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54.夏休みの情景2~ホテル生活

 灼熱の道ばたで聞いた朗らかな声は、つまりある意味、指令してきたのだ。 『ホテルまで持って来て欲しいものがあるんだけど』 「は? なにおまえ出かけてんの? どこいんだよ」  旅行でもしてんのかと思ったら、都心にあるホテルだとか言う。 「なんでンなトコいんだよ?」 『だってエアコン無しで日本の夏なんて耐えられるわけ無いじゃない』 「アホか! 一億五千万の全日本国民に謝れっ!」  なにしろこっちは灼熱の路上にいたのだ。イラッとして怒鳴りつけてやった。 『まあまあ、怒らないで~』  まあ、あの寮でエアコン無し、つうのはしんどいよな~、てのは分かるけども、ヘラヘラ野郎は声だけでもにやけてて、やっぱムカつく。 『僕の部屋にいくつかファイルあるんだけど、それ持って来てよ。あ、それと図書館で借りておきたい本があるんだ。それも頼んでいい? そうだ~、部屋行くんだったら、ついでにジーンズとリネンのシャツ持って来てくれる? ブルーのとストライプと……』 「うっせ!」  どんどん調子に乗りやがるから怒鳴りつける。 『ていうか藤枝も部屋に泊まる? 部屋余裕あるしね、快適なホテル生活に混ぜてあげよう~。夏休み終わるまでいてイイよ~。プールで遊び放題、だけじゃなくてさあ、ご飯も飲み物も奢るし、おいでよ藤枝』  なんだかんだ好条件並べてくるから、そんな来て欲しいンかよ! なんて思いつつ、ホテルのプールで遊び放題なんて、ちょいワクワクするわけで。 (都心のホテルって、地方の温泉とかと、やっぱ違うよな?)  家族旅行なんてガキの頃温泉に行ったきりで、ツレと遊ぶってもせいぜいがバーベキューとかだし。正直ちょい興味は湧いたんで、 「うっし、頼みは聞いてやる」  偉そうに言ってやる。 『うん、待ってるね』 「けど服とかテキトーな! 文句は言わせねえぞ」 『OK、それでいいよ。明日来られる? 今日でも良いよ』  そうだよ。  姉崎がどんな奴だろうとホテルに罪は無い。まして労働の対価なんだから借りにはならない。つうか人をパシリ扱いしやがるんだから、むしろ当然だ!  つーわけで、いっぺん寮に戻る。  ゴミためみたいになってる209で「なんっだよコレっ!」とか騒ぎながら、汗だくになってファイルを漁り、服テキトーに取って、図書館で指示された本借りて、ずっしり重いリュックとパンパンな紙袋持ってホテルに到着した。  そこは、重厚というよりスタイリッシュ。そう言いたくなる空間だった。  天井は高く広々として、床に敷かれた絨毯やラグもかなり良さげな感じ。ロビー中央には盛り沢山の花飾ってある、デカい壺みてえな花瓶あって、ソレ囲むみたいにソファやテ-ブルがゆとりを持って配置されてる。フロントの他にコンシェルジュ的なデスクもあったり、高級ホテルって感じ。  ロビーの脇にはラウンジ。歓談する人、お茶楽しんでる人なんかがいて、ここがビルの二十六階だってことを忘れそうになるけど、デッカく切られた窓からの眺めは、ビックリするほど高い場所なんだってイヤでも思い出させて、ちょい異空間ぽい感じ醸してる。  都心にある、まだ新しい高層ビル。  地下から四階まではショッピングモール、その上にスポーツジムなどがあり、さらに上はオフィス階だ。最先端のセキュリティと環境が整えられ、交通の利便も良いここには選ばれた企業のみが入っている、らしい。そんで二十六階から最上階までがこのホテル、ってわけ。  ココはなんちゃらいう大手ホテルが日本初進出したとかで有名なのだそうだ。つまりめっちゃ高級なホテルとして。  つーのは姉崎が威張って言ってたんだけど、このビルの一階にはホテル専用のエントランスがあって、そこにはポーターとかが待ち構えてた。紙袋一つとリュック姿の俺にも近寄ってきて「お持ちします」とか言われたもん。紙袋をだよ? 「いや、友達に会いに来ただけなんで」  とか、慌てて断ったけどさあ。案内されたエレベーターの扉が閉じるまでしっかり頭下げられた。  これが高級ホテルのホスピタリティってやつか~、とか思いながら直通のエレベーターでここまで上がってきたわけなのだが、つまり下のオフィスなどから直接は上がれないってことだよな。セキュリティとかの問題かな? 分かんねーけど。  そんでなにげに調度は細々したものまで、どれもイイもんばっかだ。お袋の影響でインテリアの知識はかなりあるのだ。  なのでエレベーターから降りて歩きながら、感嘆を隠さぬ目で見回し、思わず呟いてた。 「ほ~、すっげ~」  ここにお袋連れてきたら驚喜するだろうなあ、なんて思いつつキョロキョロしながらフロントまで行って、姉崎の名を告げると、感じ良いお姉さんがニッコリ「伺っております」なんつって、ロビーの一角、ラウンジへ案内された。 