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四部 藤枝 53.夏休みの情景1~やるせねえ

「ふぁ~あ~あ~、つっまんねぇ~」  テレビに映っているのは映画だが、さして見たかったわけでも無い。映画好きの親父が契約してるCSチャンネルをなんとなく選んだだけ。そんでやっぱり面白くなくて大あくびが出たのだ。  ソファにだらしなく寝そべり、リモコンで映画を止める。テレビ画面はニュース映像になり、それを見ながらボリボリ首筋をかいた。  もう一回出たあくびと共に、寝そべったまま両手を上げて全身を伸ばし、そこでハッとして 「ダメだ!」大声が出た。ガバッと背を起こし、ぶんぶんと頭を振って両手でほっぺたをビタンと叩く。 「だらけすぎじゃん! しゃきっとしようぜ俺!」  怒鳴りつつ立ち上がり、またほっぺを叩いて気合い入れたが、無人のリビングでウロウロする、その様子はまるで動物園の熊状態である。  夏休みに入り、深く考えず実家に来たんだけど、暇だ。  つーか夏っていや海とか山とかだろ? キャンプとか海水浴とかプールとか色々あるじゃん? なのに、めちゃヒマって! だって夏休みなのに!  もちろん地元のツレには声かけた。 「遊ぼーぜー、なあ遊ぼうぜ~」  とか、ねだるみたいに声かけて、いっぺん集まって大騒ぎしたけど、それで終わり。  みんな彼女できたとかバイト忙しいとか、就職した奴は「夏休みなんてねーよ!」つってキレるし、浪人してる奴は「俺はまだ受験生だケンカ売ってんのか!」つってキレるし。  地元じゃわりと顔広い方だし知り合い多いし、ここらの同年代の連中はだいたい知ってる。強く言えば集合かけるのは無理じゃないとは思う。そうなりゃ遊んでくれる奴だっているだろう。  けど、そういうのは、ちょいちげーしな~。  みんなそれぞれ今までと違う生活が始まってて、みんなそれぞれ忙しそうだった。考えりゃ当たり前のことだ。ココで偉そうにして無理矢理メンツ集めても楽しく無さそうだしなぁ、とか思っちまって、それ以降は声かけてない。  たぶん、無理矢理集まれつったら、そこそこ来ると思うんだ。いつも遊ぶ時って俺が号令かけて「行くぞー!」ってノリだったからさ。  けど威張り散らす奴が嫌いで、そういう奴に負けるのもヤだったから先頭立ってただけで、 「みんなで仲良く遊ぼうぜ!」つう感じでやってただけで。いやガキの頃から身体と声はデカかったし力ある方だし、なにげに脅してる感じが無かったとは言わない。けど、俺はただ楽しく遊びたかっただけだ。  そんなだから、威張ってみんなを集めるなんて考えはチリほども浮かばず (まあしょうがねーけど。そりゃ高校までとは違うよなー)  思ったのはそんなことだけだった。  だってココで丹生田から呼び出しとか来たら、なにがあっても全部ほっぽって飛び出しちまうだろうからな。コッチだって高校までとは違うのだ。  家族も同じよーなもんだ。親父は単身赴任中、お袋は毎日仕事で休みは親父のトコ行くし、妹は受験で予備校と図書館通い。家にいても部屋に閉じこもってガリ勉してて、ぜんぜん構ってくれない。  イヤ別に構って欲しいとかじゃねーんだけども。  そんなわけで今、ひとり実家でビデオとか見て、暇を持て余してるわけだ。  ふと目に入ったテレビには海水浴場が映っていた。  広い空と青い海、波打ち際ではしゃぐ子供、寄り添って歩いてるカップル。あ~、かき氷食ってるなあ、なんて思って「……海…」無意識に呟いてた。  はあ~と大きなため息と共に、力なくソファへ腰を落とし、アタマをガシガシとかき乱す。 「あ~、やるせねえ~」  寮だったら誰かはいて、毎日いろんな事が起こって暇なんて感じる隙も無い感じで、……イヤ別に寂しいとかじゃねーよ?  そんなコト考えてたら「ふわあぁぁ~」またデカいあくびが出た。  両手を上げて伸びをした姿勢のまま、ずるずるとソファへに横たわっていく。 (やっぱこのソファ寝っ転がると気持ちよすぎだな~)  お袋はファイリングが習性になってるが、趣味は別にある。インテリアである。  このうちは無駄に広いので、家具をキープしとく部屋がいくつかあり、いろんなテイストの家具がしまい込まれている。どれも厳選されたものばかりで、お袋の気分で家具からなにから全部入れ替えるのだ。  和室はあんま変わんねーけど、トイレとか玄関、リビング、ダイニングのインテリアはしょっちゅうイメージが変わる。家具入れ替えだけじゃ無い、カーテンは当然コロコロ変わるし、ソファの布の張り替えなんかもする。俺はずっと手伝わされてきたから、張り地の交換程度ならお手の物だったりする。  そんなだから実家に帰って懐かしい~、ホッとする~、とかいうのはちょい違うんだよね。まあ落ち着くんだけど。  好きなだけあってお袋ってセンス良いし、居心地良い空間になってるからな。  まただらしなく寝そべる形となりつつ、あくびで滲んだ涙をごしっと拭ってボーッとする。 