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51.祭りの後
島津の部屋では、執行部をはじめとする役員たちが、にわかに慌ただしく動き始めていた。
監察が昨年出した寮則の草案を持って来て、酔いを感じさせない津久井へ見せ、総括と会長、副会長が改善点を問う横で、施設部と会計が要望を付け加える。
やがて津久井は他の風聯会幹部へ連絡をつけ、ひとまず畝原 宅へ向かうことになった。いますぐ向かうのは津久井と会長の津田。残る面々は草案に付け加えるべきが無いか精査する。
島津の部屋は即席の会議室と化し、夜通し声は収まらなかった。誰もが興奮し、酔いは飛んだし眠気も感じなかった。
そんな流れと無関係に、津久井が飲み出すより前、一年五名は島津の部屋を飛び出していた。
よく分からないが作戦は成功したようだ、なんて感傷に浸る余裕なんて無い。やらなければならないことがまだ残っているのだ。
峰と仙波は、静まって誰もいない洗面所へ向かった。一時期のひどい騒乱を見ていただけに、ふたりとも眉を寄せドアをコンコンとノックする。中の連中の消耗が心配だった。
「おい、終わったぞ」
「お疲れ、もう出てこい」
抑えた声で言うと、カチャリと内鍵が開き、ドアからぞろぞろと出てきた連中は、スマートフォンやタブレットに充電器まで手にしていた。
脱衣所プラス浴室はかなり広い。とはいえ六時間近くココを死守する役割は、この作戦中もっともキツいと思われた。怒号や罵声が浴びせられることが予測されたし、最悪、扉を破られる可能性もあったからだ。
そうなっても計画を漏らさないような、精神的にタフな図太い奴、そして押し負けない肉体派。そういう基準で選出された、宇梶 、幸松 、皆川、多賀 、山浦、伊勢の六名は、それぞれ伸びをしたり深呼吸したりしている。
「うぁ~、しんどかった~」
なんて言うわりに、あまり疲れは見えない。
「つか準備万端じゃねえか。ソシャゲ三昧だったんだろうがよ」
「いやいや、そんな」
一階のWiFiを活かしておいたのは、『待ち時間、暇に決まってる』と、このメンバーが主張したからなのだ。ちなみに伊勢は、ワンセグ対応のタブレットを持ち込んでいる。一体なにを見ていたんだか。
「こっから動けねーし、怖かったわー」
「そそ、ガンガンうるさかったし」
「マジ精神的にやられた~」
「トラウマもんだったな」
「今日眠れねーかも」
「ワンセグ最高」
ぼそっと呟いた伊勢のアタマを、幸松と山浦が「バカ、言うな」「ビビったフリしとけ」次々殴る。
「俺のアタマに攻撃とか、世界的な損失……」
「言ってろ」
多賀がさらに一発殴ったのは、やはり頭。扱いはかなり雑だ。
「……仲良くなったみたいだな」
ふたりは苦笑しつつ安堵したが、グズグズしている場合では無かった。
風呂を求めて寮生たちが集まり始めたのだ。
本来は二十二時で入浴時間終了なのだが、今日は二十五時まで浴室が解放されることになったので、我先にと詰めかけた入浴希望者で、浴室はあっという間に満員御礼となった。
丹生田他数名が遺恨を残したくないと主張して執行部の了承を得、一年が手分けして全寮へ周知したのだ。なにしろじめじめの梅雨時期だ。ベタ付く身体から汗を流した連中は、気分良く部屋に戻っていく。
トイレットペーパーなど備品を隠していた者たちは密かに戻し、食堂以外止めていたガスも開く。
ネット環境は既に回復してたので、寮は夜の内に通常営業に戻った。
その頃、俺と丹生田と姉崎は例の喫茶店へ向かっていた。
計画不参加の連中は、橋田と一緒にあの喫茶店で待機してる。そいつらを迎えに、ってことなんだけど、無言で歩く丹生田から圧力の籠もった視線が来て、ちょいビビりつつ、淡々と促す低い声と茶々入れる朗らかな声に逆らわず、タイおっちの家へ行った経過説明、そして、いいわけもちょいしてた。
「……そんなわけ、でした。俺夢中でさ、色々飛んで、その」
話し終えてくちごもると、ちらりと目を向けた丹生田から低い声が続く。
「携帯がつながらなかった」
「ああ、あの、実家に忘れて、朝に気づいて……」
姉崎がククッと笑い、丹生田は目を閉じて小さな溜息をひとつ吐く。
「どこに行く、くらい言って行け」
鋭い視線が無くなり、ちょいホッとしつつ「うん、ゴメン」素直にぺこりと頭を下げた。
「まあいいが。今後は……」
「ていうか超~~~心配してたんだよ~、健朗はさぁ」
会話に割って入ったもうひとりを、丹生田が睨む。
「黙れ、姉崎」
「ただでさえ喋んないのにさあ、いつも以上にむっつりして不機嫌だし~、なんか言っても睨んでくるし~、面白かったけど~」
「黙れと言っている」
なに言われてもヘラヘラがデフォルトの姉崎だが、めずらしくも超不機嫌な丹生田の低い声に、海より深く反省する。
