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85.見られちゃった!

 娯楽室に行ったら、なんと丹生田がいた。 「あっ!」  ゆっくりとこっち見て、少し眉寄せて困った顔になってカワイイ……じゃなくて!  やべやべやべえ、やべえってダメじゃん、ンなこと思ってる場合じゃないじゃん! とにかくここはマズイ! 「そうだ! 総括の仕事が!」  とかなんとか言って回れ右する。とりあえずちょい落ち着くまで丹生田の顔見るとか無理だし! てか、あ、そうか! 丹生田が娯楽室いるんなら、339が個室ってことじゃん!  んじゃ部屋戻るのがベストだ。どっかで誰かに顔合わせたら、なんかツッコまれたら、平気でいれなさそうだし! つうわけで階段駆け上って339に突進する。部屋に入って、もうどうしたら良いか分かんねえし、部屋をぐるぐる歩きながら「あ~っ」とか「くっそ~」とか喚いてこぶし振り回して、そんでも鎮まらない。  鎮まらないんだ股間が! もうどうなのってくらいイキリ勃っちゃって! なんなの俺! 「あ~もう、くっそー!」  だってリアルに生々しく丹生田の手とか腕とか胸とか息とか匂いとか……匂い? (……匂い……)  視線が自動的に、きちんと整えられた丹生田のベッドに動き、そこで止まる。  つか、そっか、いねえんだもんな丹生田。一人なんじゃん。 (んじゃ久しぶりにやっか!)  とか思った次の瞬間、ベッドにダイブした。もちろん丹生田のベッドだ。布団かぶって久しぶりに丹生田の匂いに包まれてみる。  三日に一度はシーツとか取っ替えてるけど、そんでも丹生田の匂いってある。枕に顔を押し付け、半自動的にジーンズのボタンを外しジッパー下ろしてパンツから勃ってるモン出して夢中でこする。  さっきの、丹生田の、震える息、匂い。  肩を掴んだ手。  緊張してた背中。  腕の筋肉の隆起。  そんなん色々思い出し、あんな風に抱きしめられてる感じ妄想して、一気に上り詰めた。我ながら早っ! 「はぁ~」  吐き出せば熱はひとまず冷める。  若干の虚しさと共にため息を零し、妄想プラス丹生田の匂いで盛り上がっちゃう自分が恥ずかしい、と改めて赤面する。 「ったく、なにやってんだよ、もう~」  ぶつくさ言いつつ、手を股間から離し、誰かに見られる前に粘つくものを始末をしようとしつつ目を開いて、ドアを睨みつつティッシュへ手を伸ばす。  くっそ、こんなの見られたらぜってーうるさいこと言われるに決まってるし! つか丹生田のベッドでなにしてるって言われたらどうしよ。うっかりとか言って誤魔化すか? でも誤魔化しきれなかったら…うっわ~、ヤバいって! 惚れてんのかとか言われたら! いや惚れてっけど!  なんて考えちゃって(惚れてるってなんだよ!)とかッセルフツッコミしながら、やたら汗出るし暑いって! 顔熱いから真っ赤になってんじゃねえの俺!? なんて焦りつつ手を拭いて、「ゴミ箱~」とか呟きながら起きようとしたその時、物音がして、ハッと目を向ける。  誰だよっ! 「…………」  開いたドアのとこに丹生田が立ってた。  一瞬見開いた目が、すぐに寄せた眉と共に細められ、くちもとが引きつったみたいになって───── (えっ!? なんでッ!? だって娯楽室にッ!!)  かぁぁぁっと顔に血が上る音がしたような気がした。 「…………」  丹生田の顔が、眉寄せたままこわばっている。なに考えてっか分かんねえ! なに、つかマジやばいっ!! 「あっ、その、これはあの」  言いながらガバッと起き上がる。そんでちんこ丸出しって、バカーッ俺! と慌てて股間を押さえ、丹生田に背を向ける。  あ~っ! バカ俺っ!   とか自分を殴りたい勢いでちんこ仕舞いつつ 「だからそのっ、そういうんじゃなくて」  とかなんとか、いいわけしなくちゃってパニクってたら、バタン! と音がした。  瞬速で振り返る。ドアが閉じてた。 「え……」  アタマから、サアア、と音がするくらいの勢いで血が引いてく。  え、これって…… 「……やべえ……」  バレたんじゃね?  そうだよ丹生田にバレたんだよ。そんで引かれた。え、つかキモいとか思ったってこと? そうだよバレて、いいわけも出来なかったんじゃん! そんであの顔! もう誤魔化しきかねえ! ダメだ! もうダメだ! 「……うわあぁぁぁぁっ!」  わけわかんなくて、気がついたら吼えつつ部屋を飛び出してた。  なんとか声を抑えて廊下を爆走し階段駆け上がって、目当てのドアをバタンと開く。 「どうしよおぉぉぉぉっ!」 「うるさいよ」  冷静な声が返った。 「……っ、ゴメンッ」  こっちを見ようともせずにキーボード叩いてる橋田が「そこ閉めて」というので従った、が、次の瞬間、橋田に駆け寄る。だって橋田にはバレてるわけだし、だから橋田にしか言えねえし! 「つかっ! 俺どうしよッ!!」  けど橋田は「なにが」と視線すらモニターから動かさずに言っただけで打ち込み続けている。  カチャカチャカチャカチャ 「つか、でもあのその、どうしよ」  けどもうバレちゃったからどうしようもないのかな? ンでもでも、キモいとか思ったかな、だよな、自分のベッドで他人が一人エッチ~~~なんてっ! キモい以外ねえよなっ! 