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おぼろ月4
「私が行ったことがあるのは、○○にある別荘だけだ。だが、他にも何箇所か別荘を持っていると聞いている」
「○○……。ならここから車で1時間ぐらいだ。貴弘さん、そこに我々を案内してもらえませんか」
「……いや。総は多分、そこにはいないな。電話している間、車の中にいるような音が聞こえていた。あいつはきっと、雅紀を連れてまだ移動中だ」
貴弘の言葉に、田澤は厳しい表情で黙り込んだ。秋音はイライラしながら
「田澤さんっ。考えている場合じゃない。こうしている間にも雅紀は…っ」
「待て、暁。貴弘さん、大迫というのはもしかして、大迫恭亮ですか?」
「ああ。たしかそんな名だ。……知り合いか?」
「いや。俺は直接の関わりはないが、いろいろときな臭い噂は聞いてるんで。貴弘さん、悪いが大胡さんに協力を仰ぎますよ」
「好きにすればいい。私は私で別のあてを探るからな」
貴弘はぎろっと秋音を睨め付けると、踵を返してホテルの中へと歩き出した。その後ろ姿を睨みつけている秋音の肩を叩くと
「暁、急ぐぞ。話は車ん中でだ」
秋音は唇を噛み締め頷くと、田澤の後に続いて走り出した。
ずっとゆらゆら身体が浮いているような感じがしていた。微睡みの時みたいな心地よさではない。目を開けようとするとぐらんぐらんと視界が揺れて、酷く気持ちが悪い。
自分の意志が伝わらない身体を、誰かに勝手に動かされている。
これはダメだ。
ここは危険だ。
早く逃げないと。
……逃げる?何から?……ここはどこ?俺は……いったい……どうなってる……?
「なるほどな。たしかに綺麗なこだ。顔ももちろんだが、身体も極上じゃないか」
「ふふふ。でしょう?隅々まで綺麗に清めたら、雅紀の為に仕立てた衣装で着飾ってあげるんです」
「御機嫌だねえ。いつもの退屈そうな君とは別人だ」
「だって……最高のdollがようやく僕の手に戻ってきたんですよ。このコに相応しい宴にしてあげないとね」
大迫は首を竦めて、ちらりと雅紀の顔を見た。整った、本当に人形のような綺麗な顔だ。そこには安らかな眠りの最中とは到底思えない、苦しげな表情が浮かんでいる。
……可哀想に。おまえ、とんだ悪魔に気に入られちまったな。
「ねえ?あの新しい薬。持ってきてくれたんでしょう?」
「ああ。もちろんだ。他にもいろいろと、君が喜びそうなおもちゃも用意したよ」
「そう。それは楽しみですね」
瀧田はくすくす笑いながら、雅紀の柔らかい髪の毛を指先で弄んだ。
「ええ。あの大迫です。………いや、彼のスマホはこっちにあるんで。………それは事務所で保管してますよ。目撃者の連絡先も古島に聞いてもらえれば。……はい。……ええ。……お願いします。一刻も早く救い出してやらねえと。………分かりました。こっちはいつでも動けるんで。連絡お待ちしてます」
イライラと爪を噛みながら運転していた秋音が、赤信号に気づいて急ブレーキをかける。田澤は電話をきると
「暁、落ち着けよ。今つまんねえ事故起こしちまったら、篠宮くんを見つけ出せねえぞ」
秋音はハンドルをダンっと叩いて、叫び出しそうになるのをグッと堪えた。はあ…っと息を吐き出し
「……わかってます。でも冷静じゃいられない。くそっ俺のせいだ。俺の判断ミスで、あいつを1人にしてしまったから…」
「暁。気持ちは分かるがな。それを言ってても仕方ねえ。後悔はひとまず置いとけ。今は彼を探し出すことだけ考えてろ」
秋音は大きく深呼吸して何とか気持ちを落ち着かせると、車を発進させた。
「大胡さんが今、各方面に手ぇ回してくれてる。事務所の連中も警察も動いてる。篠宮くんはきっと見つかる」
「そう……ですね。早く……早く助けないと。……雅紀…っ」
居場所が特定出来ない以上、闇雲に走り回っても無駄だ。秋音は公園の脇に車を停めると、ハンドルに両手をついて突っ伏した。
連絡をただ待つだけの時間は、1分1秒が恐ろしく長く感じる。
「……田澤さん。瀧田総一っていうのはどんな人間なんです」
「大胡さんの末の妹の息子、つまりおめえや貴弘さんとは従兄弟だな。母親は未婚で総一を産んでる。父親が誰なのかは……ま、いろいろ噂はあるんだが、結局謎のままだ。母親は……心を病んじまって、10年ぐらい前から病院に入院してる。それまでは総一は母親と一緒に、本家の……おめえの祖父さんの家で暮らしてたんだ。祖父さんは末娘を溺愛していて、娘はその息子を溺愛してたって話だ」
「雅紀とは、例の監禁事件の時に会ったのが初めてなんですよね?どうして雅紀にそんな執着を?瀧田はゲイなんですか?」
「大胡さんの話だと、瀧田は同性愛者というより、異常性愛者ってヤツだな。これまでも10代から20代の綺麗な男の子を拉致監禁して、人形みたいに着飾らせたり、性的虐待を繰り返してるんだ」
秋音のハンドルを握る手が震えている。
「どうして……っ。どうしてそんなヤツが野放しになってるんだっ。被害者から訴えられたりしてないんですか?」
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