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44.隠密行動
「なんっだ、これ!?」
思わず声を上げたら、姉崎は笑みで唇の前に人差し指を立て、目の前に突き出してた紙を引いて、肩の前でヒラヒラさせた。
丹生田が朝練に出て橋田がまだ寝てる213へ、メンバー三名を引き連れてやって来た姉崎が自慢げに持っているのは、一年生全員の名前と部屋割りのリストである。
「これホンモノなのか?」
疑わしげに言ったけど、姉崎は肩をすくめニッと笑う。
「正確な情報だけど?」
首傾げてるいけすかない笑顔を睨みながらリストを奪った。
「んなモン、どっから持って来たんだよ」
睨みながら言うと、「ココから」人差し指で頭を指しながら首を傾げ、自慢げに笑った。
「はあ?」
「あれ~、忘れたの? ホラ僕、覚えたじゃない」
思い出した。
そういえばコイツなぜか、入寮初日と決められている日より二週間も早く寮に来てて、そんで馴れ馴れしく先輩の部屋に入り込んで新入寮生の部屋割りリストを覚え、入寮時の肉体労働をちゃっかり免れてたんだった。
三ヶ月以上経ってるのに、そんときの情報をまだ覚えてた、てことかよ?
呆れまくって、くちがあんぐり開いちまう。そんな前に一週間しか使わなかった情報を覚えてるなんて、絶対まともじゃない。
「俺も驚いたけどな」
それを見て苦笑交じりに言ったのは武田。
「朝うちらの部屋来て、ダーッと打ち込み始めてさ、十五分くらいで作ったんだぜ? 見やすいよう表にしたのは俺だけど」
リストを見ると、武田は203号室で、同室は山家と森本。つまり今ここに来てる三名だ。
「一応、情報漏洩を気遣ったんだよ。僕の同室はこの計画知らないわけだし、動く前に広まらない方が良いでしょ」
自慢げな姉崎にはむかついたが、リストが役に立つのは確実だ。けどやっぱり面白くないので、あら探しがてらリストを注視した。一年全員を知っているわけじゃねーけど顔見知りは多い。どっか間違いねえか? あ!
「ちょい待ち」
嬉しさのあまり、思わずニカッと笑っちまう。
「ここ違う」
「え、どこ?」
慌てたようにリストを覗き込む姉崎に満足しながら、今度はこっちがニマニマする。
「309のコイツ部屋変わってンぞ。コイツとコイツ合わなくてさ、執行部に相談して部屋替えになったんだ」
「え、じゃ今は?」
「228に移ってる。んで~、こっちが今309」
ほお~、とその場の全員から感心した眼差しを向けられ、どーだ参ったか、の顔で見回す。
「おまえの八方美人も役に立つんだな」
が、山家がニヤニヤ言ったんで、ちょいがっかりする。
「……なあ、俺の扱い雑だよね?」
一応抗議したけど、微妙な顔で笑われただけだった。
ともかく、三ヶ所修正したリストは有効に使うべきだと全員一致した。
誰がどんな被害を受けたか聞き出すことから始めたわけだが、表向き、それぞれ部屋に遊びに行くという形で訪れるのだ。
二年や三年と近いやつがいたら、どこから話が漏れるか分からない。誰がどこと繋がっているか分からない以上、その見極めがつくまでは隠密に動くことが重要だと瀬戸や姉崎が主張したので、あくまで世間話のていを崩さず、情報収集をしていることは知らせない。
当面はあの日213に集った十二人のみでの活動としたが、全員では無い。
橋田は仕事と学校の両立だけで手一杯なので除外。丹生田も忙しいのをみんな分かっていたし目立ってるので、やらない方が良いと言うと不本意そうではあったが頷いた。標 はそもそも人に話しかけないので、声かけた時点で不自然だ。なのでデータの整理と解析担当ということになった。
最初はそんな感じでさりげなく聞き出してたが、ある程度被害者が誰か固まったところで動きを変えた。個別に被害状況や加害者について聞き出すのである。
しかし、なかなか順調には進まなかった。
「バレたらもっとやられる」
なんてビビる奴が多かったのだ。
けど峰が出ていって「俺らを信じろ」とか熱血に言うと話してくれたり、仲イイ奴も巻き込んで説得したら話してくれたりした。
意外だったのが弁護士志望だという瀬戸で、一見チャラい感じなのに、大方の予想を裏切る誠実さを見せて心を開かせていた。
