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42.みんなの被害
寮出てもみんなどーでもよさげな話とかしてて、『黙ってろ』的な目配せだけ寄越すから意味不明でイラッとする。
なんとなく、先輩たちのいるトコじゃ言えねえんだと思ったからついてきたのに……、
どゆことなんだよっ! なんて、イライラしちまって
「おまえら!」
我慢出来なくなって聞いたのは、校門にさしかかったあたりだ。
「……その不自然な態度なんだよっ」
怒鳴らないよう抑えて、でも苛立ち隠さず、尖った声で言ったのに、全員、苦笑気味の哀れむような眼差しでチラッとするだけで、聞こえてねえみたいに歩き続けてるし、姉崎なんて、ふふ、とか笑ってるし。
「あ~~っもうっ!」
とうとう立ち止まって怒鳴っちまった。
「なんなのおまえら! いいかげんにしろよ!」
「やっぱりさあ、藤枝が実害無いのって……」
なんつって笑いながら、姉崎がコッチ指さすから「やめろよ、そういうのっ!」パシッと手を払ったら、「あははっ」なんて腹抱えて笑い始めるとか、まじムカつくっ!
「笑うんじゃねえよっ!」
けど声が返ったのは後ろからだった。
「マジで、なんでコイツが被害無いの?」
「目立つしツッコミどころ満載だし」
「そそ、いっちばんにやられそうなのになぁ」
しかもため息混じりで、バッと振り向き「はぁ!?」キレ気味の声上げる。
「だから! なんっ、なんだよっ!!」
したら、ようやく笑い収めた姉崎がヘラッと言った。
「いつも健朗と一緒だからじゃない?」
「あ~、なるほどなあ……」
「納得いかねえ! けど納得だわ~」
「まあ、そういうことだろうな」
みんなウンウン頷いたりしてる。
「だからおまえらっっ!」
もうキレたまんまで叫んだら、「落ち着け」丹生田にがしっと腕つかまれグイグイ引っ張られたんで、なんか勢い削がれて黙ったままついてくけど、おもっくそ不満な声が出た。
「なあ、なんなのマジで?」
したら峰がため息と共に振り返る。
「なんで分かんねえんだ?」
なんか哀れみの目で見られてるんだけど。
「あ~あ、一見デキるように見えるんだけどな」
「マジで見た目とギャップあり過ぎじゃん」
同じ経済学部の小松と法学部の瀬戸がくちぐちに言い、ため息混じりの仙波が呟いた。
「がっかりイケメンだもんな~」
「うっせー! なんでもいいから教えろよっ!」
キレて怒鳴り続けてると、瀬戸が「だから」肩を叩いた。
「丹生田じゃ、やりにくいってことだろ」
「だからなにがっ!」
「後輩いびりだよ」
峰がつまらなそうに言った。
「え。……いびり、て。イジメ的な?」
は? なに、みんなそんななってんの? なんで?
だって峰とか柔道部でめちゃガタイ良いし、がっちり体育会系に見えるし。
「てかおまえも保守じゃん」
「俺なんて見習い程度だと思ってんだろ。一年はいつまでいるか分からない、とかな」
バリバリ頭かきながら峰が言う。
だって先輩たちは、峰が国文専攻で古文漢文めちゃ好きで、酔っ払うと漢詩とか暗唱し始めるとか、すぐ感動して泣くとか知らねえじゃん?
「週に五日は保守部屋に詰めてるだろ、丹生田は。普通は二年以上がやる仕事なのに、一番多くやってるのが一年って、保守の重要人物に見えるしな。ちょっかい出したらマズイと思うんだよ」
峰の言葉に、以前目の当たりにした『保守の話し合い』を思い出す。確かにあんなの見てたら保守には逆らわないでおこうって誰でも思う。おっかないし。
「……てか先輩たちにイジメられてんの? みんな?」
保守でも? デキる感ぱねえ仙波も? いけすかない姉崎も?