「ま……マジでゴメン」
なんてやってるうちに喫茶店に到着した。
カウベル鳴らしてドアを開くと、いつもの静かで落ち着いた雰囲気とはゼンッゼン違う賑やかさに満ちてて、意外さにちょい動き止まる。
カウンターやその回りに座っている連中は、食べ終えた皿を放置のまま、マスターへ向かって楽しげに話してる。マスターも上機嫌でコーヒーを入れつつ答えてて、いつも流れている有線の音楽すら良く聞こえないほど賑やかだ。
そしてさらに意外だったのが、あの橋田が笑顔で話してたってことだ。しかも相手は理学部の鈴木。
「へえ~、橋田と鈴木が話合うって、なんか意外~」
姉崎が面白いことを見つけたときの顔になって呟く横で、俺も丹生田も声なく頷いた。
鈴木は変わってる。
空気読まないつうか、浮き世離れしてるつうか。標もそういうトコあるけど、また違う、つか。
今回、姉崎が言い出した計画に基づいて、手分けして一年全員へ説明したわけだけど、なかには面倒くさいとかってグズる連中もいた。そういうのは全員で当たることに意義があるからと説得しまくったら、拒否る方が面倒だと気づいたらしく、結果、参加するのが多かった。
けど当日バイトや抜けられない予定があるなど、不参加になった奴も少なからずいる。
そしてこの喫茶店へ来たのは、何度説得しても応じなかった、時間はあるが参加したくないという連中だ。先輩と争いたくない、つうビビり、全体主義的でイヤだとか屁理屈をこねる奴。まあそれぞれ言い分はあったみてーなんだけど、ともかく計画を漏らさない為、ひとまとめにしてココへ連れてきたわけ。
……なんだけども、ひとり異質だったのが、この鈴木だった。
つまり計画に協力しろと言うと、きょとん、と見返して言ったのだ。
「なんで?」
説得しようとは、したんだ。
「だから、一年みんなで先輩連中に意義申し立てるんだよ」
「どうして?」
「みんな、怒ってんだろ!」
「そうなの?」
「そうだよ、少しは空気読めよ!」
「空気?」
「だから! 困ってる奴がいんだからっ!」
「だれが?」
「腹立たないのかよっ!」
「なんで?」
誰がなにを言おうと、あくまでハテナを飛ばすばかり。しかも悪気が無いのが分かるから始末が悪い。
鈴木は理学部でかなり優秀らしいしアタマ悪いわけねーんだけど、なんつーか興味向かないことゼンッゼン知らないっぽい。
んなわけで、ひたすら疑問しか返してこない鈴木の説得は諦めたのだ。
そんな鈴木と、あの淡々とした表情を崩さない橋田が、ニコニコと楽しそうに話をしているのは、なんか不思議な感じがした。
「似たタイプなのかも知れん」
なんて丹生田が言い、首を捻ったりしながら、他の連中に終わったから寮に戻っても良いぞって伝えたんだけど、まだいるとか言ってて、マスターも楽しそうで、それはそれで意外つうか。だってコイツラ人と同じ事しなさそうなのにさ。
「なるほど~、興味が紐付けられていくんだね~」
「そうだね、ひとつ知ると次が知りたくなって、調べたい範囲がどんどん広がっていくね。民俗学の範囲かと思ってたら言語人類学へ移行するし」
のほほんとした鈴木の声に、自慢げな橋田の声。
「うん~、分かるなあ~、地質学と地球物理学とかもね~」
「そういうのって繋がってると思うな」
「だよね~、いくらやっても終わらないよね~」
橋田と鈴木をしばらく見てたけど、話は良く分かんねかった。したらマスターがコーヒー出してくれる、つーから、俺たちも橋田のテーブルの隣に座る。今日の飲み食いは全部橋田のおごりなのだ。遠慮なんてゼロ。
だって小説書いてるとか、収入どれくらいか気になるじゃん? んで聞いたら、そっけなく通帳見せられてぶっ飛んだからね。
なんであんな金額、普通口座に入れっぱなしなんだよ? しかも残額とか見ねーんだって! しんっじらんねーけど、まあ橋田だからなあ。そういうこと気にしてなさそうだもんなあ。
ともかくコーヒーおいしいし、なんだかんだ、ここまで忙しかったから、なんかホッとしたりして。
「その人がする指摘を、自分で気づくべきだと思うと、自分に足りないところが見えてね」
「ふう~ん、じゃあその人が凄いんだね~」
「そうだね。僕の恩人と言えるね」
(恩人! 橋田が恩人とか言った!? なになに、めっちゃ気になるんだけど!)
思わず耳ダンボにして、隣のテーブルの声に集中する。
「そうか~」
「香川さんは最初から、僕に気づきを与えてくれたんだ」
「ふ~ん、香川さんっていうのか~」
(かがわ、さん? うわうわ、どんな人なんだろ)
なんてワクワクしながらコーヒーを飲んだりしつつ、大騒動だったことなどいまいち実感していないのだった。
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