「つか会いてえなあ……」  くちから漏れた無意識な呟きに連れて浮かんだ丹生田の顔に、ガバッと起き上がりつつ、いやいやいや、と頭を振る。 「なに言ってんだっつのバカか俺。……でも夏休みって8月末までかあ……。それまで待つしかねーのか…」  やっぱり浮かんじまう丹生田の顔を、今度は散らせずにぼんやりする。 「ん? ちょい待ち! そういや国体とか大学の大会とかあんだよな。それに向けて早く帰ってくるとかねーかな。練習しなきゃ、とか言って……いやナイか」  いつ戻るとか聞いてなかった。だって休み明けまで戻んねーだろと当然のように思ってたのだ。でもちょい聞いとけば良かったとか悔やみつつ、 「いつ帰ってくんの? とか聞けば……」  無意識に携帯へ伸びた手にハッとして 「聞けるかよ!!」  怒鳴り声を上げ、今取った携帯を放り出す。 「早く帰ってきてとか言えるかっつの彼女かっ!? ねえよ! あ~恥ずかし~~ッ!!」  叫びながらアタマかきむしり、足をジタバタ踏み鳴らす。そんなんどんな顔で言えってんだよっ!? 「ちょっとお兄ちゃんっ! うるさい!」  ハッとして振り向くと、階段からドタドタ降りてきた妹に怒鳴られた。 「こっちは受験生なんだからねっ! 静かにしてよ!」 「あ~~、……わり」  テヘッと舌を出しつつ乱れた髪をなでつけてると「可愛くないッ!」また怒鳴られた。 「あ~もうイライラするっ!」  素直に反省する。受験生は神経質になるものだ。特にコイツは元々細かい。  ぷんすかの顔で冷蔵庫を開き、ペプシをコップに注いでる妹の横顔をぼーっと見る。このところ、妹のこういう顔しか見てない。 (つかコイツ黙ってりゃ美少女なんだよなあ)  中学高校と妹紹介しろとか何度も言われてたのを思い出した。  顔に騙されてくれと思いつつ紹介してやった。めっちゃ細かいしすぐキレて怒るし暴力的だし、うちでコイツ操縦出来んのお袋だけだし、カレシでもできたらおとなしくなってくれるかと思ったのだ。  なのにコイツは速攻その場で断りやがるし、つきあい始めたって聞いても長くて1ヶ月で別れてた。全部コイツから振ったらしい。紹介した立場ねえだろっつの。 (あ~、でも)  大学決まって服なんとかしろとか怒られて、一緒に買い物行かされたとき、ぷんすかしてたし口調もきつかったけど、まあ真剣に選んでくれたんだよな。だって組み合わせ方とか色々指令されて、その通りにしてたら丹生田だって「かっこいい」とか言ったし。  それに受験勉強中は怒られなかった。飲み物とか運んでくれたときもあった。きっと一応、気を遣ってくれたのだ。  静かにしてやるか。しょうがねえ。  とはいえ暇すぎて妄想に発展しがちな状態では、いつジタバタしてしまうか分からない。そういうのは無意識に出ちまうんで、意識して抑えるとか無理なのだ。  ため息混じりに立ち上がり、携帯と財布だけポケットに突っ込んで玄関へ向かう。 「出かけるんなら、お母さんに晩ごはん食べるかメールしといてよ!」  キッチンから聞こえた金切り声に「お~」とだけ答えて家を出た。  暑い。  なんなんだっつの。  外に一歩出たら死ぬほどのピーカン。  つうか日陰ってモンが無くね? 無いよね、ナイナイ。知ってる。  ここら辺は住宅街で木陰なんてねーんだよ、知ってるよ。  雲一つ見えない空からギンギンの太陽がイヤってほど熱を放射してる。アスファルトから照り返しが来て、上からも下からもガンガン熱放射されまくって、歩ってるだけで汗がダラダラ出る。  太陽だ。太陽、照りすぎ。  ケンカ売ってんのか。  太陽に向かって戦いを挑まんとしたとき、ポケットに入ってるスマホがバイブと音で着信を告げた。  それでポケットの中も汗で湿ってるのを実感し、イラッとくる。 『やっほ~、藤枝ヒマ?』  そして耳に響いた朗らかな声に「はあ?」思わず噛みつく。 「なんの用だよっ! なめんなっ!」  電話の向こうで『ハハッ』と陽気な笑い声が上がる。姉崎だ。なんの用だ!? 『寂しい? 遊んであげようか』  続いた声にイラッとして「うるっせーよ!!」怒鳴り返す。 「寂しかねーよッ!! つかおまえなんかと遊んでやるかっ、ばーかばーか!」 『ふうん。人混み無しのプールで遊んで~、涼しい部屋でゆ~ったり夏の疲れを癒やしたり~とか、暇だったら誘っちゃおうかなあって、ちょっと思ったんだけどねえ。じゃあ他の奴に声かけるかな……』 「待て!」  楽しい夏のキーワード! 「プールって言ったか?」 『うん、言ったよ~』  そうだよ夏を楽しむんならそういうトコだよ!  誰がいようとプールに罪は無い。そう、たとえ姉崎であっても、ひとりでプール、つう寂しい状況よりはずっとマシなはずだ。そう、いないよりいる方がマシなのである。 「あ~、まあ~、しょーがねーから行ってやっても良いけどよ。んで、どこで待ち合わせだよ」 『オ~ッケ~イ、じゃあ豪華プールその他奢ってあげるからさ、ちょっと頼まれてくれないかな』  朗らかな声が、楽しげに、しかし偉そうに指令を出した。

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