「どうしよっ! ぜってー嫌われる避けられるっ! なあ橋田っ! 俺どうしたら」  カチャカチャカチャカチャ 「……分かったよ。ちょっと黙って」 「でもっ!」 「黙って」  カチャカチャカチャカチャ 「……うん……」  カチャカチャカチャカチャ  とりあえずくちは閉じたが、じっとしてらんねくて部屋ウロウロする。  カチャカチャカチャカチャ  橋田の部屋はものが少ない。パソコンとかちょっとあるけど、元々置かれてるソファとかベッドとか棚とかちっちゃいテーブルとか、それ以外なんも無い。そんで音楽とかもない。テレビも無いし、すっげ静かな部屋で聞こえる音はひとつ。  カチャカチャカチャカチャ  歩き回るのに問題無いけど、この静けさと構ってくれない感は、やけにジリジリする。歩き回る速度はどんどん上がって、無自覚に「う~」とか「ああっ」とか声が漏れて  カチャカチャカチャカチャ  静かな部屋に響くのはキーボードの音だけで、部屋をグルグルウロウロながら空気殴ったり蹴ったりして  カチャカチャカチャカチャ  だって黙ってじっとしてとか無理!  カチャカチャカチャカチャ  空気殴る腕や蹴る足に気合い入りすぎて、ちょいちょい「アッ」とか「ンゥッ」とか声漏れる。 「……静かにしてくれないかな」  久しぶりに聞いたカチャカチャ以外の音、冷静な声に「無理!」橋田の背後から肩をつかんで、背中に縋るみてーになりつつ揺する。 「静かにするのも待つのも無理! なあどうしたら良いッ!?」  ため息をひとつ吐いて、橋田は手を止め、ようやくこっちを向いた。 「どうしたの」  橋田のメガネ顔に「バレたッ!!」と叫ぶと、ぱたりとまばたきして、橋田は「……ああ」ひとつ頷いた。 「丹生田くんに?」  冷静に問われ、今まで考えないように、つか頭から追い出そうとしてた丹生田の顔がパッと浮かんだ。  ビックリつか、眉を寄せてくちもと引きつったみたいな、あんときの顔思い出しちまって 「あああ、もうダメだぁ、どうしよ橋田ぁ~」  もはや叫びになってる泣き言わめきつつ肩ガクガク揺らすと「うん、分かったけど離して」全力で手を外された。 「ソファに座って」  くるりと椅子を回し、ちょいずれた眼鏡を直しながら、ソファを指しつつ命じた橋田はなんか迫力あって、しぶしぶ座る。  テーブル挟んで若干見下ろされる感じになった。淡々と見下ろしてくる橋田。なんか偉そーなんだけど。 「それで、どうしてバレたと思うの」  淡々と聞いてきたから、おじいさんが危篤だと連絡が入ったところから話し始めた。抱きしめられたあたりからは身振り手振りも激しく、時々「ああっ」とか叫んだり髪をかきむしったりしながら、なんとか終える。ちょいゼイゼイしながら。 「ふうん」  騒ぎすぎでぐったりしちまいつつ、「なあどうしたら……」と縋る目を向けると、橋田は淡々と言った。 「でもそれなら、たいしたことないんじゃないかな」  淡々とした声に「ンなわけねーだろっ!」怒鳴ると「うるさいよ」と眉をしかめられた。 「少し落ち着いて考えなよ」 「落ち着いてられっかッ!!」  また怒鳴ったのに、橋田は黙って、じっと見つめてくる。  メガネ越しの冷静な目を見てると、なんだか決まり悪くなって、「だってよ」と口ごもっちまう。橋田はため息ひとつだけ返し、人差し指でメガネを押し上げ、腕を組んだ。 「たとえば、ぼくのベッドで誰かが自慰をしてるのを見つけたとして」  自慰、という単語になぜか軽くビビりつつ、ゴクッと唾液呑み込んで続きを待つ。 「ぼくを好きなんだとは思わないよ」 「え……そう?」  呆けたように問い返す。橋田は「そうだよ」と返し、少し考えるように目を伏せる。 「だから不可解なのは君じゃなく、丹生田くんの方だ」 「不可解って」 「つまり、なんらかの理由で他人のベッドで自慰をしたとして、女性ではなく男性のベッド、しかも寮の同室の、ということなら、それほど異常ではないよ。ひとのベッドで朝まで寝る奴だっているんだからね。まあ不快感はあるだろうし、なぜだと聞かれたなら言い訳が必要な場面かもしれない」  理路整然と語っていく淡々とした声、少し目を伏せて考え込むような橋田のメガネ顔を、ただポカンと見てるのみ。くちが半開きになっちまってる自覚は、もちろん無い。 「でも普通、そういう場面を見たら怒る、あるいはバカにする、そんなところなんじゃないかな。なのに君じゃなく丹生田くんが逃げるっていうのは不可解だよ」  え、だって、え、じゃじゃじゃ……ええっ、でも   考えがまとまらず、混乱していると、ふっと目を上げた橋田に 「くちを閉じなよ。バカに見えるよ」  淡々と指摘され、ハッとして半開きになってたくちを閉じ姿勢を正した「まあとにかく」橋田は言葉を継いだ。 「ついうっかりとか、間違ったとか、そういう言い訳してみれば? それでダメだったら、また来なよ」 「え、……そんなんで? だいじょぶかよ?」 「おそらくね」 「……なんでンな自信満々?」  ほけっと問い返すと、今度は中指でメガネを押し上げつつちょい目を逸らした橋田は、ニコリともせずに言った。 「…………知らない方が良いよ」

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