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55.夏休みの情景3~プールの出来事
ホテル生活は快適だった。
涼しいし居心地良いしメシうまいし。時々姉崎にパシられたけど、ココが全部おごりなので、まあ素直に動いてやった。なにしろ都心にあるホテルなんで、豪華なホテルメシじゃなくファストフードが食べたくなったら出かけたし、ゲーセンとか本屋とか、周りになんでもあるからね。
つっても酒飲みに行ったり外でメシ食ったりとか三人で行くことはあった。つかやっぱメインはプールっしょ! 夏だしね!
ココのジムって会員かホテルの宿泊者しか使えないらしくて、そこに付属のプールも当然すいてる。だから思う存分泳いで遊んで、これぞ夏休み! って感じで、めっちゃ満足!
けど姉崎のやつ、肩組んだりハグしたり、そうじゃなくてもすぐベタベタ触ってくるから「やめろ!」とか騒いで水バシャッとかしてやる。あっちもかけ返してくるから、お互いアタマからずぶ濡れになってゲラゲラ笑ったり、それを橋田が冷静に見ながらスイスイ泳いでて。
そう! 橋田ってめっちゃ泳ぎうまいんだ! バタフライ得意とかって泳ぐんだけど、サマになっててビックリした。
めっちゃ気持ちよさそうだったから羨ましくなってバタフライの泳ぎ方習ったんだけど、けっこう難しかった。そんでも姉崎ってなんか形になってたんだよな。くっそー、負けるか! とか思って姉崎にクロールで勝負を挑んだけど負けて、悔し紛れに挑んだ平泳ぎでなんとか勝った。
勝利の宣言は高らかにしてやったぜ。ちょい注目浴びてたけど平気! 目立つの慣れてるし!
遊び疲れて風呂入って、豪華なメシ食うのも三人でワイワイな感じ(いや、橋田はあんま騒がないけど)で、実家とかでメシ食うのとはやっぱテンション違うっつか。
そんで部屋にある酒とか飲んで、騒いで寝るわけ。二つあるベッドルームのひとつはベッド一つ、もう片方がベッド二つあって、姉崎がひとりで寝て、俺と橋田が同じ部屋で寝てる。そんで起きると、ゆうべ騒いだ跡形もなく、部屋はきれいに整えられて、朝食が運ばれてきて。エッグベネディクトての、初めて食ったけど旨いよな~。
まあ、そんな感じでめっちゃ楽しいホテル生活なわけだけど、いつも三人一緒ってわけじゃない。
姉崎はバイトとかで時々出かけるし、帰ってこないこともある。橋田だって香川さんと打ち合わせとか兄貴と会うとかで出かけるし、そもそも集中したら反応無くなるし。俺も寮から資料とか持って来て勉強したりって感じで。
つうか姉崎は、めっちゃ勉強してた。考えたら俺が姉崎の部屋、209に行くことってまず無いんだよな。いっつも姉崎の方が213に来るし。そもそも興味ねえし、普段の生活なんて知らないわけで、勉強とかしてるとき、姉崎が橋田並みの集中力で周りを遮断するとかいうのも、初めて知ったわけで。
そういうのが、ちょい必死にも見えた。
いつもヘラヘラチャラチャラで自分が楽しむことしか考えてない勝手な奴だと思ってたけど、もしかして普段からこんな風に勉強してんのかな、とは思った。こんなホテルに泊まったりとか、金持ちなんだなとは思うし、金持ちなりに色々あんのかも、なんてことも思った。
が、知るか! と放置した。
だって聞いたってぜってー言わねえだろうし、そういうの無理に聞き出すとか、なんかちげーし。
橋田は寮の部屋にいるときとまったく変わらず、集中すると周りが気にならなくなるし、寝ないし食わない。橋田との距離感は慣れてきてるので、いつもと同じように、自分がなんか飲むときに橋田のトコにも置いてやったりするくらいで、こっちもほぼほぼ放置だ。
カチャカチャやり始めた橋田とか、勉強中の姉崎とかと一緒にいると、二人がかりで無視される感じがキツいんで、ひとりでホテル内歩き回ったり、ジムなんかにも行ったりした。
最初はひとりだと気後れしたけど、俺のコミュ力馬鹿にすんなよって感じで、あっさりホテルの人と仲良くなった。ジムやプールでも顔見知り増えたんで、けっこうひとりで行ったし、筋トレもしてみた。やってみると意外に楽しかったんで、筋トレははまりそうだ。
ともかく橋田が通常営業だったんで、コッチも違和感無くいつも通りな感じ。つうか寮の部屋じゃ無く豪華なホテルってだけで、丹生田の代わりに姉崎がいて、だいたい同じ、つか。姉崎にイラつくことも減ってきたし。
でももちろん、姉崎じゃ丹生田の代わりになんてならない。
ふっと思い出して(会いたいなあ)なんて思ってしまいジタバタしても、二人して放置だったんで、思う存分妄想に浸りまくった。するとますます会いたくなる。
(うーわ、やっべ。丹生田不足ぱねえ)
