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おぼろ月2
「古島、おまえ今、駐車場か?!」
『ええ。……間違いないな。これは彼のスマホです』
田澤は険しい表情で秋音を振り返り
「篠宮くんのスマホの暗証番号、分かるか?」
「○○○○です。雅紀、いないんですか?!」
詰め寄る秋音を手で制して、田澤は通話に戻ると
「ロック解除は○○○○だ。着信履歴を見ろっ」
『……田澤さん。ハングアウトに桐島貴弘からのメッセージが……。17時に○○ホテルで都倉秋音に会うから、その後で落ち合おうと……』
田澤はちっと舌打ちをして
「んじゃ、篠宮くんはこっちに向かってるってことか。……古島、手分けして駐車場周辺を調べろ。他に何か落ちてねえか、目撃者はいねえか、徹底的に探せ」
『了解です。何か分かったらすぐ連絡します』
通話を切った田澤に、秋音は青い顔で詰め寄った。
「貴弘から連絡が?雅紀はこっちに向かっているんですか?」
田澤は険しい顔で秋音を見返し
「その可能性が高いな……。しっかし腑に落ちねえ。なんで彼のスマホが駐車場に落ちてるんだ」
「慌てていて落としたのかもしれない」
田澤は納得のいかない顔のまま
「篠宮くんのスマホに、貴弘からメッセージがあったそうだ。このホテルでおめえに会うから来いと」
秋音はギリっと奥歯を噛み締めた。
「だったら雅紀は間違いなくこっちに向かっている。ホテルの入口はここだけですか?」
「いや。正面以外に入口が2つある。貴弘と鉢合わせする前に止めねえと」
その言葉を聞くと、秋音は正面玄関に飛び込んで行った。
ホテルの3箇所の入口から、指定の2階のカフェラウンジに行くルートは、正面のエスカレーターと、2箇所に設置された4台のエレベーターだ。2人だけで、1階で待ち伏せするのは難しい。貴弘の顔を知っている田澤が、先にラウンジをそっとのぞきに行くと、貴弘は既に一番奥の窓際の席に座っていた。時刻は16時55分。
「ラウンジに行ける通路はここだけだ。俺が先に貴弘に会って引き伸ばししてるから、おめえはここで篠宮くんを引き止めろ。なんなら今日の会合は中止でもいい。篠宮くんをきちんと説得してから、後日改めて会う方がいいかもしれねえな」
秋音は苦い顔で頷いて
「そうですね。おっしゃる通り、内緒でというのは失敗だった。雅紀が来たら、そのまま俺が連れて帰ります」
田澤は秋音の肩をぽんっと叩くと、ラウンジに入っていった。
17時を20分過ぎても、雅紀は姿を現さない。秋音は時計を何度も確認し、じりじりしながら待ち続けた。
事務所からここまでは、車で30分あれば充分に着く距離だ。焦って車を運転して、途中で事故でも起こしているのでは……と、別の不安が沸き起こる。スマホさえ持っていてくれれば連絡がつくのだが、今の状況ではこちらからは探しようがない。
頭で理屈だけを考えて、雅紀の心情を察しなかった自分のミスだ。いくら雅紀が絶対に一緒に行くと言い張ったとしても、きちんと理由を説明してやるべきだった。だましうちのように置き去りにされ、貴弘からのメッセージで会合を知った雅紀が、今どんな気持ちでいるかと考えるだけで、胸がきりきりと痛む。
「暁っ。大変だっ」
ラウンジから田澤が飛び出してきた。
「どうしたんです!」
「篠宮くんが誰かに拉致された!」
秋音は田澤に駆け寄った。
「雅紀が?!どういうことです!」
「古島から連絡が入ったんだ。駐車場に薬品を染み込ませた手拭いが落ちていた。脇の雑居ビルの清掃員が、車の後部座席に担ぎ込まれる若い男の姿を目撃してる」
「……なっそんなバカなっ。何故雅紀が……っ」
「おまえ……都倉秋音か?田澤さん、どういうことです、これは。彼はここには来られないと言っていたはずだが」
田澤の後ろから姿を現した貴弘が、怪訝な表情で秋音を見た。秋音はつかつかと貴弘に歩み寄り
「あんたの仕業か!?雅紀をどこへやった?」
貴弘は掴みかかってくる秋音の手を振り払い
「いきなり何の話だっ」
「あんたが指示したんだな?雅紀を連れ去れとっ」
「雅紀?雅紀がどうした?貴様、まだあいつに付きまとっていたのか!」
尚も掴みかかろうとする秋音を、田澤が押さえた。
「待て、暁っ。貴弘さんじゃねえ。この人が篠宮くんの居場所を知ってるわけがねえだろ」
「どうしてそんなことが言えるんです!人を雇って張り付かせていたのかもしれないっ」
「人を雇って……?」
貴弘は眉を潜めて呟いた。
「心当たりがあるんだな!雅紀をどこに連れて行った?答えろ!」
ホテルの従業員や客たちが何事かと集まり始めたのを見て、田澤は舌打ちし
「暁、落ち着け。とりあえず話は外でだ。これ以上騒ぐと通報されちまう」
秋音の腕を掴んで、周りに何でもないとジェスチャーしながら、強引に下りのエスカレーターに乗った。貴弘は険しい表情のまま後に続く。
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