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ひそやかな足音4

「いえ、まだ。でも近いうちに連絡があると思います」 秋音の言葉に、大胡は怪訝な表情を浮かべた。 「……それは……どういう意味だね?」 秋音がちらっと隣を見ると、雅紀は叱られる寸前の子供のような顔で項垂れていた。秋音は雅紀の手をまたぎゅっと握ると 「雅紀は、俺の命を狙っているのは貴弘だと思ったんです。自分は彼と繋がりがあった。だから彼の所に戻って、俺の命を狙うのを止めさせようと思い詰めて…」 大胡は息を飲んで、雅紀を見つめた。 「もしかして、君の方から連絡したのか。貴弘に」 「……はい」 雅紀は一層縮こまり、蚊の鳴くような声で答えた。 あれだけ酷い目に遭わされた相手だ。実際手を下したのは総一だろうが、その手引きをしたのは貴弘だ。顔を合わせるのも辛いだろう。その相手に自分から会いに行こうとするとは……。 大胡は雅紀を痛ましげに見つめた。 「……秋音を、助けたかったのか」 雅紀は俯いたまま、コクンと頷いた。 「そうか……。君はそこまで秋音のことを……大切に思ってくれているのか」 大胡は半ば呆然として呟いた。隣の田澤が身を乗り出し 「俯くことはねえぞ、篠宮くん。おまえさんは何も悪くねえんだ。顔あげて胸を張ってろ。大胡さん、無謀かもしれねえが、篠宮くんなりに精一杯、暁を助けたくてやったことですよ」 「大丈夫だ、田澤。ちゃんと分かっている。……それで、貴弘は君からの連絡に何と?」 「……俺の……都合のいい日を……連絡してくれって…」 「……そうか……。秋音…くん。君はどう考える?君の命を狙っているのは……やはり貴弘か?」 「一番疑わしい。そう思っています」 大胡は額に手をあて、ため息をつくと 「そうだな……。あいつには遺産相続という動機がある。そして君を憎む理由もな。やはりそう考えるのが妥当だろうな。……いや。親の私が言えたことではないんだが」 呟く大胡の顔に、苦悩の色が滲む。 もし、貴弘が犯人ならば、狙っている人間も、狙われている人間も、共に自分の血を分けた息子だ。 大胡は腕を組み、厳しい表情で考え込んでしまった。再び訪れた重苦しい空気の中、田澤は咳払いして 「せっかく早瀬さんが用意してくれた料理だ。暁、おまえ酒はいけるんだろう?」 「あ。……ええ、少しなら」 「よし。んじゃ、とりあえず細かい話は後にして、乾杯だ」 田澤は瓶の栓を抜き、大胡のグラスにビールを注いだ。雅紀も慌てて同じように隣の秋音のグラスに注いで 「秋音さん、お薬飲んでるから、飲みすぎちゃダメです。ちょっとだけですからね」 秋音は苦笑して頷くと、雅紀のグラスにも注いでやり 「おまえこそ、酒は弱かっただろう。飲みすぎるなよ」 「大丈夫。舐めるだけです」 田澤のグラスにも注ぐと、大胡は気を取り直したように顔をあげ、グラスを持ち上げた。 乾杯の後しばらくは、互いに交わす言葉も持たない大胡と秋音を気遣って、田澤が当たり障りのない話で場を繋いでいた。秋音は酒はグラス1杯にとどめ、隣で甲斐甲斐しく世話を焼く雅紀のすすめで、早瀬夫妻の用意してくれた料理に箸を伸ばす。 頃合を見計らって、おばさんがお盆に出来立てのだし巻き卵を乗せて姿を現すと、雅紀は緊張気味だった顔をゆるませて、 「桐島さん。これ、召し上がってみてください。おばさんのだし巻き卵は絶品なんです」 張り切って大胡にすすめる雅紀に、秋音も頬をゆるませ、 「どうしておまえがドヤ顔なんだ?」 「や、俺、別にドヤ顔なんかしてないし」 突っ込まれて赤くなり、拗ねる雅紀に秋音は楽しげな顔で更にからかっている。 大胡はグラスを傾けながら2人の様子を見ていたが、やがて微笑んで隣の田澤にそっと耳打ちした。 「いい青年だな。篠宮くんは」 田澤も笑顔で頷いて 「2人が付き合っているって暁に聞かされた時は、男同士で恋人だなんて先がねえだろう、なんて思いましたがね。暁には似合いですよ。顔見てたら分かる」 「そうだな。結婚など出来なくても、本当に好きな相手と共に生きられる方がいい。私も……親や家に逆らう勇気があれば、もっと違う人生があったかもしれないな」 「……大胡さん」 大胡は苦い笑みを浮かべて 「舞には……あれの母親には辛い思いをさせた。親の決めた縁談を断れなかった私の責任だ。結局は日陰の身にさせて苦労ばかりかけた」 「仕方ないですよ。大胡さんには大胡さんのお立場があったんだ。舞さんだって、それは覚悟の上だったでしょう」 「だが……舞は死んだ。秋音の言うことが本当ならば、不慮の事故ではない。何者かに殺された……そういうことだな」 田澤は顔をしかめてグラスを煽った。 その何者か、が問題なのだ。 疑惑が本当ならば、大胡は、実の息子に愛人を殺されたことになる。 それはあまりにも酷い結末だ。

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