「こちらでお待ち下さい。お飲み物はいかが致しましょうか」  超ていねいに聞かれ、「あ、いや、いいです」慌てて言って、へこへこ頭を下げる。こんな高そうなとこで飲み食いするようなカネは無い。  けどお姉さんはニッコリして言った。 「姉崎様より言いつかっております。どうぞご遠慮なく」  あ~そっか、そうだよな。パシリに使ったわけだから、まあそれくらい当然だよな。 「あっ、じゃあペプ……じゃなくてえーと……」 「メニューはこちらでございます」 「あ、ども」  渡されたのを開いて値段にぶっ飛びつつ、せっかくだからバカ高いなんちゃらいう紅茶とか頼んでみる。  そんでビックリするほど豪華つうかスタイリッシュなロビーのラウンジで、ポットの紅茶サーブされたりして、ちょい偉くなった気分……にはなれず、「どうも」とかヘコヘコしちまったりして。  なんつーかお姉さんすっげ感じ良いし、柔らかいってかキレイってか、妹とかお袋とか大学や近所で見る女とかとは、ちょい違う感じで、そんな感じで周り見てたら、そこら歩ってるニーサンとかオッサンとかも、みんな違う世界の人みたいで現実感無くて、なんかポーッとしちまってたら、そんな異空間に妙に馴染んだニヤケメガネが片手を振って近づいてきた。 「やっほ~、お疲れ~」 「じゃねえよ!」  一気に現実が戻ってきた。 「じゃ部屋行こうか」  当たり前みたいに言って、スタスタ歩ってく背中に「おいっ!」音量抑えめに声かけた。 「なに?」  ツラっと振り返った顔は、いつも通りの妙にむかつくニヤケ顔。 「まだ紅茶ちょっとしか飲んでねーしっ!」 「ああ」  なんて言いながら姉崎は片手をヒラヒラさせた。近くにいたオッサンが「はい」とか言うと 「部屋に紅茶。アレと同じのね」  偉そうに言って「行くよ」とかスタスタ行っちまう。置いてかれたらヤバイ感じしたから、 「すんません!」とかおねーさんとかオッサンとかに言いつつ付いてく。  ロビーからエレベーターで上がって入った部屋は、寮の部屋が二つすっぽり入るくらい広かった。しかも別にベッドルームが二つあるとか、なんだソレッ! 部屋余裕あるとか言いやがったのはこういうことかよっ! なにもんなんだコイツ!?  とかいう驚きはさらにデッカいビックリでかき消えた。  部屋奥のデスクに向かってキーボードカチャカチャやってる、見慣れた小さい背中。 「なんでいんの!?」  橋田がいた。  こっちが大声上げても振り向きもしないで打ち込み続けてる。 「今ノッてるみたいだねえ」  ヘラッと言う姉崎に瞬速で振り返る。 「寮でさ、汗ダラダラでああやってたから、涼しいとこでやる? って聞いたんだよ」  つまりコイツが呼んだわけだ。  とりあえず落ち着こうとリュックをおろし、ソファに座った。コレ、もしかしなくても有名なイタリアのメーカーの奴だ。お袋が「欲しいけど、さすがに手が出ないわねえ」とか言ってたハンパなくバカ高いやつ。  見回せばバーカウンター的な感じでちっちゃい流しもあるし、カウンター下には酒とか、冷蔵庫にも飲みモンめっちゃ入ってるし。  部屋の調度とか色々見て、やっぱどれも良いモンだとまた確認。二つあるベッドルームも、それぞれ違う雰囲気になってて、ハンパなく高そうな部屋だよな、やっぱ。  しばらくしてやって来たお兄さんがワゴンで紅茶とお菓子とかサーブしてくれたりするから「あ、ども」とかって、尻がモゾモゾするような、場違いつうか、居心地悪さめっちゃ感じちゃうわけで。  なのに向かいに座ってる姉崎は、慣れた感じで「ありがとう」とか、いつもよりバカにしてない笑顔で言ってる。 「おまえって、なにもん?」  姉崎は肩をすくめニッと笑った。 「お目付役がうるさくて自由が無いんだ。可哀想でしょ?」  ぜってーコイツの言うことなんて信用しねえ、と改めて思った。  けどホテルにもプールにも罪は無い。  せっかくだから楽しまねえと! つーわけで、しばらくして正気に戻った橋田と三人で階下のジムにあるプール行って、めっちゃ遊んだ。  部屋に戻ったらメシが来て、目の前で炎上げて焼いた肉とかに大騒ぎして、酒も飲んで、なんだかんだ楽しかった。コテッと寝ちまった橋田をベッドルームに運んで戻ったら、姉崎はさっきまで酔っ払ってヘラヘラ笑ってたくせに、マジな顔して持って来た本とか資料とか見ながらなんかやってた。  コイツもなんかあんのかなあ、とかちょっと思ったが、まあいいかと部屋にいたときみたいにソファに寝っ転がってテレビを眺めた。  そんでいつの間にか眠ってた。

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