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第2話

 金曜日の夜、仕事が一段落して帰り支度を始める。普段なら週末の到来にテンションが上がり、いっぱい引っ掛けてから帰るところだが、そんな気分にはなれなかった。  あぁ!!来てしまった!!週末が!!!  あんな約束するんじゃなかった!  でも仕方ないじゃないか!!  あの時は、レイプされる恐怖とαのフェロモンのせいで気が動転するどころか気絶寸前だったんだから!!  結局あの後、山城は嬉しそうに週末の予定を立ててすごい勢いでどっか行っちまうし……  しかし咄嗟とはいえ、生徒とした約束を破るなんて私の教師としてのプライドが許さない………  どうしたものか…………  いやまて、約束を破らないでも山城が私に幻滅したら諦めてくれるのでは?  そうだ!それだ!!  そもそもこんなおじさんでしかもβなんて、高校生のαからしたら良いところなんてないし、普通にしてても直ぐに諦めるだろう  よし!なんかやれる気がしてきた  そんな決意を胸に、私は家に帰った。  土曜日の朝、私は最低限の身支度を済ませ、山城との集合場所へ向かった。因みに服装は無地のTシャツにジーパンというすごい地味なものにした。  因みに集合時間は朝の8時。朝から一緒にいたいという山城の要望によって、なんと朝ごはんから一日中予定が詰まっている……らしい。  正直、考えるのがめんどくさかったので、集合時間と集合場所だけ聞いて後は聞き流してしまっていた。  7時45分、集合場所のカフェについた。高校生が選ぶにしては少し小洒落すぎているが、落ち着いた雰囲気のいい店だ。  一生懸命調べたんだな………  なんだか涙ぐましい努力に同情してしまいそうになったが、そういうのは将来の可愛いΩの嫁さんにやってあげて欲しい。  店に入ると、先生!という山城の大きな声が窓際の席から聞こえてきた。  恐る恐る声のする方を見るとそこには山城の姿がって………  いや、めちゃくちゃ気合入ってる!!  服装だけで分かる。もともと185センチはある高身長だから、何着ても似合うだろうと思ったけど、ファッション雑誌からそのまま飛び出てきたんじゃないかというくらい山城はお洒落してきていた。  ヤバイ、これ並んで歩いても多分知り合いだと思われないぞ  ってか、あんなやつの隣歩けねぇ……  いやいや!今日は山城に諦めさせるために来たんだから!これは作戦だから!!  私はそう自分に言い聞かせ、山城のいる席へ向かった。  「ず、随分と早かったな、山城」  「うん!だって先生と早く一緒に会いたかったし!それに先生はいつも予定の15分前に行動してるの知ってたし」  ウッ……よく考えれば、少し遅刻する方が好感度が下がって良かったかもしれない。つい、いつもの癖で10分前行動の5分前行動をしてしまった。  「それにしても先生……ふふ、なんか地味だね」  あえて地味な服にしたけど、若者から改めて言われるとダメージが……  「い、良いんだよ、これで!何か文句あるか!」  「いや文句なんて……先生っぽくて俺は好きだよ」  「ッ!……馬鹿、何言ってるんだよ……」  私もあんな軽口でドキドキなんて……もしかしたら本当は山城のこと……  「それに、そんな先生を自分の色に染め上げることが出来る楽しみが増えたし!」  いや、これ恋のドキドキじゃ無くて、貞操の危機に対するドキドキだわこれ  一旦落ち着こうと、コーヒーと軽食を頼むと山城は嬉しそうに口を開いた  「今日は来てくれてありがとね先生」  「何だよ……あらたまって」  そう言って山城は嬉しそうに目を細める。正直、この前の一件のせいか少し怖く思えるが、生徒が喜んでいる姿は単純に嬉しい。  「それよりさ、先生のことなんて呼ぼうか?」  「ん?いやいつも通り先生とか川野先生でいいだろ?」  「いーや!俺達は今、番なんだよ!?なのに『先生』なんて呼んでたら新手のプレイみたいじゃん!」  いや、そんな事誰も思わんと思うが……しかし、外で先生と呼ばれるのは些か外聞が悪い。というか思いっきり公私混同なのでバレたらヤバいどころの話ではない。  「どうしようかなぁ〜、川野次郎だから、『次郎さん』が一番無難だけど、『ジーロ』とか『リバーヒル』とかあだ名の方が特別感あるよね、それともシンプルに『マイワイフ』?」  「マイワイフなんて頭の悪そうな呼び方は辞めなさいと言っただろ!それに何だ『ジーロ』って!サッカー選手か!あと『リバーヒル』じゃ川丘だ!川野ならせめて『リバーフィールド』だろ!!」  「え〜、『リバーヒル』の方が呼びやすくてカッコイイじゃん」  「私は断じて許さんぞ!あだ名は全部却下だ!」  「ちぇ〜……じゃ次郎さん」  「……はぁ〜」  朝からこんなに疲れるなんて……先が思いやられる……  そんなこんなで、私達は朝食を食べると直ぐに店を後にした。  