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112.本格キャンプ

 お茶飲んでちょい落ち着いてから、明日の下見しようってことで、また歩く。  夕日が湖に映えてきれいだしな。こういうのもイイな。  つってもキャンプ場あたりは桟橋に『ボート 十五分400円』なんて看板あったりして、家族連れとかカップルでボート漕いで湖に出たりしてるから、なにげに観光地っぽさは拭えない。  けど丹生田は獣道みたいな細いとこをずんずん歩いてった。時々湖から離れて山道になったりすんだけど、湖畔近くに降りてったら、ボートで釣りしてるひともけっこういた。 「なに釣れるんスか~」  なんて声かけてみたけど、おっさんは無視してひたすら竿垂れてる。 「あれ、聞こえねーのかな」 「藤枝」  丹生田が肩をポンと叩き、首を振ったから「え、声かけちゃダメ?」と聞いたら、丹生田は頷いた。 「この時間までやってるああいうのは、大物狙いで真剣だ。俺たちは湖畔で小さいのを釣る」 「へ~、真剣な大物狙いかぁ。いつかそういうのもやりてえなあ」  とか言いつつさらに歩く。  そうしてると湖に流れ込む川がいくつかあって、橋があるときもあるし、飛び越えれば良い程度のちっちゃい川もあった。その一つで立ち止まった丹生田は、しばらく川の上流方面を睨んでから、「こっちは沢になっていそうだ」とかって川岸を上り始めた。 「え、サワってなに?」  ついてくと、谷になった底にちょろちょろ水が流れて、周りに草とか生えてるトコに出た。  見上げると木の枝とかが屋根みたいにせり出してて、その合間から夕陽がキラキラ落ちてくる感じ。それがまた、水面に映えて、水は透きとおってて底の砂利とか全部見えるし、蝉の声が周り中から降っきて、なんかすっげ山ん中! つうか雰囲気ある~! ちょい別世界じゃん! 「おお~イイなココ!」  なんてはしゃぎ気味の声上げると、「あるかも知れない」なんて言いつつ、丹生田は中腰になって地面を見て回り始めた。 「なにが?」  聞いても「待て」とか言うだけだ。つまんねーの、なんて思いつつもそばに歩いてく。 「おい~……うわ」  バシャッと靴が濡れた。緑の草が群生していたので土の上だと思ったのに、ぐずぐずの砂地みたいになってたのだ。 「くっそ。あ~でも靴下無事か」  ぶつくさ言ってたら「そこ踏むな」鋭い声が聞こえ、いきなり腕掴まれてグイッと引かれる。 「え」  ほけっと声上げつつ土の上に退けたんだけど、丹生田は「あったな」と呟いて、しゃがみ込んだ。 「なに」  首を伸ばしてさっきまで踏んでたトコ、つまり丹生田の手元を覗き込むと、そこに群生してる緑の草をせっせと摘んでいる。 「クレソンだ。生で食える」 「え、コレが?」  丹生田はそこらの水でサラッと洗ったのをくちに入れ、小さく頷いてる。 「え、ココの水ってだいじょぶなん?」  思わずちょい引き気味な声が出た。つか丹生田ってきれい好きだと思ってたのに、土落としただけで、川の水で洗って食うって、だいじょぶなのかよ? なんてちょいパニクってたら、丹生田がチラッと見て口の端を少し上げた。 「祖父と山歩きして、よく山で1泊した。食えるものはけっこうあるんだ」  なんて言いつつ腰を上げ、「行くぞ」と湖方面に戻るから、焦って追っかける。 「て! それマジにサバイバルな奴じゃん!」  声上げたら、歩きながら振り向いて「そういうのは嫌いか」とか言うから、 「いや! やってみたかったけど!」  つったら、ホッとしたように目を細め、「そう思っていた」とか!  低い声がやっぱ自慢げで、思いっきり頷いてちょい踊る。てかめちゃウキウキ!  だって相談してたとき、釣りとかバーベキューとか、いろいろ楽しそうなこと丹生田が言うから 「いいなあ! せっかくだからサバイバル的なのもやってみてえ!」  つったの覚えてたんだ丹生田。そんでそういうのも考えて、用意してくれてたんだ。  だからはるひが買い物とか言ったとき、あんま乗り気じゃなかったんじゃね? だよな、なんだよそういうの言えば良いんじゃん、この~照れ屋さんめ! 「バーベキューだけじゃなく、こういうのもやれるんだな! すっげーな!! なんかめっちゃワクワクだ!」  丹生田は満足げにひとつ頷いて、ずんずん湖に降りてく。そのまんま時々山の方に上がったりする細く踏みしめただけの道を通り、湖畔をぐるっと歩いていった。