「マジで?」
瀬戸が慰めるように肩をポンポン叩く。
「ま、しょうがねえかもな。俺はいいと思うよ、そういうトコ。ある意味」
ちょい慰められた気分で瀬戸を見る。チャラいけどけっこう良い奴、とか思ってると仙波の厳しい声が続いた。
「二年が一年の半分程度しかいないってくらい、おまえだって知ってるだろ」
もちろん知ってる。てか賢風寮の定員は二百五十人くらいで、一年だけで百人以上いるんだから、単純計算で各学年五十人くらいってことになる。
「二年になるとき、半数以上が寮を出るってことだ」
「逆に残った二年のほとんどが卒業までいるらしいよ」
先頭を歩いてた姉崎がニッと振り返って言葉を添える。
「まあ、自分は生き残った精鋭だ~、なんて感じで、出てっちゃう一年をバカにしたくなるんだろうねえ」
いっそ朗らかなくらいの姉崎の声に「つうかアタマ悪くね?」小松が不満げに言った。
「半数は残るのにさ。そんで執行部とかになるかもなのに」
「理屈じゃねーんじゃね? そういう奴って」
「今年の一年は生意気だ、とか言われたし」
「言う通りにしろ、出しゃばるな、的な?」
「順番無視の横入りされたりとか」
「足引っかけるとか、風呂で水かけるとか、やるコトせこいしなあ」
「まま、ちっせーんだよ、だいたい」
「アホらし過ぎだし、やり過ごすけど」
「そうそう」
あまりにも当たり前みたいに続く会話にビックリだ。マジでみんなそんな?
「へ……へえ……」
ぜんぜん知らなかった。てか、てかさ、ゼミと講義と丹生田で、俺だってめいっぱい忙しかったんだよ? 知らねえこと察しろとか言われてもハードル高すぎんだろ?
「特に姉崎なんて派手だし目立つから、けっこうやられてるよな」
「ぜんっぜん負けてなくてビックリだけどな」
「だって負けるの嫌いなんだよ」
ヘラヘラ笑いながら「なめられるのもね。ここだよ」姉崎は、そこにあった喫茶店のドアを押した。
カラン、とカウベルの音がして、控えめな音量のアコースティックな音楽と共に「おや、いらっしゃい」少ししわがれた声が聞こえる。ぞろぞろ店内に入ってくと、姉崎はカウンターの中にいる白髪のマスターにヒラヒラ手を振りながら聞いてる。
「いる?」
「うん、いるよ」
笑顔で片手を上げたマスターが親指で指した奥に、ラップトップに向かう丸まった背中が見えた。見慣れたチェックのシャツ。橋田だ!
こんなワケ分かんないことになってんの、そもそも橋田がどうのこうのだったんじゃん!?
なのにこんなトコでのんびりコーヒタイムかよっ!
