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113.キャンプ二日目
「藤枝。……藤枝」
身体を揺すられ、薄目を開くと、丹生田が間近で睨むような目をしてた。
「うあ」
寝惚け半分の声が出たんだけどドキバクもする。てか近すぎ!
「起きろ」
ものっそ真剣な黒目の大きい目がまっすぐ見てて、低い声が降ってきて、目をぱちぱち瞬いて
「お。……そか」
呟きつつ手で顔をゴシゴシこする。……フリをして、一瞬キョドりそうだったの誤魔化す。
ばっか、近すぎだっつの! つかヒゲ伸びててもカッコいいな。なんて思っちまいつつ
「……何時?」
なんとか普通の声出す。
「五時半だ」
「はあ?」
思わず携帯取りだし時間を確かめる。まさしく五時三十分ジャスト。さすが丹生田、数字は適当言わねえ。……てか、じゃなくて!
「つか早すぎだろ。俺もっと寝る……」
「朝の方が釣れる」
「ツレる……ああ!」
ガバッと起き…ようとしたけど、しっかり包まれた寝袋に阻まれ、慌ててファスナー開きつつ
「釣りか! 行く、行く行く!」
丹生田が「静かに」と囁いた。
「周りはまだ眠っている」
「あ、わりわり」
怒鳴ったワケじゃねえけど地声デカいんだ俺って。
くちを噤んでウンウン何度も頷くと、丹生田は片方の口の端を上げ、つまりちょい笑ってテントを出てった。慌てて追いかける。
バーベキューコンロには既に炭が熾ってて、鍋にはお湯が沸いて、網の上のホイルにはおにぎりが載ってて、ジューとか音して香ばしい匂いして
「座れ」
なんて言いつつ丹生田がおにぎりに醤油かけてる。ホイルの上に染み出すと音と共に香ばしさが漂って、無意識にゴクンと喉を鳴らす。
「つか、おにぎりなんてどっから出てきた?」
「レトルトのご飯を握っただけだ」
「ほー、すっげうまそう」
ニヤニヤしちまってたら、低い声が返った。
「コレは弁当だ」
「え、じゃ朝メシは?」
ぬっと差し出されたのはカップ麺だ。
「あ、コレ」
「藤枝が買ってくれたのを、今朝は食おう」
昨日管理ロッジで買ったやつだ! ぱああ、とか多幸感湧き上がる。
「そだな!」
思わず言っちまって、デカい声出しちゃったから、やべやべとくち閉じて照れ笑いしながらカップ麺を受け取る。丹生田が鍋から熱湯を注いでくれた。
待つのももどかしい三分後、丹生田は、昨日取ったクレソンを「塩漬けにしておいた」なんつって入れてくれた。いつも食ってるのと同じのなのに、なんでだか、めっちゃうまかった。
しっかり焼いたおにぎりふたつを冷めたホイルで包んで、昨日回った釣り用の貸しボート場へ行った。ココは朝早くからやってるみてーで、ボートを借りに来たひとが既にいて、荷物積み込んだりしてる。
丹生田が「済みません」と小屋の人に話しかけた。
「ボート使うの? 十時過ぎないと空かないよ」
「初心者がいるので、湖岸で釣ります」
なんつってる間、暇なんで、ボートにクーラーボックスやら積み込んでるニーサンに「めっちゃ早くからやるんスね」とか話しかけた。
「魚が寝ぼけてるうちに釣り上げようって作戦、なんてね~」
ヘラッと笑ったニーサンは、赤いキャップに黄色っぽいベスト着て、いかにも釣り人って格好だ。
「え、釣りって作戦立ててやるんスか?」
クーラーボックスをドンと置いて、ニーサンはニヤニヤしつつキャップを脱いで「あ~」なんて言いつつかぶり直す。
「あのデカいのが言ってた初心者っておまえか。どうりで釣りの醍醐味がわかってない」
「醍醐味ってなんスか」
「釣りってのは頭脳戦だ。まあ、デカいのに聞いてりゃ分かるだろ。……そうだ」
ニーサンはクーラーボックスを開いて、ビニールのちっちゃい包みを取り出し、差し出した。
「ほれ、コレやるよ」
「え、なんスか」
手に乗ったそれはキンキンに凍ってた。
「エサだよ」
「え、使わないんスか」
「ルアーだから撒き餌しか使わないんだが、念のために持って来たんだ。でもまあ、天気も良いし、使わねーだろうしな。初心者くんにはコレの方がいいだろ」
「マジすか!」
なんてやってたら丹生田が竿二本持って来た。
