「もう……来ていますか?」 「ええ。ついさっきいらしてね。主人と私は挨拶を済ませたわ」 「そう……ですか」 途端に、緊張に顔を強ばらせた秋音の肩を、おばさんはぽんぽんと優しく叩いて 「肩の力を抜いて、暁さん。大丈夫よ。田澤さんや雅紀くんが一緒だし、何かあったら私や主人もいるわ。リラックスして、言いたいことがあるなら、全部吐き出しちゃいなさい」 おばさんにおっとりと励まされて、秋音はほっとした顔になった。 「そうですね。俺には心強い味方がたくさんいる。会ってきますよ、戸籍上の父親という男に。俺が前に進むためには必要なことだ」 秋音の言葉に、おばさんはにこやかな顔で頷いた。 秋音は深呼吸をすると、心配そうな雅紀の手をぎゅっと握ってから、奥の離れへとゆっくり歩き出した。 「おう。来たな」 襖を開けると田澤が声をかけてきた。 おばさんの心尽くしの手料理が並ぶ座卓の向こうに、田澤と並んで座っているのは、桐島大胡だ。 母の遺品を整理していた時に見つけた古い写真の中の父親。その時より確実に年を重ねた男が、目の前にいる。 男は顔をあげ、目を細めてこちらを見ている。秋音は無表情のまま、じっと男の顔を見下ろした。 ピンと糸が張りつめたような沈黙の中、雅紀は隣の秋音の横顔をはらはらしながら見守っていた。 瀧田の屋敷で桐島大胡に会ったのは暁の方だ。向こうは2度目だが、秋音は父親と初めて顔を合わせるのだ。 「秋音」 沈黙を破り、大胡が穏やかに声をかけてきた。秋音は一瞬ぴくっと眉を寄せたが、またすぐ無表情に戻って 「初めまして。都倉秋音です。今日はお時間を頂きありがとうございます」 そう言って頭を下げた。大胡の顔に残念そうな嬉しそうな、何とも複雑な色が滲む。 「ああ。まともに顔を合わせるのは本当に初めてだな。こちらこそ、会ってくれてありがとう。秋音……くん」 幼少の時以来、30年も1度も顔を合わせることなく過ごしてきた親子だ。ぎこちなく他人行儀になるのは当たり前だろう。微妙な空気を破って田澤が2人を手招きした。 「暁、とりあえずこっち来て座れ。篠宮くんも、わざわざすまねえな」 明るい田澤の声に救われた感じで、雅紀はぺこんと頭をさげると 「すみません。俺もお邪魔してしまって。桐島さん、お久しぶりです」 大胡は雅紀に目を向けると、秋音によく似た柔和な笑顔を見せて 「よく来てくれたね。篠宮くん。わざわざ時間を作ってくれてありがとう」 秋音は大胡と雅紀のやり取りを黙って見ながら、彼らの向かい側に腰をおろした。雅紀も秋音の隣に座る。 大胡は居ずまいをただすと、雅紀の方を真っ直ぐに見て 「まずは、篠宮雅紀くん。君に改めて詫びさせてもらう。先日は、息子の貴弘や甥の総一が、大変酷い真似をして申し訳なかった。この通りだ」 大胡は重々しくそう言うと、座卓に両手をつき深々と頭をさげた。 「言葉で詫びて済むことではないと、重々承知している。私に出来る限りの償いはさせてもらうつもりだ」 「やっ……あの、頭をあげてください。その件は前にも言いましたけど…」 慌てて首をふり返事をしようとした雅紀を、秋音の声が遮った。 「それはちょっと過保護過ぎませんか、桐島さん。貴方の息子と甥は、遠の昔に成人している。責任は貴方ではなく、本人たちが負うべきです」 声を荒げるでもなく淡々とそう言った秋音に、大胡は深く頷いて 「もちろん、本人達にはきっちり責任を取らせるつもりだ。その上で、私にも償わせてもらいたい。息子の貴弘のやったことにも、親としての教育の失敗を痛感させられているが、甥の総一があんな馬鹿げたことをするのは、あれの母親、つまりは私の妹の過去の事件が原因なのだ。私は桐島家の総領だ。一族の犯した罪には責任を持たねばならない立場にある」

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