ときどきロッジがあったり釣り用の貸しボート場とかあったりはしたけど、おおむね自然のまんまな感じで、サバイバル気分がガンガン盛り上がってく。 「だが、今日のところはバーベキューを楽しもう。野上の好意を無にすることもない」 「だな!」  つってテントまで戻る頃にはすっかり暗くなってたけど、それぞれのテントでランタンとか下げてるからけっこう明るい。  そう! キャンプ場に戻ったら、いつの間にかテント一杯になってたんだよ。丹生田が言った通りだ。ガキんちょたちがはしゃぎながら湖に向かって走ってる。 「夏休みだからな。家族連れが多い」  既にバーベキューやってるひと、酒飲んで盛り上がってる集団、凄い感じの料理とか作ってるひとなんかもいて、「すっげーなアレ」なんて指さして言ったら、なにげに手を下ろされて「指を差すな」と怒られ、「ごめん」とか言いつつテントまで戻る。  さっきまでとは段違いに大量の炭を丹生田が熾し、雰囲気は盛り上がる。 「おお~、これぞキャンプ!」  なんてテンション上がりまくりながら、スーパーで買ってきた肉とか野菜とか出して、おもちゃみてーなまな板とナイフで切る。てか料理とかやったことねーし、なにげに緊張だ。 「おっし切った! やろうぜバーベキュー!!」  ちっちゃい椅子に座って肉とか乗っけてくんだけど、炭の火が強いから、あっという間に焼けるし、野菜とかも焦げるし、「やべやべ、こっちも早く食わねーと!」なんて大騒ぎしながら、丹生田が用意してたレトルトのご飯を鍋で温めたやつ皿代わりに食いまくった。  いや、皿の用意もあったんだけど、メシの上にタレついた焼き肉のっけたら、そんで皿とかいらねーっしょ?  「炭火の威力ぱねえな!」  なんつったら、丹生田も「そうだな」なんて感じで、争うみたいに食ってたら、けっこう買ったはずの肉とか、いつのまにか食い切っちまった。  その頃には炭火も少し弱くなってて、またお湯湧かして入れた紅茶と、ゆっくり焼いた野菜とかで、まったり過ごす。丹生田のリュックはすげえ。ドラえもんのポケットかよ? つうくらいなんでも出てくる。  薄暗くなってきたなと思ったら、ランタンまで出てきた。つってもちっこいやつな。  それテントのポールのトコにかけて、ちょい明るくなった。  けど、自然な夜だ。  紅茶でほっこりして、ぼーっと見上げると、星空がめちゃキレイで。 「うあ~」  とか言いつつ目を擦る。  腹くちくなったのと一日歩き回ってたのとで、自然口数が少なくなってた。「眠いか」声かかったんで「うん」とだけ答える。  だって山ん中だから、自然に暗くなるわけで。眩しいと眠れねーけど、この自然な暗さは眠気を誘うわけで。 「寝袋の用意はしてある」  なんて言われたけど「ん~~、でも」とアタマ振り、ティーバック二個をコップに放り込んでお湯注いだ。紅茶濃いめに入れれば、眠気覚めるだろ。  だってせっかくのキャンプなのに、丹生田と二人でこんな、星いっぱい見れるのに、寝ちまうなんて……もったいない。 「明日もある。眠いなら入ればいい」  言いながら、まだくちつけてなかったコップを、そっと取り上げられた。 「う~~」 「今日は俺も早く寝る」 「そーなの?」 「ああ、明日は朝早くから釣りだ」 「あ~~、そっか。んじゃ~、寝るかな」  テントに這い込むと、寝袋は斜めに二つ並んでた。テントちっちゃいからな。わりと密着してる。  ほんわり嬉しくなる。丹生田のやろ、いつのまにこんなしてくれたんだ、なんて思いながら、もそもそ寝袋ん中にもぐりこむ。外でがしゃがしゃ音がした。 「なにしてんの」  眠気でぼんやりしたまま聞くと「炭の始末をしている」と声が返ってきた。  そっか、とか思いつつ目を瞑る。  なんかめっちゃ幸せな気分。誘われるまま眠りに身を任せ……  そんで夢を見た。  夢の中で、優しい目をした丹生田がすぐ近くで「藤枝」とか言いつつ見下ろしてる。  無自覚にでへへと笑み浮かべ、(イイ夢だなあ)とか思いつつ、 「丹生田、大好きだ」  つったら丹生田は照れたみたいな顔になって、それが可愛くて、唇にチューした。触れるだけの口づけだったけど、丹生田の唇は柔らかくて、鼻から息が頬にかかったりして。 (超リアルな夢だな)  なんて思いながら深く深く……幸せな眠りに落ちていった。

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