「見ろよ、エサもらったぞ!」
無言でチラッと目をやってから、丹生田はキッチリ頭を下げ「ありがとうございます」と言った。
「お、ちゃんとしてるな。いいねえ」
ヘラッと笑ったニーサンは、またクーラーボックスの蓋を開くと、ビール二本出して丹生田に投げて寄越す。危なげなく受け止めた丹生田に「やるよ」と言った。
「その初心者くんに、釣りの楽しみ方を教えてやれよ」
どうにもノリの軽い赤いキャップが言いながらサングラスをかける。するとなんだか怪しい雰囲気になった。無言で軽く礼を返し、身を翻した丹生田は「行くぞ」と呟くみたいに言い、ずんずん歩いてく。
「気に触ったかな? まあ頑張れよ」
ヘラッと言われ、慌てて「どうもッス」とだけ言って丹生田を追った。
「どしたんだよ。らしくねえ」
かけた声が不満げになっちまったのは、いつも礼儀正しい丹生田なのに、あのニーサンに対してらしくない、と気になったからだ。
「……俺らしいさ」
「え」
「このうえなく」
黙々と進む背中から返った低い声は、なぜか吐き出すような勢いがあり、頭上にはてなマークを飛ばしつつ、あとをついて行く。少し歩いて、湖畔で立ち止まった丹生田が振り返って
「ここにしよう」
と言った。
その表情は、こないだみたいに分かりにくかった。
釣りは楽しかった。
もらったビール飲みながら、丹生田が「水草の陰に魚が隠れてる」とかって、魚の生態についても教えてもらう。それをアタマに入れ、おびき出す作戦立てて竿動かしてたら、ちっちゃい魚が釣れて、めっちゃ嬉しかった。
それからふたりでちっちゃいのを何匹も釣った。
その場ではらわた取って塩してジップパックにしまう丹生田の手際良さに絶賛の空気を隠さず見つめる。丹生田はなんも言わねえけど、笑みがかなり自慢げだった。
弁当の焼きおにぎりもうまくて、虫の声降る湖畔は別世界みてーで、別の時間が流れてるみたい。
変な虫が寄ってきて騒ぐと丹生田が虫を追い払い「もう大丈夫だ」とか言って、揺るぎない低い声とまっすぐな眼差しにホッとしたり。マジで俺って安い。
帰りには山道を通り、昨日行った沢にも行って、またクレソン取った。緑の中に鮮やかな色がぽつん。ピンクの花が奥に見えたのだ。気になって茂みかき分けて近づくと、
「うひっ!」
めっちゃ蜂がいてビビりまくる。
後ろでそっと丹生田が言った。
「アレの蜜は甘いんだ。が、今回は蜂に譲ろう」
なんつって目を細めて、またハッピーゲージ上がりまくる。
それから昨日のぞいた農家の人がやってる店に行き、トマトとかナスとかキュウリとかイモとか自家製のベーコンとか買ってテントに戻る。釣った魚を出し、炭熾したコンロで焼いて、付け合わせのクレソンと食った。めっちゃうまくて感動だった。トマトとキュウリはまんまかぶりついて、ベーコンや野菜も切ってスープ作ってパスタぶち込んだのも旨かった。
それから風呂借りにホテルへ行った。
「ヒゲを剃った方がいい」
とか丹生田に言われたんで、「あ~、ヒゲ濃いのメンドイよな」なんて言いながらざりざり剃る。
「これでいい?」
と聞いたら、じっと見てきた丹生田が「寄越せ」つったからヒゲ剃り渡すと、ほっぺのあたりとか残ってたのを剃ってくれた。顔近くてドキッとしたけど息止めて誤魔化す。
そのままラウンジに行き、ふたりでビールを飲んでたら、野上さんとはるひが来た。野上さんはウイスキー、はるひがオレンジジュースを一緒のテーブルで飲んで、少し話をした。
「あたし明日帰るの。おばあちゃんも一緒に」
「そっか。気をつけてな」
「これからもお会いしたいわねえ」
なんて野上さんが言ったんで、
「いいっすね! いつでも賢風寮に来て下さい」
ニカッと笑う。
「女性は入れないけど、大学を案内するし」
「あら、ステキ。殿方だけで住んでらっしゃるのね。では伺う前にお電話差し上げますわ。連絡先を教えて下さるかしら?」
答える前に丹生田が自分の携帯番号を言い、はるひが自分の携帯に登録するのを、野上さんは目を細めて見ていた。
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