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4.鬼課長、久しぶりの飲み会②

「はぁー、ひく」  酔っぱらった俺はぐでんぐでんで、永崎くんと盛り上がっている来栖の隣で机に伏せっている。ああ、気持ちが悪い。視界がぐらぐらする。早く帰りたい。思って苦々しく酔っぱらった涙目で来栖を見やると、ふいに目が合ってにこっと皆の前ではさわやかな笑顔に笑われる。 「課長、ほんっとーに弱いんですね! ビール一杯でそんなになるとか、心配になります」 「うう、誰のせいだ……誰の、」 「俺のせいですかー? 課長が俺のために飲み会出てくれて、俺も嬉しかったんですよー」 「はあっ? お前のためって」 「永崎さーん。今日は課長、俺に付き添ってくれるって言って出てくれたんですよ?」 「えっ、やっぱりやっぱりそうだったんじゃないですか課長! 来栖くんと、本当に仲良しなんですね!!」 「そんなんじゃ、むぐ」  来栖が隣の永崎くんにまで話を振るから否定しようとした、俺の口内につまみのポテトを突っ込んできてまた、俺は口を噤む。そっと耳元に来栖の顔が寄ってきて、その囁き声にぞわっとする。 「仲良し……ですよね、課長?」  おまけに後ろ手で、尻を撫ぜてきているからサァっと俺は顔を青くして、永崎くんにその行為を知られまいとポテトをもぐもぐしながらコクコクと大きく頷く。と、永崎くんはまた俺たちの『仲良し』に涙ぐんでは『うう』と泣くような素振りで笑う。 「課長。課長に男子の仲良しさんができて、私も嬉しいです!」 「んっ、はぁ。そ、そうか……」  やっとのことでポテトを飲み込んで、ちょうどその頃に店員が部屋を訪ねてきて、飲み放題の時間終了を知らせたから来栖が立ち上がっては『お会計おねがいしまーす』と俺の側から離れていった(来栖は飲み会の精算まで任されているようだった)。皆が皆残った酒をほとんど全部飲んで、飲み代を割り勘しながら帰り支度をして、だから俺は(来栖、何も言わなかったな……というか、ずいぶん酒に強い)と、飲みまくっていた来栖を思いながらスーツの上にコートを羽織ろうと、立ち上がってはふら付いて、たまたまコートを取りに来た岩井に寄りかかってしまった。 「っと、悪い……岩井」 「課長、大丈夫ですか? 俺、送りましょうか」 「岩井、気遣いは無用だ。俺だっていい年した男だぞ」 「でも課長……なんつーか酔った課長、いつもと雰囲気が違ってて俺、」  と、部下の岩井に腰を抱かれそうになった瞬間であった。ぐいっと、会計処理を終えた来栖がこっちにやってきて、岩井のその腕を、同僚の仲良しだというのに捻り上げたのであった。 「いってぇ!?」 「岩井、今何しようとした?」  とはいえすぐに岩井を自由にして、しかし来栖は黒い笑みでにっこりと岩井に凄むから、俺は『???』といった感じである。岩井は来栖のいつもと違う様子に『えっ、えっ?』と戸惑ってしかし凄まれるようなことをした覚えがあるらしく目を泳がせては、『あはは』と誤魔化してみせる。 「なんだよ来栖、ちょっとふざけただけじゃねーか」 「おふざけで課長にお触りかよ? 笑えねえな」 「いやそこは笑ってくれよ!? 俺が救われないっつうの!」 「……ハハッ」  そこまでいってやっと来栖はいつも通りに笑って、でも俺は(お触り???)と岩井に腰を抱かれそうになったことに気が付いていなくて疑問符で一杯で、だから来栖の方を注意する。 「来栖。俺がふら付いて、岩井に寄りかかってしまっただけだ。何をそんなにピリピリしている」 「……まったく、あなたって人は。まあ良いです、俺が送りますよ。タクシー捕まえましょう」 「むっ、仕方がないな」  そういうことで課のメンバー皆が居酒屋から出て、店の前で雑談などをしつつそれぞれタクシーを捕まえたり駅に向かって歩いたりしている中、俺は来栖に肩を支えられながら来栖に言った通り、タクシーを捕まえてもらった。永崎くんが『課長、来栖くん、お気をつけてー』とにこやかに手を振っているのに車内から手を振り返して、俺はタクシー内、来栖の隣で『ふうっ』と一息つく。 「にしても、お前の部屋は俺の部屋と、同じ方向だったか?」 「いやだな課長、いつも電車だって一緒でしょう」 「……そういえばそうか」 「じゃあ運転手さん、出してください。○○町の四丁目までお願いします」 「ん? お前、そんな場所に部屋が……?」  来栖が言ったのは確かに俺の部屋の方向であったが少し離れた繁華街で、しかし運転手は『かしこまりました』と言って車を出してしまう。来栖を見上げてみても、来栖は(上司の前だというのに)スマホを弄りだしていて俺の疑問には答える気など無いようだったからまあ、言っても人の部屋の場所なんてわからないから俺も黙ってタクシーに揺られることにしたのだった。 *** 「ここらへんです、課長。降りましょう」 「は?」  タクシーが停まったのは繁華街の少し奥まった路地で、マンションやアパートなどがある気配のないそこに俺はまた疑問符を浮かべる。精算を終えた来栖に、酔っぱらってふわふわした頭でぐいっと腕を掴まれて、そのままタクシーから引きずり降ろされてしまう。来栖と、訳が分かっていない俺はタクシーを見送って、見送り終えると『さて、行きますか』と来栖は俺の手を引いて歩きだすから、やっとのことで俺は聞く。 「おいっ、俺の部屋はこの辺りではないぞ!? 人を引きずりおろして、どういうつもっ……、」  言いかけた俺ははっと気が付く。サァっと青くなる。『着きました』と言って来栖が指さしたのはどう見てもホテルである。それも……いわゆるレジャーホテル、いやラブホテルにしか見えないピンク色の外観をした。来栖は青くなった俺に可笑しそうに笑って口元を抑えて、しかし続ける。 「感謝してくださいよー。本当はあの居酒屋の近くにもホテルあったんですけど。でも、二人で歩いて行ったら怪しまれるじゃないですか」 「なっ……な、」 「だからわざわざタクシー使って帰るふりして、遠くのホテルまで来てあげたんです。俺、賢いでしょう?」 「おっ、俺は失礼する!」 「おっと、」  ふらふらした足取りのままで踵を返そうとするも、簡単に来栖に抱きすくめられて止められる。『っ、』と息をのんで振り返りかけて、耳元で囁かれるからやめる。 「課長、あれじゃあどっちが見張ってるんだか分りませんよ。飲み会で、ちょっと酔ってるからって課長、無防備すぎ」 「な、なにを言って?」 「男も女も、みーんなあなたを狙っているんですよ。わかりませんか? だからみんな、あなたが出席したことに浮かれていたんです」 「ふざけるなっ! 俺におかしなことをしようとするような部下は、お前ひとりで充分だ、」 「あれっ、」  コートの中に手を滑り込ませて、来栖は俺の胸元を撫ぜる。コリ、と敏感なそこを探し当てては手の平で押しつぶすようにする。 「俺で充分、だなんて……嬉しいです課長」 「んっv はぁ……!? 違う、今のは言葉のあやでっ」 「課長の敏感なおっぱい、たくさんたくさん可愛がってあげますからね。行きましょう?」 「おい待て、こら来栖っ!?」  そうやって俺は、まんまと来栖の策略に嵌められては、路地奥のラブホテルに連れ込まれてしまったのだった。

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