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83.衝撃

 丹生田が飛び出してったのは十八時前。  一旦部屋に戻ったが、339にいると丹生田のことばかり考える。  イカン! と総括部屋に行っても落ち着かなくてジタバタしてたら 「こっちはやっとくから出てけ」  仙波にしっしっと追い出され、保守部屋でダラダラしてたら「邪魔だ」と邪険にされて娯楽室まで引っ張って行かれ、(しめぎ)がチョコバー分けてくれたんでボリボリやってたら 「なに食ってんだお前ら」 「医学部のくせに栄養とか」 「メシ食うぞ」  なんて二人揃って食堂に連行された。  メシ食ってたら、伊勢と多賀が 「さっむ~」  とか言いながら戻って来て、ガタンと椅子鳴らして駆け寄る。 「大丈夫だったか? 丹生田は……」 「あ~~~……」 「女の人と会ったぜ」  とだけ、なんか目を逸らし気味に言って。 「おじいさんは?」 「いや、病室の前で別れたし」 「だって身内以外はなあ、入れねえだろ」  なんて、あいつらにしちゃ歯切れが悪く、微妙な顔してて要領も得ない。そりゃ他人が入り込めないってのも分かるけど……  席に戻ってもそもそ食いながら考えて、おじいさんがどうだったか、丹生田はどうしてんのか、なんで連絡来ねえんかな、てのも気になって、そうか、コレ聞けば! とハッとしたら、神速でメシ食ったらしく、二人ともいつのまにか消えてた。  はああ、なんてため息漏らしながら食ってたら、同じくもそもそ食ってる標にマジマジ見られてた。 「なんで藤枝がそんななってんの」 「え、そりゃ当たり前だろ」 「そうかな。丹生田の、それも親でも兄弟でもないおじいさん。年寄りだろ? 驚くことじゃない」 「……そりゃそうかもだけど」 「かもじゃない。年寄りは死ぬ」  淡々とした口調で『死』という単語があっさり出てビビる。 「そうだけど、でもイヤだろ、おじいさんが、……とか」 「誰だって死ぬよ」 「でも……大切な人がいなくなるのは怖いだろ」 「怖い?」 「……怖いだろ」  じいさんが死んだとき、なかなか受け入れらんなかった。なんでか、なんて分かんない。けど……うん、分かんねえ。 「ふん、そういうもの?」 「……知らねえけど」  丹生田の家のことは、誰にも言ってないから、みんな知らない。  お母さんのことで、恨んだかもしんない。  けど優しかったって言ったとき、丹生田は困った顔になってた。きっと丹生田にとっておじいさんって複雑な感じなんだ。好きなのに家族が嫌ってるから、どうしようみたいな。  電話受けたとき、こわばった顔してた。アタマ真っ白になったか、じゃなきゃいろんなことアタマ駆け巡ったか。そんでショック受けてないかとか、気になって気になってしょうがない。  そんな感じで食い終えて、もう誰もなんも言わなかったから、ロビーとか保守部屋とか、玄関周りでずっとウロウロしてた。だって部屋は玄関の反対側だし、総括部屋からだと木とかあって遠くまで見えないから。  ずっと携帯持ってたけど、丹生田からの連絡は無かった。玄関から時々出たりして、正門の方から歩いてくる奴いたら、違う、とか思ってがっかりして。  だからすぐ分かった。  法学部棟の横曲がってフラフラ歩いてる、フライトジャケット握りしめて……  玄関飛び出したのも走ったのも、「丹生田!」声かけたのも無意識。走り寄って腕つかんで 「どうだった!」怒鳴ったのも無意識。  目を見たら、なんか虚ろで、やべえと思って 「おまえ大丈夫かよ」  目を覗き込んだまま問いかけたら、丹生田の目がゆっくり動き、コッチ見てひとつ、まばたきした。  そんで次の瞬間  ──────逞しい腕に、抱き締められてた。 (えっ)  首根に丹生田の額がめり込む。背を回った手が肩をつかむ。  丹生田のがデカいし、胸や腕や手も全部逞しい。  なのに溺れそうになったひとがしがみつくみたいに、助けて欲しいひとみたいに、頼ってるみたいに、まるで……縋るみたいに、抱きしめてる。  だから、……だから震えそうになる手を丹生田の背に回し、ポンポン叩いた。 「おじいさんは?」 「……大丈夫だ。持ち直した」  低く、くぐもった小さな声が聞こえて……なんかめちゃホッとした。 「そっか、良かったな。そんで気抜けたか?」  背中ポンポンしながら問いかけると「……いや」囁くような低い声。そんでギュッと肩つかむ手に力が入った。