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第60章 歪む月1
「瀧田は被害者の選び方が巧妙なんだ。親のいない子だったり、親と絶縁状態だったり、おおっぴらに出来ねえ仕事してたりってんで、これまではほとんどが表沙汰にはならずに示談金で済んでる。被害者自身が瀧田の行為にすっかり嵌っちまって、自分から望むようになるってのも少なくねえんだ。まあ、それでも何度か警察沙汰にはなってるんだが…」
言葉を濁す田澤に、秋音はハンドルをぎゅっと握り締めて
「そういうのは全て……金で解決してきたってことですか」
「まあ、そういうことになるわな。ただ3年ぐらい前に、被害者が薬の中毒でおかしくなっちまって、大胡さんが怒り狂ってな。瀧田を母親と同じ精神病院に入院させたらしい。そこで1ヶ月ぐらいは大人しくしてたんだが、得意の人脈使って裏に手ぇ回して、勝手に出てきちまった。大胡さんも瀧田にはずっと手を焼いてるそうだぜ。退院後は人を雇って監視させていて、篠宮くんの事件の後は、特に警戒してたんだが…」
秋音は両手で顔を覆った。
「それでも雅紀は連れ去られた……。大迫というのはどんな男です」
田澤は厳しい表情で
「いい噂は聞かねえ男だ。裏稼業で阿漕な稼ぎをしているらしくてな、あっちこっちで名前だけはよく聞く。瀧田が起こした事件でも、何度か名前があがってた。……おっと」
スマホが着信を告げる。田澤は急いで通話をオンにした。
「もしもし。……古島か。何か分かったか?…………ああ………ああ、なるほど、んじゃそっちはないな。………そうか、早速桐島さんが………ああ………分かった。そっちは任せたから探ってくれ。あ、多分な、それは江東さんあたりが詳しいはずだぜ。あと、寺谷社長にも連絡取ってみろ。………いや。俺らはひとまず○○海岸の方に向かう。…………分かった。よろしく頼むぜ」
田澤は電話を切ると
「暁、○○海岸だ。おめえは道が分かんねえだろ、俺が運転する」
「お願いしますっ」
秋音は急いで車のドアを開けた。
吐き気を伴う眩暈がようやく治まってきて、雅紀はそっと薄目を開けた。目の前を極彩色の光が飛び回っている。
……な……に……?ここ……どこ……?
何回も目を瞑ったり開けたりを繰り返す。光は照明の類ではなく、嗅がされた薬の影響なのだろう。少しずつ目が慣れてくると、広いベッドに寝かされているのだと分かった。
内装は黒っぽいもので統一されていて、見たことのない部屋だが、全体的な雰囲気に覚えがあった。
……瀧田……総一の……セカンドハウス……。あそこの部屋に似てる……。
ずっと耳鳴りがしていて、あまりよく聞き取れなかったが、瀧田総一の声を聞いた気がする。
……じゃあ俺……またあの人に捕まっちゃった……?あのセカンドハウスに……連れて来られた……?
雅紀は顔を歪めて、そっと首を起こした。自分の身体を確かめて見て、絶望感に目の前が暗くなる。予想通りの悪趣味極まりない女物のドレスを着せられていた。
必死で起き上がろうとしてみたが、まだ腕に力が入らず、自分の身体を支えきれずにガクっとシーツに沈み込む。
……どうしよう……。逃げなくちゃ……。俺、こんなとこに監禁されてる場合じゃない。秋音さん……。もう貴弘さんに会っちゃったよね。大丈夫だったかな。くそっ。俺って約立たずだっ。肝心な時にこんな…
「まだ無理に動くな。目が回るぜ」
急に頭上から知らない男の声が降ってきて、雅紀はぴたっともがくのを止めた。恐る恐る声がした方を見上げると、顎髭の見知らぬ男がにやりと笑って顔を覗きこんできた。
男はちょっと驚いた顔になり
「ほお……なるほど。こりゃあたしかにべっぴんさんだ。寝てる顔も人形みたいに綺麗だったが、また随分と可愛らしいデカい目だな」
感心している男を、雅紀は目を見開いて見つめたまま固まっていた。顎髭に長髪、黒のシルクのシャツに派手な色のネクタイ。どう見ても堅気の人間には思えない。
ふいに男が手を伸ばしてきて、雅紀の頬に触れた。雅紀はびくっと竦み上がる。
「いいな、おまえ。その怯えた表情も酷くそそられるぜ。泣いた顔も楽しみだ。たっぷり可愛がってやるからな」
ごつい指で頬を撫でられて、雅紀はゾっとして顔を歪めた。
……誰?この人……。瀧田じゃないのか。俺……どうして…
「勝手に触るのは困りますね。僕の可愛いお人形さんに」
今度は足先の方から声がした。雅紀ははっとしてそちらに目を向ける。
……瀧田だ…っ。やっぱり瀧田総一
青ざめた雅紀に、瀧田はにっこり笑いかけながら歩み寄り
「ごきげんよう。篠宮雅紀くん。また会えて嬉しいですよ」
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