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ひそやかな足音10
暁は眉をしかめて考え込んだ。
「……そうだよな。俺は知らなかったぜ。そんな鞄があったなんてさ」
「その鞄、警察に保管されたままだったんだそうです。事故の時、暁さんと一緒に崖の下に落ちて、でもその時は発見されなくて。随分経ってから落し物として届けられてた。こないだの仙台の事故の後、おじさんとおばさんがもう一度、6年前の事故のことを調べ直してくれって、警察に掛け合ったそうです。それで事故現場周辺で見つかった鞄が、別に保管されていたことが分かって…」
「……そっか…。なるほどな。そういうこと、か」
「なんか俺、すっごく考えちゃいました。その鞄がもっと早くに見つかっていれば、暁さんは何年も苦しまなくてもよかったのかも……って」
「そうだな。そういうボタンの掛け違いが、俺って人間を作り出してしまったんだな。でもさ、それで俺が素性を知っていたらさ、おまえとのあの夜の出逢いはなかったんだぜ」
「……うん。そうなんですよね…」
暁は雅紀の髪の毛をわしわしと撫でて
「出逢いってのは不思議なもんだよな。ちょっとした分れ道で、俺達は恋人同士にはなれなかったかもしれねえ。だとしたらさ、俺の苦しんだ6年間は無駄じゃなかったってことだろ?おまえとこうして愛し合う為の試練だったってわけだ」
にかっと笑ってそう言う暁に、雅紀はほっとしたように微笑んで
「すっごい前向き。でも暁さんならきっと、そういう風に考えるだろうなって、俺……思ってたから」
暁はにやりと笑うと
「そんな風に考えられるってことは、おまえも俺に似てきたってことじゃん。だいぶ俺に毒されて……あ、いや、やっぱ、愛の力ってすげえよなー」
「や、今、暁さん、毒されてって言いかけたし…」
暁は不信の眼差しを向ける雅紀から、とぼけた顔をしてすいっと目を逸らし
「いやいや、細かいことは気にすんな。ラブパワーってヤツだぜ。あ、それともさ、運命の赤い糸ってヤツか」
雅紀はくすくす笑い出した。
「暁さんってやっぱ、言うことがいちいちおやじくさい…」
「おいこらっ。久しぶりにエッチ出来た最愛の恋人に、おまえ、なんつー言い草だよ」
雅紀はまだくすくすしながら、暁の身体に抱きついた。
「もお…っ。暁さん、大好き。俺、暁さんに似てきたかな?そうだったらいいな」
「いやいや。やっぱおまえはおまえのまんまの方がいいな。俺に似てくるとか……ダメだろ…」
渋い顔をする暁に、雅紀はちゅっと口付けた。
「そういえば…」
「んん?どした」
「秋音さんがね、今度、暁さんと会ったら聞けって…」
「おう。何でも答えてやるぜ」
「暁さんのパソコンの、隠しフォルダのパスワードと中身」
雅紀の言葉に、暁は急に焦った顔になり
「いやっ、それはその……何だ、プライバシーの問題でさ…」
「秋音さんはパスワードも中身も知ってるみたい。でも俺には教えてくれないんです。暁さんに直接聞けって」
ふくれっ面の雅紀に、暁は顔をしかめて舌打ちした。
「……秋音のヤツ……知っててわざとかよ」
「俺が知るとダメなこと?」
好奇心いっぱいの目で見つめてくる雅紀に、暁はたじたじとして
「や。ダメじゃねえぜ。ダメじゃねえけど…」
「俺には教えたく、ない?」
しょんぼりしてしまった雅紀に、暁は焦って
「そうじゃねえよっ。ただ教えるとおまえ、引くだろ」
「え……そんなヤバい内容なんだ…」
「ヤバい……っつーか……うーーーん…」
弱りきった暁に、雅紀はふふふと笑って
「うそうそ。いいです、無理に答えなくても。プライバシーの問題なんですよね?」
「……写真、だよ。前にかたくり撮りに行ったろ?あん時撮った写真」
暁の意外な答えに、雅紀は目をまあるくして
「……なーんだ……。秋音さんがすっごく意味ありげに言うから、俺どんな秘密だろってドキドキしてたのに…」
「秘密っちゃ秘密だよなー。おまえのこと、隠し撮りした写真だからさ」
「え。………俺の写真……?かたくりじゃなくて?」
暁は雅紀の表情を探るように見て
「な?引いたろ?あん時、俺、おまえとの初デートで舞い上がってたからさ。おまえ、綺麗で可愛くて、ついつい望遠でこっそり撮りまくってさ。したら異常な枚数撮っちまってて……。削除しようと焦ったんだぜ。でもどれも勿体なくて捨てらんなくってさ」
「それで……隠しフォルダ…」
うわぁ……という顔になった雅紀に、暁は不貞腐れて
「後でちゃんと言うつもりだったんだ。あん時はまだ知り合ったばっかだったしさ。おまえにドン引きされるの、怖かったんだよ」
雅紀はくすっと笑って、秋音の頭を優しく撫でた。
「ドン引きなんかしてないから、俺。だからそんな顔しないで」
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