それからは怒涛のスケジュールだった。  あの後すぐに近くの美術館へ行き、一時間ほど美術鑑賞、その後は山城の用意した車(運転手付き)に無理やり乗せられ歌舞伎の観に行き、終わった後昼食(うなぎ)を食べまた移動、某夢の国に行き新作のアトラクションを満喫し………  今はまた街に戻ってます………  おええぇぇ!!疲れ過ぎて気持ちわりぃ!!  何だよこの過密スケジュールは!!軽く1ヶ月分くらいの予定が積み込まれてたぞ!!  あまりの過密さに山城に私を諦めてもらおう作戦をすっかり忘れてしまったがもうそれどころじゃない!!マジで死ぬ!!  「次郎さん?大丈夫?」  「………………」  「ゴメンね、こんなに連れ回すつもりは無かったんだけど、次郎さんとデートに行けるって思ったらあれもこれもってなっちゃって……」  うっ……そんな捨てられたマングースのような目をするんじゃない……  「いや、少し疲れただけだから大丈夫だ……」  「ぅぅ……ホントにゴメンね、次の夕食がラストだからさ!」  「あぁ……うん、楽しみにしてる」  「うん!任せて!めちゃ美味しいところ選んだからさ」  そんなこんなで夜の街をしばらく走ると、大きなホテルの前で停車した。  「……ここか?」  「うん、ここのレストランだよ」  「おいおい、こんな高そうなところで食べれる格好じゃないぞ」  「そこは大丈夫、ちゃんと話は通してあるから!」  「本当かよ……」  っていうか、こんなデカいホテルのレストランに話を通せるってお前何者だよ……って今をときめくα様でしたね……  はぁ………今日一日で分かった  やはりαは特別で、私達みたいなβとは住む世界が違う。  どこへ行っても特別扱いで、あいつはそれを当然の事の様に受け取っていた。  βの私には荷が重過ぎる……  夕食が終わったら山城にちゃんと言おう。  やっぱり辞めようって、私にαの相手は出来ないって、きちんと……  「やっぱりここの料理は美味しいなぁ」  次から次へと出される高級そうな料理をパクパクと山城は食べていた。  あれだけ動いたのによくそんな食べられるなぁ、やっぱり若さって凄い。  そんな私はというと疲れすぎたせいか、はたまた普段食べない高級料理で胃が驚いたせいかそんなに食べることが出来なかった。  「次郎さん……口に合わなかったかな?」  「あぁ……いや、ちょっと疲れて食欲が無いだけだ、気にすんな」  「……ホントにゴメンね、久しぶりに人と遊んだから加減がわからなくてさ」  「久しぶりって、お前友達多いだろ?」  「いやそんなことないよ、みんなαに近づきたいだけで……だから俺と遊ぶ人なんて次郎さんくらい」  そう無理に笑う山城の笑顔が痛々しかった。  αは特別だ、なんていって壁を感じてしまっていたが、壁を感じているのはαも一緒なのかもしれない……  なら……  「じゃ……また遊びに行ってやるよ」  「ッ!?ホント!?」  「た、ただし今度は普通の遊びをするぞ」  「普通の遊びって例えば?」  「そりゃ山登ったり、釣りに行ったり………」  「なにそれ、親父臭い」  そう笑う山城の笑顔は朗らかで、普通の笑顔だった。  「じゃ、約束ね」  「あぁ、また今度な」  結局、山城を突き放す事はできなかったけど、まぁたまになら遊び相手になってやるか  「よし、じゃお祝いに次郎さんにプレゼントあげる!」  「おいおい、なんのお祝いだよ……」  「良いじゃんそんなの」  山城は近くにあったベルを鳴らすと店員に何かを耳打ちすると、直ぐに一本のワインが運ばれてきた。  「おま……これ、メチャメチャ高いやつじゃ……」  「うーん、値段はよくわからないけど一番美味しいワイン頼んだ!次郎さんお酒好きでしょう?」  「まぁ……好きだが……」  良いのか……仮にも生徒にこんな高いもの奢らせて……まぁでも……お祝いだし……こんな良いの一生飲めないし……うーーーーん  悩む私を他所に、店員がボトルを開けグラスに注ぐと芳醇な香りが一気に鼻を駆け抜け、気づいたら口をつけてしまっていた。  「………上手いな、これ、メチャメチャ」  「ホント!?良かったぁ〜、じゃどんどん飲んで」  山城がグラスに次々とワインを注ぎ、結局一本飲んでしまった。  「っぷはぁ、美味かった~……よしもう遅いし帰るか」  「……そうだね」  「おいおい、そんな顔すんなって……また………いつでも………あれ………?」  突然、頭がグラリと揺れ、立っていられなくなる。  「次郎さん?どうしたの?」  「可笑しいな……この程度でここまで酔うなんて………」  駄目だ、地面が揺れてる……目が回る………  目が………  「次郎さん!?次郎さん…………ろうさん……せい!せん……!……したの!?………ん!!」  山城のやけに遠くに聴こえ、私の意識は暗闇へと落ちていった。

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