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81.総括の仕事

 四年生は遅くとも三月アタマくらいには寮を出るんで、新四年生は早めに一人部屋に移動する人が多い。そりゃ一人部屋の方がイイって思うのも人情だよね。だって寮費は変わらないんだから。  そんで四月一日から新寮生が来るんで、その前に二階の三人部屋を空けなきゃなんない。で、早めに動けば良いんだけど、たいていが三月末、ギリギリに引っ越しするんだ。みんな忙しいってのもあるし、どうしてもギリギリで慌てる習性の奴が多かったりする。  そんなんで寮全体が落ち着かなくなって、あちこちがわちゃわちゃになるんだけど。  つうかゴミためな部屋ってどうやって引っ越すンかな、とか超疑問だけど、敢えて解明しに行かない。行ったら掃除とかやらされるに決まってるし、やり始めたら怒りながらもキッチリやっちまうだろうし、俺は俺で忙しいし。  そんな大騒ぎになる前に、俺たちは新たな部屋、339に引っ越しを終え、みんなより早い時期から本格的に二人部屋生活になった。お互い新寮生が入る前にやること満載だったんで、忙しくなるの見えてたから早めに動いたんだ。  つっても木原さんがいなくなってからの322も実質二人だったんだけど、やっぱ空いてるベッドがあると無いとじゃ大違いつか。  デスクも2つ、置いてるチェストや棚も倍の大きさで、ロッカーもデカい。  マジで二人の部屋なんだって、めっちゃ実感来て、引っ越し終えて、いまさらドキバクしてた。  けどなんとなく思ってたような、常にベッタリしてキモがられる、なんてことはなかったんだ。なぜってマジで忙しかったから。  新寮生の部屋割りまでは執行部でやるんだけど、総括はそれ以外、ビックリするくらい色々やること満載なんだ。そういうのオリエンテーションまでにやっとかなきゃだったんで、あんま部屋にいなかった。  去年もやったから少しは慣れてたし、今年は仙波も居るし、大熊さん仕事早いし、小松とか長谷とか鮎田とかも手伝ってくれたけど、やっぱ色々忙しくて。  丹生田も保守で見回りつうかしてたらしいし、ビビりまくりだったのが恥ずかしいくらい、二人部屋生活はあっさり始まった。  考えりゃお互いやることあるんだから、いつも一緒ってワケじゃないんだよな。そりゃそうだ。  なんて納得しつつ迎えたオリエンテーション。  司会は姉崎だった。  去年まで司会してた乃村先輩ほどじゃないけど、姉崎も声は通るし、身振り手振り激しいからアピールはする。つうか会長の尾方さんも、なんと副会長になっちまってる橋田も、人前で話すとか向いてねえし、まあ消去法だ。  英語でしゃべんな! という指導は、たまに単語が入ったりはしたけど、おおむね守られた。  会計の安宅さんと施設部の大田原さんは安定してる。峰が大声でビビらせ、瀬戸は淡々と監察の話をして寮則の冊子を配る。情報施設部の浦山はキョドってへろへろのスピーチだった。  そんで俺は総括の部長としてスピーチした。 『総括って一言で言えない仕事多いし、全部説明するの無理だからさ、なんとなく総括ってモンがあるってコトだけ伝われば良いんだよ。気軽にいけ』  なんて大熊さんは言ったけど、あの人の言うこと鵜呑みにして良いか、ちょい疑問だった。だって去年のスピーチ、超テキトーだったし。そこで頼りになる仙波と文面考えた。簡潔に仕事を紹介して、親しみやすい感じをアピール、てコトで、練習にも付き合ってもらって。 「いいか、余裕あるんだって感じ醸せ。よし、それだ。その顔で行け」  やっとOK出た顔でやりきった。  どうかな、ちゃんと部長って感じ出てたかな、なんて思ったけど 「お疲れ。いつもより落ち着いていて、良いスピーチだった。藤枝は立派だな」  なんて丹生田が言ったから、めちゃ安心した。  そうして学期が始まった。  丹生田は今までと変わらず日々を過ごしてる。  講義に出て稽古して保守の仕事。空いた時間は勉強。毎日風呂入るし掃除するし、マジ変わんない。  部屋にいるときは、木原さんが新しいの買ったつって『譲ってやる』と持って来たトレーニンググッズ(二個だけだけど)使ったり、時々木原さんとロードワーク出たりもしてる。  一緒に行動っても、時間が合えばメシ食うくらい。  仕事があるのは嘘じゃない。マーケティング研も先輩になってるわけだから、今まで教えてもらってたこと、後輩に伝えなきゃってのもあるし、そこも前とは違うんだ、ホントに。  そんでなにげに風呂は一緒しないようにしてた。だって、だってさ、丹生田やっぱカッコいいんだ。前よりハッキリしゃべるし笑うし、元々カッコイイわけだから、また丹生田ってばモテるよな、とか思ったり────いやいやいや。  つってもマジでかなり忙しかったんで、実はそういうこと考える暇もあんま無かったりした。  賢風寮に、なんで総括があるか。  主な目的は風聯会との関係を円滑に保つこと。  そんで寮内とか部屋ごとのトラブルを未然に防ぎ、健全な運営をしやすくする。