痛いくらいで、でも丹生田は息してないみたいで、ホッとしたってわけじゃなく思えて。 「どしたよ」  聞きながら背中を、髪を撫でる。  こんなの、初めてだ。  丹生田は、いつだって背筋伸ばして、揺るぎない低い声で話す。見据えるみたいな強い目でまっすぐ前を見てるんじゃん……マジで 「どした?」  もっかい聞いたら、囁くような声が聞こえた。 「……母が、……いたんだ」 「え」  お母さん? でもおじいさんとは仲悪くて……あ、そういえば多賀たちが『女の人に会った』とか……  肩つかんでない、反対の手がシャツをギュッとつかんだ。 「俺を見て、……怯えて」  丹生田の息が震えてる。 「…………」  丹生田の声が途切れた。そのまんま、抱きしめる腕に力がこもる。  俺もなんも言えねえ。  言えねえけど、なんとかしなくちゃって、なんか言ってやんないとって考えて、考えて考えて、アタマん中熱くなってくる。 「おい! なにしてんだ!」 「大丈夫か」  声がかかって、ハッとしたように離れた丹生田は、 「…………」  じっと、まっすぐ見つめてきて、でも目ヂカラ弱い感じで。  法学部横、寮への道に、バラバラと足音が集まり、それぞれ声をかけ、たくさんの手が丹生田の背中や肩を叩く。それに答えることなく、丹生田は目を落とし首振って、重い足取りで寮へと向かった。それを追いかけてく集団を、ボーッと見つめる。 「おい、アレ大丈夫か?」  問うたのは誰か、考える余裕も無く 「いや、おじいさん大丈夫だって」  とか答えたけど、目は丹生田の背中を見ちまう。 「そっか、じゃあ気抜けしたとかかな」 「まあなあ、いくら丹生田でもな」  なんて言いながら寮の玄関へ向かう、一番後ろを歩いて戻った。  誰に声をかけられても、丹生田は黙ったまま寮に入っていく。  その背中を見ながら、なにしてたか、つうと────自分に慌ててた、つうか。  さっきは丹生田を落ち着かせなきゃって、それしか考えらんなくて、思わず抱き返したみたいになってて、でもなんつうか、気づいたら触りまくってたわけで、でもさっきは平気だったんだけど。  いつも背筋伸ばして、揺るぎないまっすぐな目をする丹生田が、さっきは助けてくれって身体中で言ってるみたいで、すごく弱ってる感じで、守ってやらないと、みてーな、そんな感じで、ただなんとかしてやりたくて、それしか考えらんなくて、なのに  なのになんだか  なんだかヤバい  手に、胸に、背に、首筋や肩に、感触が残ってる。  震える息遣いも、リアルに残ってる。  ヤバいヤバいヤバい。  だって丹生田ハートブレイクなのに、ぜってーつらいのに、だって、だってお母さんに会わないようにしてたんだろ? おじいさんに似てるから、だからホントは会いたいに違いないのに、妹にだって会いたかったに違いないのにガマンして、男だからって、そんなん理由にもなんないのに、けど丹生田はそう思って、家族が集まるとこに自分だけハブみてーになっても、それでイイって自分に言い聞かせてたんじゃねえの?  なのにさっき、みんな来たらいつもの顔になって、平気なフリしてた丹生田のこと、分かってやれんのって、俺だけなんじゃねえの?  でもこのまんま丹生田と二人の部屋に戻ったら…… (……うっわやっべ、イヤぜってーヤバいって! 無理! ぜってーダメ!)  なんて考えながら歩いてたから、寮の入り口を通ったのは俺が最後だった。  当然だけど、丹生田はもういなくて、玄関周りにいた連中に「あいつなんも言わないぞ」「どうなってんだ」なんてくちぐち聞かれた。 「おじいさんは大丈夫みたい」「わかんね」  適当に答えつつ靴を脱ぐ。つっても339に上がる勇気はやっぱ無くて、ロビーから娯楽室へ向かう。ビビりと呼びたければ呼べ! ああそうだよ俺はビビってるよ!  ここんトコ無かったけど、前は丹生田に触りそうになって、慌てて手を引っ込めたりしてたんだ俺。丹生田ってば早起きだから滅多にねーけど、気をつけみたいに上向いて寝てる丹生田にそっと触ったりとか、んなコトもやってたんだ。  今顔見たら、んで二人っきりとかだったら、百パーあの感じになるって! それ無理でしょ! ぜってーダメな奴でしょ! だからしょーがねーの!  なんて開き直ったのに────  なんとそこに丹生田がいた。

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