そしてもっとも多くの有効なデータを集めたのは、当然というか、予想通りというか、藤枝であった。
元々顔見知りが多いうえ、話を聞けた奴からその友達へのリレー方式で説得がうまく行ったり、被害者が何人か集まった部屋で話聞けたりもできた。かなり深刻な話を拾ってきたときは、いちいちシンクロして怒りやら悲しみやらまとった状態になるので鬱陶しかったりはしたが、だからこそ話しやすいんだろうな、というのが大方の見方だった。
オカン気質の藤枝拓海に対して、みんなバリヤー低かったのもあっただろう。
実際、怪我に至る暴力を受けたパターンもあったし、カネを巻き上げられていたのも橋田だけでは無いと分かり、みんなどんどん深刻な表情になっていった。
それらの話は作戦本部になった213へ集まり、標によってキッチリ整理された。
部屋ごとに被害の有無を一覧にし、話の信用度にランクをつけていく。本来求められたのはそれだけなのに、標はそれで終わらせず、様々な角度からデータをまとめきった。
被害の傾向、どんな場所で、いつ、どのような事が起こっていたか。加害者の特徴ごとに別系統でまとめる、なんてことまでやり、そこから実際やっているのは十人程度であるようだと推定して、人物の特定も平行して行うよう指示したわけだが。
あくまで言葉少なく、意図も明らかにしない。ゆえにやたら偉そうなので、みな少々不満げではあるものの、バラバラに動いてもしょうがないので従った。だが、百五十人はいる容疑者の中から探すのは、やはり困難で、特定は難航していた。
そもそも言い出した姉崎が、その活動に参加していなかったのだ。基本的に外泊が多いうえに、話をさりげなく聞き出すスキルがゼロだった。
「ねえ、こんな話あるんだけど知ってる? そんなされて良く黙ってるよねえ、僕なら速攻言い返すんだけどなあ。で、君もなんかされたりした?」
なんて調子で聞いても心開いてもらえるわけが無いので当然だ、と皆にツッコまれ、
「違うよ、分かってないねえ。人には向き不向きってものがあるんだよ? 地道な調査なんて向いてないでしょ僕」
ヘラヘラ返すような有様だ。
ともあれ標は率先して動くようなキャラでは無く、藤枝は声こそデカいが、いちいち怒ったり悲しんだりで落ちつき無い。なにげに仙波が黒幕っぽく動いているが、行動原理が怪しくて人臣は集まらない。つまり先頭立って行動指針を示すような奴はいなかった。
こういう時にこそ役に立そうな姉崎は、勝手に別任務に就いて、ひとりで動いていて、バイトやらつきあいやらもあるとかで、作戦本部にはろくに顔も出さない。
ゆえにそれぞれ勝手に行動するのみとなっていて、それでは効率的な結果は求められず、事態は膠着 していた。
雅史は相変わらず、睡眠時間の少ない生活を続けている。
周りで色々忙しそうにやってるようだというのは認識していたが、とにかく時間が足りないので気にする余裕など無かったのだ。
小説を書いていることは知られたが、余計な詮索されるようなことも無く、創作に支障は起きていない。
とはいえあれ以来、213にはしょっちゅう誰かがいて騒がしいので、今日は集中できそうだと思ったその日、雅史はやはり喫茶店で作業することを選んだ。
「よお」
そして例のごとく現れた名も知らぬ先輩に、雅史は無表情にその顔を見上げた。
正直、これ以上の取材は必要ないと感じ始めていたし、殴られたり蹴られたりは痛いし、やっぱり作業を中断されるのは時間がもったいない。
なので「ああ、ご苦労様です」と一万円を渡し、ていよく追い払おうとしたのだが
「ああ? なめてんじゃねえぞ!」
怒鳴りつけられた。やはり殴ったりするという手順を踏む必要があるらしい。意外と勤勉なんだな、と思いつつ腰を上げようとして「足んねえだろ!」と続いたので、なるほど金額の問題だったか、と座り直す。
しかし九万円を渡したと言ったとき、みんなの反応がとても否定的だったので、いくら渡すのが適正だろうかと考え込む。すると耳元に潜めた声が聞こえた。
「じゅう・まん・えん、だろーが」
目を手元に落としたまま考える。今日はあと五万くらいしか手持ちが無い。これからカネを下ろしに行くのも面倒だ。なので目を上げて言ってみる。
「手持ちが無いので、今日は五万でも良いですか」
