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4.鬼課長、久しぶりの飲み会①

 次の日も、来栖は俺と同じ電車に乗ってきては『あいつ(痴漢野郎)は払っておきました』と恩着せがましく俺にすり寄って、ドアガラスに両手をついては満員電車にスペースを作って俺の居場所を庇ったりしてきた。俺は昨日、来栖に口内射精をされた後にトイレで自慰したことが居た堪れなくて、でもおかしな挙動をして来栖にそのことを気づかれたくなかったから、いつも通り電車内、クールに来栖のムキムキの長身を見返す。 「お前たち、今日は飲み会なんだろう」 「はい? そうですけど。あっ、トイレで岩井が言ってましたもんね」 「俺も出る」 「えっ」 「何か不都合があるか」 「いえそんな。ただ、珍しいなぁって。どうかしたんですか?」 「お前が余計なことを言わないように、見張らなければいけないだろう」  そこまで言ってふいっと顔をそらすと、来栖は『あぁ』とクツクツ笑って俺の頬を撫ぜてきた。 「そんなに警戒しなくても俺、あなたのことを他の連中に話したりしませんよ」 「どうだか」 「『俺のオナペット』が『皆のオナペット』になったら溜まりませんからね」 「っこの! 誰がオナペットだ!!」  と、声を上げたら周りの視線が突き刺さって、俺は失言だったと口を噤んで後悔した。それをも来栖が『あはは、自爆』と笑ってきたのが不愉快だ。 ***  その日の来栖は俺にちょっかいをかけてくることはなく、ただ俺が飲み会に出る旨を課の皆に言いふらしたから俺は中堅デザイナーの女性、永崎くんに涙ぐまれた。 「課長っ。それもこれも、来栖くんと仲良しになったお陰ですね!」  見当違いな永崎くんの言葉に顔を引きつらせて、俺は夜になるまでここ二日捗らなかった仕事をテキパキと片づけていったものである。 「くーるすくんのっ、ちょっといいトコみてみたい!!」  あっという間に飲み会の時間。会社のあるビルの近く、繁華街の居酒屋のお座敷で、うちの課の八名全員が集まって大騒ぎだ。中でもみんなの人気者で(新人のくせに)中心核の、忌々しい来栖が皆に煽られて、どんどんビールを喉に通していっている。俺は隅っこの席で永崎くんの隣で(彼女の隣が一番落ち着く)、ちびちびと弱い酒を嗜みながら、それでも来栖の動向に目を光らせていた。そんな折、逆隣の同僚と盛り上がっていた永崎くんが俺に話しかけてくる。 「課長ー、ちゃんと飲んでますか? 私の隣、つまらなくないですか?」 「そんなことはない。君の隣は落ち着いていい」 「やだっ、課長ってば! えへへ、でも課長が飲み会に出てくれて、みんな皆喜んではしゃいでますよ?」 「まさか。疎ましく思われていないかと俺は、」 「課長が疎ましいだなんて! 課長はみんなの憧れですから!!」 「憧れ?」 「いつもクールで仕事ができて、皆を纏めてくれる鬼課長!! みんなあなたみたいになりたいと、日々努力しております!」  酔っているのか永崎くんはビシッと敬礼までして見せて、かわいらしく『えへへ』と笑うから俺も、ほっこりしたりもする。ついでとばかりに永崎くんは俺の肩に寄りかかって『かちょーう』と珍しく甘えてくる。 「わたし、あなたのお役に立てていますか?」 「ああ、いつも君の働きには助けられている」 「……えへっ、嬉しいです。課長、あのですね、わたし、」  もじもじと手元を弄りながら、永崎くんが何か言いかけた時であった。さっきまで皆の中心で酒をあおっていた来栖がいつのまにか俺たちの背後にいて、べりっと永崎くんを俺から引きはがし、俺たちの間にぐいぐいぐいっとその身を潜らせて座ってきた。 「いやだなぁ永崎先輩。酔っぱらってるんですかぁ? 課長に失礼、しちゃ駄目ですよ」 「あっ、うふふ来栖くん! いえーい飲んでるぅ?」 「飲んでる飲んでる! 飲んでますよー。先輩もほらっ、おかわり持ってきました」 「ありがとーv ビール大好きー!」 「課長もビール、どうですか? カシスだけじゃ足りないでしょ」  永崎くんも普段はしっかりしているけれど、飲み会の時はこんな風に砕けたりするんだな。と、よそ事を考えていた俺に、来栖が両手に持っていたビールジョッキの一つを渡してくる。俺は眉をひそめては、来栖の馴れ馴れしさに正面を向きなおした。 「いらない。俺はビールは飲まないんだ」 「えー、折角の飲み会ですよっ! 課長も少しは無理してくださいよぉ」 「酒は嗜む程度と決めている」 「明日は休みじゃないですか! ちょっと二日酔いになるくらい平気ですって。ほら、なーんば課長のっ、ちょっといいトコ見てみたいっ!!」 「おいっ!?」  来栖が座敷の隅っこから大声を上げると、男子勢から『ぴゅー』と指笛がなって皆の注目がこっちに集まる。来栖の同僚の岩井も『おっ、課長じゃないすかー! いけいけー』と悪ノリする。『のーんで飲んで飲んで!!』とコールが始まると、俺は困惑して眉を上げて、来栖を見ても来栖は皆を煽ることしかしていなくて、俺をどんどん追い詰めてくる。だから俺は仕方なく……これも付き合いだ。そう腹をくくってグイっとそのビールジョッキ(大)を一気に飲み干したのであった。この行動、我ながら潔すぎたと、後になって俺は思うことになる。

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