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ひそやかな足音3
「総領としての立場……」
眉をひそめ呟いた秋音に、大胡は首を横にふり
「もちろん、それだけではない。総一のやったことを、私はあの時この目で見てしまった。信じ難い酷い行為だ。篠宮くんの受けた心の傷は計り知れないと思う。だから私個人としても、篠宮くんに可能な限り謝罪したいし、心の傷が残らぬよう、ケアをする為の協力も惜しまないつもりだ」
秋音と雅紀の目をしっかりと見て話す大胡からは、口先だけではない誠意が伝わってくる。
秋音は少し表情を和らげた。
言葉も交わしたことのなかった親子なのだ。これまでの関係に対してのわだかまりは残る。いくら血は繋がっていても、やはり目の前の男を、簡単に父と呼ぶ気にはなれない。
だが、雅紀の件に対する大胡の言葉には好感が持てた。田澤の言う通り、桐島大胡は話の通じる常識的な人物のようだ。
秋音は傍らの雅紀に視線を向けた。それに気づいた雅紀が、困惑したような表情でこちらを見る。
「雅紀、割り込んで悪かった。桐島さんに何か言いたいことはあるか?」
雅紀は困ったように首を傾げ
「俺……。俺はこないだも言いましたけど、あのことを大袈裟にする気、ないです。撮られた動画さえ処分してもらえば……。2度とあんなこと、しないでもらえれば、それでほんとにいいんです。俺の方も、貴弘さんに誤解させるような態度、してたんだと思うし。俺も悪かったんだって思うから」
「もちろん、2度と君にあんな酷いことはさせないよ。2人には君に勝手に接触はするなと言い聞かせてある。あれから貴弘からの連絡はないかね?」
大胡の言葉に雅紀は目を伏せ、膝の上の両手を握り締めた。
「あの……あの、俺…っ」
秋音は雅紀の手に自分の手を重ね
「そのことで、ちょっとお話があるんです」
大胡は秋音に顔を向けた。秋音は心配するなというように、雅紀の手をぎゅっぎゅと握って
「俺が何度も命を狙われていること、桐島さんはご存知ですよね?」
大胡は沈痛な面持ちで頷いた。
「ああ。知っている。仙台でも襲われたそうだな。田澤から連絡をもらったよ。事故のショックで記憶を取り戻したこともな」
「そもそも俺が記憶を失ったのは、6年前にこちらで事故に遭ったのが原因です。その前にも仙台で、俺を狙った事故で、身重の妻が俺を庇って命を落とした」
感情を抑え静かに話す秋音の言葉に、大胡は痛ましげに顔を歪め
「その件も承知している。田澤の報告を受けてから、私の方でも手をまわして、各方面から調べさせている所だ」
「母が亡くなった車の事故。あれも俺は仕組まれた事故だと考えています」
秋音の言葉に、大胡ははっとしたように隣の田澤を見た。田澤が黙って頷くのを見て、大胡は再び秋音に視線を戻した。
「そう考える……根拠はあるのか?」
「母は確かに仕事で疲れていましたが、運転には人一倍慎重な人でした。それに、あの事故の2、3日前からブレーキの調子がおかしい、次の休みに点検してもらうと言っていたんです」
大胡は厳しい表情になり
「警察にそのことは…」
「もちろん言いました。でも車は大破していて、ブレーキ部分の不具合は調べられなかった。それに検死解剖で母の身体から微量の睡眠薬成分が検出されて、結局、母の居眠り運転が事故原因という結論になったんです」
腕を組んで黙り込んだ大胡に、秋音は身を乗り出して
「俺は中学の頃から、誰かにつけられたり見られていると感じることが度々あった。母の事故の時、俺はバイトの時間が延びて、いつも乗るはずの母の迎えの車には乗らなかった。一緒なら俺も死んでいた。だから、母の事故も、本当は俺を狙ったものなんじゃないかと……ずっと疑っていました」
「……なるほどな。確かに嫌な符合だ」
「俺は……正直、貴方を疑っていました」
秋音の言葉に大胡は顔をあげ、隣の田澤が身を乗り出した。
「暁、それは違うぜ」
秋音は田澤に頷いてみせ
「でも、田澤さんは、絶対に貴方の仕業ではないと断言した。俺にはそれを鵜呑みに出来る理由がない。だから、今日は貴方に会って、どんな人なのか見極めたかったんです」
「私にそこまで話してくれたということは、信用してもらえたと……思っていいのかな?」
秋音は少し黙り込み、じっと大胡の目を見つめた。
また息の詰まるような沈黙が続く。
やがて、秋音は深いため息をついて
「正直……完全に信用するには、まだ判断材料が少な過ぎます。ただ、先程の雅紀への貴方の言葉には、嘘はないと感じました。だから俺は、俺の恩人である田澤さんの言葉を信じます」
「そうか……。ではその信頼に背かぬように誠心誠意、努力しよう」
「それで、先程、貴弘から連絡はないかと、雅紀に質問されましたよね?」
大胡は険しい表情になった。
「あったのか?貴弘から連絡が」
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