それが総括の仕事だ。その中には、健康に過ごせるようにケアすることも含まれる。  部屋で腐るようなもの食って放置すんなよ! という意味も込めて 『部屋での飲食は控えるべし。』 『生ものはきちんと始末をするべし。』  なんてのが寮則にある。ちょっと矛盾してるけど、飲み物とかちょっとしたお菓子とかまで禁止にしたって守られるわけないからね。  同じ流れで導入の運びとなったのがリネン類のリースで、今も続いているってわけ。  自発的にシーツ取り替えない奴でも、交換のシーツとベッドカバーと枕カバーを渡されたら今のを剥がさなきゃなわけで、そうなったら取り替えざるを得ないわけで、そんなんだけでも万年床より病気なんかの発生は予防出来る。どうしてもゴミためになる部屋はあるけど、そんでも布団のカバーを変えるだけでもだいぶ違うらしい。  つまり、リネン類の貸し出しが半強制なのは、病気予防が目的なんだ。部外者が入れないだけに、予防が肝心ってわけ。  なんで、自前のカバーを使いたいってんじゃない限り、新寮生には半強制的にリネン類をレンタルさせ、三日に一度は布団カバーとシーツと枕カバーを交換する。使用済みのシーツ持って帰るまで部屋の入り口から動かねーからね、やらざるを得ない状況作ってる。  実際に熱出したり具合悪いのがいたら、寮にいる医学部に頼んで診てもらう。その引き替えとして、医学部は三年から一人部屋で、医師免許受かるまで寮にいてイイことになってんだよ。なにげに医学部の標も既に一人部屋だ。  やっぱ医学部助かるからってのもあるし、勉強も大変そうだしな。そんで医学部所属で、なんと三十一歳の先輩が四階にいる。実習とかでマジ忙しそうだけど。  彼らは実習もかねる感じで問診して、必要なら病院に連れてってくれる。すぐそこに大学の付属病院あるしね。怪我なんかも簡単な手当て頼めるし、医学部便利!  でも他の学部は院に上がったら寮を出なくちゃならない。ダブりはOKだけどね。  とにかく、そんなわけで『部屋を清潔に保つべし』というのがちゃんと寮則に載ってる。自分一人のことだ、自由だろ! なんつって不潔にして、周り中を病気にする気か! 怒るぞ! つう規則なわけ。  二百五十人の野郎ばっかが生活してるのだ。不潔な状態が気にならない奴も少なくないわけで、昔は寮内に風邪とか蔓延したことが何度もあったんだって。そこに保健所勤務のOBから指導が入って、ちょい強制的に清潔をキープさせちゃどうだと提案された、つうのがリネン貸し出し導入のきっかけだったらしい。  剥がしたシーツなんかを受け取るために、総括メンバーは部屋の入り口んとこで待つわけで、そうすっとそこの人間関係なんかも見えるわけで。  そこで今回、俺は部長として、総括部員にタスクを課した。  険悪な感じになってたら、後でそれとなく話しかけて、部屋替えしたいか聞いたりしよう! つうのを今年はやってみようぜ! てわけ。  そうやって垣間見た情報は、総括で蓄積しておく。無闇に事を荒立てるつもりはねーけど、問題ありそうなのは執行部に伝えて、必要なら部屋替えしたり、監察から指導入れたり、ってこともできるんじゃねえの? つか俺は去年もやってたわけで、前からやってる先輩もいたから、今年から総括の仕事として、キッチリやってみようぜーつうわけ。  大熊先輩は「え~、面倒じゃねえ?」とか言ったけど大方の賛同は得られたし、むしろ大熊先輩は他の先輩にシメられてた。  賢風寮を元気にするんだ。  せっかく部長になったんだし、やれることやるって決めた。  ココに来て、めちゃ楽しいんだけど、聞いてたのとちょい違って、あれ? とか思ってたコトあって。  イジメがあったなんて聞いてなかったし、この寮が人気ないってのも気になってた。じいさん達の話だと、むしろ人気あって、入寮者は選ばれた奴って感じがあったのに。  ガキだった頃、おっちゃんたちの話聞いてて、ここに憧れたんだ。楽しいこと、ヤバいこと、色々あって、でも大人になってから懐かしむように語ってる。そんな、大切な場所を持つみんなに憧れた。だから────俺たちも胸張って賢風寮のこと語れるようにしねえと。  まず基本的なことからだ。一年たちがこの寮を好きになるように、少しでも居心地良くする! て決めた。その為に色々やろうってわけで。  まあ、そんなこんなで、うん、マジで忙しかったんだよ。  ホントにマジで、総括の部室にずっといた。だって食堂にいても部員が来て簡易ミーティングになるんだもんよ。部屋にいてもしょっちゅう部員が来るかもしんないから、丹生田の勉強とか邪魔しちゃマズイし。  つっても講義もマーケティング研も手を抜けないし、自主学習も必要だから、部室で勉強してた。  だから部屋に帰るのって寝るときだけ、みてーな感じになってた。別にわざとじゃなく、丹生田避けてたとかでもなく、だよ。うん。

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