「物わかり良くなってきたじゃねえか。まあ、今日のところはそれで許してやんよ」
ニヤニヤ言ったので、良かった、と思いつつ金を渡すと、
「またな」
上機嫌で笑い、先輩がドアを開けて出て行く。カウベルがカランと鳴る音を耳にしつつ、瞬時に雑事を忘れた雅史は自分が作り上げた小説の世界へ沈み込んでいく。
そうなると物音など聞こえなくなるので、少ししてから再びカウベルが鳴り、
「ご苦労さんだねえ」
とマスターが声を出したのにも、当然気づかなかった。
ほくほくの上機嫌で喫茶店の外を歩く男。その少し後ろを、ゆったりした歩調で歩いているのは姉崎と山家だ。
「ていうか、なんでついてきたの?」
「おまえひとりほっとくと、ナニやらかすか分かんねえからな」
「え~、ひどいなあ。それって誰の意見?」
「全員一致だよ。少しは自覚した方がいいんじゃね?」
「でもさあ、まずカネは取り戻さないとじゃない」
「問題はそこじゃない。おまえほっとくとやらかしそうでおっかないって、みんな思ってンだよ」
笑顔で会話しつつ、つつき合ったりしてるので、誰も不審を感じないだろうが、コレは尾行である。
つまり、橋田恐喝の犯人が誰なのかを突き止めるために。
姉崎はまず、継続して被害を受けている奴が外出したり、寮内で一人になる時を見張ることで犯人を特定するべきと主張していたのだが、そのときはビビってくちを開かない被害者が大多数で、できることは全くビビっていない橋田の尾行くらいだった。
なにげにそれ以前から、
「風呂や食堂で橋田がひとりにならないように気をつけるべきだよね」
と言って、森本が寮内での橋田ガードを志願していて、かなり熱心にガードしているのだが、本人にまったく気づかれていないのが少し痛々しく、「ファンかよ」などと生ぬるく応援されていたのだが、それはともかく。
そんなわけで、姉崎はあの喫茶店でマスターとおしゃべりに興じつつカウンターに張り付いて、橋田目当ての先輩が登場するのを待っていたわけだが、雅史も毎日外出するわけでは無く、姉崎もなにげに多忙らしく、毎日張り付いていたわけでは無い。
そんな状況が続く中、「あいつ一人にやらせて大丈夫か?」などと危惧の声も上がり、山家や小松が行動を共にするようになっていた。
しかしなかなか現場を目撃できずにいたのだが、この日とうとう先輩の言動を確認できたのだ。
そしてようやく、一人目の人物特定を果たせたのだが、それは尾行だけによるものでは無かった。
寮内で密かに尾行など、ただでさえ目立つ姉崎じゃ無理! 目を惹き過ぎるからやめとけ!
なんて言われていたため、姉崎と山家は隠し撮りしつつ玄関まで追って終わらせた。
そしてふたりは213へ直行し、スマートフォンで撮った顔をみんなに見せた。
顔は分かったし、コレで犯人特定出来る! とみな意気込んだが……
「身長は百七十ちょいくらいだな。太っても痩せても無くて普通だった」
「あ~、こういう奴って表現し辛いな~」
「うん、特徴とか、特に無いつうか」
「ほんと目立たない奴って感じ」
コレが誰なのか、知っている者はいなかった。
そんな中、「あれ?」声を上げたのは、いっしょに液晶を覗き込んでた藤枝だ。
「なんだよ」
「耳元で大声出すな!」
「いや、てかこれハバグチじゃん」
「は、はば?」
「誰だそれ」
「うちの担当の二年だよ! 二回だけ213に来て、名乗ってっただけだけど」
「そんなんでよく覚えてたな~」
「人の顔と名前覚えるの得意だぜ!」
「誰にでも取り柄ってあるもんなんだな」
「だから俺の扱いひどくねっ!?」
悲痛な叫びの藤枝に構うことなく、標が低く呟いた。
「このパターン、コイツじゃないかな」
「なになに」
標が作ったリストの中、怪我しない程度の暴力、少額だが金銭を要求している奴がいた。
「みんな特徴は特にないって言ってるんだ。もしかしたら、だけど」
「おっし! んじゃその写真送れよ、見せに行ってくる!」
「んだな、全員に送って」
それぞれのスマホに転送された顔写真を持って確認しに行き、犯人のひとりが特定された。そこから被害を受けてた奴に隠し撮りなどを奨励してみることで、他数人が特定できたのである。
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