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2.鬼課長、部下に初めてを奪われる①

 今日は朝から最悪だ。部下から鬼課長との呼び声高い俺『難波 蓮』(二十八才)は、通勤電車でいつもの痴漢に耐えている所を部下で新人の『来栖 久人』(二十四才)にみつかって、なぜか流れでそのまま来栖に電車内で射精をさせられた。おまけに…… 「さっきの続き、してあげますから、ね? 課長」 「っっ!!?」 「本当に誰にも言われたくなかったら大人しく、会議室、来てくださいね」  誠の遺憾なことに、来栖は俺に『あの鬼課長が電車で痴漢待ちしてたって言いふらされたくなかったら』との前振り付きで俺を、昼休みの三階会議室に俺を、呼びつけているのである。そんなわけで俺は、いつもバリバリこなしている仕事もそこそこ、少しぼうっとしてしまっていた。 「……ちょう、課長?」 「はっ」  気が付くと今年二十六才になる、中堅デザイナーの女性・永崎くんが俺の机の前に立っていたではないか。咳払いをしてノートパソコンを閉じて、いつものきりっとした表情を取り戻して永崎君を見上げる。 「何だ、永崎くん」 「ですから、今度の企画の最終チェックお願いします。と……」 「ああ、そうだったな。見せてみなさい」 「はい。クスッ、課長でもぼうっとすることがあるんですね」 「なっ……ぼうっとなんかしていない」 「あは、そうですか? まあそれでこそ『鬼課長』です」 「君は俺をからかっているのか?」 「まさか! では、チェックの方お願いいたしますね」 「……ああ」  永崎くんの持ってきた、企画のデザイン案をチェックしつつも、ちらちら腕時計を見やる。もうすぐ十二時だ。仕事柄、社員は各々の都合のいい時間に昼休みをとることにはなっているが、一応の規定としての昼休みが始まる。そうしてその昼休み、俺は来栖と待ち合わせている会議室に行かなくてはいけない。『さっきの続き』と来栖は言っていた。この俺を、周知の上で電車で射精までさせておいて、あいつはあれ以上何をしようというのだろう。まさか本気で、俺のことを抱く気なのだろうか。あの痴漢には決してできない、電車内ではさすがに無理のあるセックスという行為。あの、犬のように人懐っこく皆の人気者の来栖が、この俺を? わけがわからない。はー、と深く息を吐いて企画書をいったん机に置いて、チェックもそこそこに十二時ちょうどに、俺は企画課の一階下にある会議室へと出向いて行った。 *** 「ちゃんと来てくれたんですね、課長」  会議室に入るとすでに仕事を一段落させてそこにやってきていた黒髪短髪にムキムキの、デザイン会社勤務とは思えないガタイのいい来栖が入り口近くに背をつけて、腕を組んで待っていた。一つ息をのんで、しかし冷静ぶって俺は眼鏡をかちゃりと上げなおす。 「お前があんな腹黒いことをいうやつだとは、俺も思っていなかった」 「腹黒いだなんて失礼ですねぇ、俺はあなたの可愛い部下ですよ?」 「可愛い部下なら、上司を脅すような真似は止せ」  眼鏡越しの大きな目元を釣り上げて来栖をにらむも、来栖は怒っているこっちに目もくれず、会議室の鍵を閉める。廊下から見えるブラインドを全部下げて回って、それの目線を閉じていく。 「窓の方は……まあ大丈夫でしょ。三階ですしね」 「お前、『さっきの続き』なんて馬鹿げたことを言っていたが、」 「課長、あれから下着はどうしたんすか?」 「むっ、それは……売店で替えを」 「ぐちょぐちょの、ザーメンまみれの下着は?」  ずいっと近づかれて机に尻もちをつかされて、来栖は両手を俺の身体の両脇につけて見せる。耳元で直に性的なワードを囁かれると社内ということもあり余計にぞわっとして、俺は言葉を濁す。 「そ、それは、社内にあんなもの、捨てるわけにもいかないだろう」 「じゃあまだ持ってるんだ。後で俺に下さいよ」 「はあっ?」 「毎晩のオカズにしますから、あとでちゃんと下さいね?」 「お前……考えたんだがお前はゲイなのか」 「うーん、惜しいな。俺は昔っからバイなんです。女も男もいけるクチ」 「……そうか」  前にも記述したが俺に、性的マイノリティーへの偏見はない。だからと言って俺もバイかというとそうではなく、数年前まで普通に彼女がいたノンケの成人男性だが。しかしこの顔の造りせいで、同性に告白されたことは何度かある。それでトラウマになる人間もいるのかもしれないが、俺の場合はだからこそ、そういう人々のことを理解していきたい。と、そういう気持ちもある。だが、 「あのな、来栖。俺にそういう趣味への差別的な思考はない」 「それって俺を、受け入れる準備が万端ってことですか?」 「そうじゃない。だからといってこんな、人を脅して陥れるような真似は良くない。来栖、そういう趣味の人々に対する誤解を生むぞ」 「ふふっ、さすが生真面目鬼課長」  俺は真に迫って真剣に人道たる教えを説いているというのに、来栖は耳元、軽いノリで笑ってはするっと唇がくっつきそうなくらいの至近距離に、やつの顔を詰めてくる。 「でも俺、そういうのどうでも良いんです。課長を手に入れるためなら、こんな好都合他にありませんからね。存分に利用させていただきます」 「くるっ……!?」  さっさと来栖はその男前を近づけて、俺の唇を食んでくる。はむ、はむ、と優しく食んで、それからちゅう、と首を傾げて深く口付ける。それに俺は……大声を上げるわけにもいかず、いつの間にやら両の腕をがっちり固められて動けずに、まるで大人しく受け入れているかのように黙ってされるがままだ。久しぶりの他人との口付けは、正直言って心地いい。たとえそれが同性の部下相手だとしても。やっぱり俺は、欲求不満なのかもしれない。

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