そんなこと思いながら一泳ぎしたプールから上がると「やあ」とかオッサンが声かけてきた。ココとジムで良く会う人で、マティスさんつう外人さん。年聞いたこと無いけど、三十代後半くらいかな。まあ外人さんって年齢分かりにくいし違うかも。
俺より少し背が低く、鍛えてますって感じの良いガタイしてて、鼻の下と顎にひげあって、金色の胸毛とか腕毛とかわっさり生えてる。ちなみに日本語ペラペラ。
「友達は今日来ないの」
「ひとりは出かけたし、もうひとりは用事があってさ」
「そう。寂しいね」
「ゼンッゼン寂しくねーし。むしろいねー方が楽だし」
ニコニコしたマティスさんがペプシ奢ってくれる。そう、ここペプシあんだよ。それもジムに来ちまう理由だったりして。
「ひとやすみしないかい?」
プールサイドのデッキチェアに誘われて、まあ奢ってくれたんで断る理由もねえし、「そっすね」とか、ニカッと頷く。
俺らが同じ大学の同じ寮で生活してることとかは既に話してて、マティスさんは俺たちのこと、めっちゃ仲良しなんだと思ってるっぽい。まあそう思うのも当然なので、特に否定はしてねーけど。
姉崎のことを「きれいな子だね」とか、橋田が泳ぐとすばしっこいから「驚いたよ」とか、ニコニコ言うから「見た目に騙されるなよ」とか「深く知ったらもっと驚くよ」とか言ってやると、マティスさんは愉快そうにハッハッハと笑った。そっからふたりのことを色々聞いてきたから、橋田が同室で姉崎は入寮からの腐れ縁で、とか答えてた。
マティスさんがいちいち感心したり大げさな反応なので、話しがいあるっつか。ノリノリで寮での出来事話して、一年生の反乱の話もした。すると大げさに驚いて、「OH!」と声を上げる。
「素晴らしい行動力だね。そうか、つまりメガネの子を守ってあげたかったんだね」
「あ~、まあそんな感じも無かったわけじゃねーけど、あいついじめられてる自覚も無かったみてーだし、なんつーか周り気にしなさすぎっつか」
「それは心配だろう」
「まあね~、ちょい心配っちゃ心配かな」
「そうか。じゃあきれいな子かと思ったけれど、メガネの子なんだね」
「え? なにが?」
マティスさんはニッコリと笑みを深め、スッと顔を寄せて低く囁いた。
「君の恋人だよ」
「は?」
アタマ真っ白で見返す視界の中で、マティスさんが目を細めて笑ってる。
「あのきれいな子と君が戯れている様子は、一幅の絵のように美しく、とても微笑ましかった。メガネの子のことは正直見ていなかった。惜しいことをしたな。君が恋するだけのものが、彼にはあるんだろう」
外国語聞いてるみたいに意味不明。
少し眉尻下げてこっち覗き込んでくる顔がすっげ近いとか、そこで眼の色が暗い緑だなあ、とか考えちまう程度には混乱してた。
「けれど許して欲しい。私は君ばかり見てしまっていたのだから」
「え~……、と……」
ちょい復活して、いろいろ激しい誤解があるのはなんとか理解した。けれどそれ以上思考が進まない。
「彼から君を奪いたい。けれどそれが無理なら、一晩だけでも────」
「あ~……、あの~」
なんとか声を出すと、マティスさんはくちを閉じ、少し離れた。ゴックンつば呑み込んで、目を見開いて見返したら、首を傾げつつニッコリ笑って、バッチンとウィンクされた。
うえ~~~!? なにそれ! なにげにめっちゃコワイ!
「えと、その。誤解があるような……つかえーと、恋人って……、つか! 男なのにナニ言ってんの?」
めちゃビビりつつ次第にキレ気味になってく声をマティスさんは「ああ」片手を上げて制した。
「カモフラージュはいらないよ。私には分かっている」
「ナニが!? 俺のナニ分かってるわけ!?」
「確かに、まだよく知らないところが多い」
なんだか余裕満々なんだけど、コレ会話になってる!?
「まだって!」
とか言い返すのが精一杯。
「けれど、これから深く知り合えると、私は思っている」
ダメだ話通じねえ! つかナニ言ってんの!? つかどうする? どうするべき!?
「一度で良い」
マティスさんのデカい手が肩に触れ、スッと胸を触って首筋に昇ってくる。
「私の愛を受け入れてくれないか、タクミ……」
「いや!」
バシッと手を撥ね付け、「すんません!」叫びながら立ち上がってた。
「すんません! そういうのやってねーんで! マジすんません!」
ぶんぶん手を振りながらそう叫んで、ヘコヘコ頭下げながら、プールを飛び出した。マティスさんの声が聞こえた気したけど、マジ勘弁!
速攻着がえて部屋に飛び込んだときは、ゼイゼイになってた。
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