カッとしてみんなをかき分け、チェックシャツごと肩をつかんでこっち向かせる。
「おまえなにやってんだよっ!」
怒鳴ってんのに、橋田は「なに」なんて、ものすごく嫌そうに眉寄せてるだけだ。
「じゃねーよ! なんで講義サボってこんなトコいるんだよっ!」
「……うるさい」
「はあ!?」
怒鳴る寸前の声になってるのに、橋田はスッキリ無視してマスターを睨む。
「ひどいんじゃないですか? 言いましたよね、任せておけって」
「僕が約束したのは別のことだよ? それは破ってない」
「なになに、約束って」
「それは言えないねえ。内密にするという約束なんでねえ」
余裕の笑みでパチンとウィンクしたマスターへ、橋田はうらめしげな目を向けた。
「そんな限定つけてない」
「君、そこ確かめなかったよねえ。甘い甘い、僕はそう解釈したよ?」
ウンウンと嬉しそうに頷きながらマスターが続ける。
「それに君はおしゃべりしてくれないじゃないの。僕は楽しくおしゃべりしてくれる子の方が好きなんだなあ。ついつい、くちも軽くなる」
また分かんない会話が始まり、カッとして「無視すんな!」吠えると、肩にそっと手が乗った。
「落ち着け」
丹生田の声にハッとして口をつぐんだが、橋田はいつもの淡々とした目でこっち見て、ため息混じりにラップトップへ向き直り、カチャカチャやり始める。
「おまえなあ……」
仙波がため息混じりに言い
「こんなだけど、藤枝だって心配してるんだぞ、たぶん」
フォローしてるんだか下げてるんだか分からない峰の言葉に、俺の扱いひどくね? と思ったが、それをくちに出す前に、丹生田の低い声がした。
「橋田、今日は帰ろう」
肩を大きく動かして「はぁ……」とため息をついた橋田が、ゆっくり振り返る。
「なんなの君たち。暇なの?」
「話がある。……いや、話をした方が、良いと思うんだが」
丹生田が言うとじっと見返していた橋田は、やがて肩を落とし、「分かったよ」と呟いてラップトップを閉じる。
「ジュンくん、ちょっと気になってることがあるんだけど」
声をかけられ、「なに?」と姉崎が答える。
「このところちょくちょく来て彼を呼び出す子がいるんだよ。しばらくすると戻ってくるんだけどね、衣服や髪が乱れてるんで、気になってるんだけどねえ。聞いても彼あの調子だし、問題無いとか言われてもねえ」
なんてマスターが話して、聞いてる姉崎は「へえ?」笑みを深めた。
「ねえ、それって誰なのかな」
後半、橋田に目を向けて言ったけど
「知らないよ」
橋田はそれだけ言って、終わらせようとした。
「じゃ! ねーだろっ!! ちゃんと言えよっ!!」
ぐああ、とヒートアップしたら、仙波が「どうどう」なんて宥めながらため息混じりの声を向ける。
「橋田ぁ、ほんっと面倒だから、分かってることだけでも言えよ」
仙波に対抗するみたいにため息ついて、橋田は面倒くさそうに、だが事前に原稿でも用意していたかのように理路整然と語り始めた。
あの店にいるとやってくるやつは確かにいる。だが名前は知らない。
喫茶店横のビルの隙間で、そいつは蹴ったりつねったり頭叩いたりしてから、カネを要求するので渡していたのだという。最初は一万円渡した。次は二万円。どんどん増えて、今日渡したのは────
「はあ? 九万?」
「うん、どれくらいが正しいのか判断が難しくてね。十万の大台を超えない方が良いように思ったんだけど」
「じゃなくて! なんでそんな大金」
怒鳴るみたいに声上げたら、橋田は面倒そうに「取材費だと思えば安い」なんて意味分からないことを呟いた。
「しゅ……?」
「なんて言った?」
「ごめん、もっかい」
とか聞いてるみんなも、それぞれ驚くやら呆れるやらである。
「つまりそいつにイジメられてたわけだよね」
鼻で笑うような姉崎の声に、間髪入れず「違う」橋田は言った。眉を寄せた丹生田が低い声を出す。
「しかしカネをせびられていたんだろう。もう半月も」
「だから違うんだよ」
言いながら、また大きなため息をついて、橋田はいつもと同じ、淡々とした表情のままみんなを見回した。
「ああ面倒だなあ。単なる取材って……」
「だからなんなんだよそれ!」
かぶり気味に叫んだら、橋田はひときわデッカイため息つきつつ立ち上がってカウンターへ向かい、
「恨みますよ」
マスターを睨みながら精算してる。
「例のことは言っていないよ?」
「結果同じじゃ無いですか」
おどけたような笑顔で首を傾げるマスターを無視して、みんなへ眼鏡越しの目を向けた橋田は、いつも通り淡々と言った。
「もう面倒だから、いっぺん帰るよ」
ものすごく偉そうに、ではあったが、誰ひとり文句は言わなかった。
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