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120.やった、ディナー!

 けど、けど……  くち開いたら、なんかヘンなこと言っちまいそう。  つかさっきのアレ、アレなんなの? 意味分かんねーし……  んでもヤな意味じゃねー気がする。だってめっちゃ優しい感じだったし。けどもし違ったら?  なんか分かんねーけど、もしすっげーショックな事だったら? 耐えらんなかったら一人で帰るのか俺? つかまだメシも食ってねーし、いやいやいやそこじゃねーだろ。つか……  チラッと横見ると、丹生田はなんか、満足そうな顔だ。  なんだ? どういうこと?  つかなにやりきった感出してんだよ。意味分かんねーよ。  脳内はやかましいことになってたが、それぞれ空を眺め続けたまま客観的に言葉を交わさないまま時間が経ってく。  殆どが薄青だった空の色が徐々に薄桃から橙、群青へと変わってく。アタマん中色々で、ちょい疲れてきて、思わずため息が出る。 「……寒くは無いのか」  丹生田の声が聞こえた。 「えっ」  横を見ると、眉寄せて見てた丹生田が、なぜか目を逸らし、また空を睨んだ。 「服を着た方が」 「ああ、いや。汗が」  丹生田の声に脳内の騒乱が一時的にとまる。見返してニカッと笑ったのは単なる習性だった。 「……つかもう汗ひいたわ」  気温はまあ夏だし、寒くは無かった。  けど、そういや上半身タオルだけだ。 「なんか着るよ」 「……その方がいい」 「うん」  答えて部屋に戻り、リュックごそごそして取り出したパーカーを着る。  なんか変な雰囲気だ。いままで丹生田と二人でいて、こんな気まずい感じになったことないんじゃね? つかこっちが勝手にテンパってたことはあったけど。……あれ?  あ~……そっか。  なんだよ俺が勝手に考え過ぎてんじゃね? だよな。そうだよ気にすんな、バカか俺。てかイイじゃん、丹生田なんか嬉しそうだったし。  良くやる『まあいっか!』で無理矢理、力業で思考の方向を変える。  そのときタイミングを計ったように部屋のチャイムが鳴った。 「俺出るよ!」  ベランダへ声をかけ、ドアを開くと、ワゴンを押したおねーさんがいた。 「夕食は十八時とお聞きしております。お時間ですのでセッティングさせて頂いてよろしいでしょうか」  ちょい空気固まってたから、おねーさんの感じイイ笑顔になんかホッとする。 「もちろんっす!」  ドア前を空け、お姉さんを通しつつワゴンの上見て声を上げる。 「おお~、豪華っすね!」  洋食メインの彩りよい料理がたくさん。すっげうまかった鱒の焼いたのもあった。黒い皿の上に笹が敷いてあって塩かなんかで飾ってあり、なにげに手が込んでる。他の皿の彩りもキレイで、なぜか氷に突っ込まれたシャンパンとかもあったりして、スペシャル感ぱねえ!  お姉さんはテーブル上の花瓶の位置を変え、三股キャンドルスタンドの蝋燭に火を灯し、てきぱきと皿を並べていく。ナプキンの飾り折りまであって、ちゃんとしたディナーって感じで、ちょい感動。写真とかで見たことあるけど、目の当たりにするのは初めてだ。  リビングに戻ってきた丹生田も、「ありがとうございます」うっそり頭下げてる。 「うわー」  感嘆の声を上げつつスマホ取り出し、テーブル上を撮った。ご飯はおひつがワゴンにあり、足りなければ追加も致します、とニッコリしたお姉さんにまた感動。俺らの食いっぷりも考えてくれてるわけだし。 「なんかすんません!」  とか言いつつ色んな角度で撮ってたら「よろしければとりましょうか」とお姉さんが言った。 「え?」 「お二人の入った写真を撮りましょうか」 「あ!」  おお、丹生田と良い雰囲気の2ショット!  上がったテンションのまま「ハイ! お願いします!!」つってスマホ渡す。 「丹生田そっち座れ! ほらちゃんとおねーさんの方見ろよ! そんでニコッとかしろって、せっかくなんだから!」 「………………」  若干キョドり気味の丹生田に、おのずとニカッと特上笑顔になりつつ、食卓を挟んで座る感じで、何枚か写真を撮ってもらう。画像を確認して、こわばった表情の丹生田に「なに緊張してんだよ!」爆笑しながら言うと「すまん」と眉を寄せてて、カッコカワイイ! とかテンション上げてく。 「食後にはデザートもございますので、フロントをお呼び下さい」  おねーさんは微笑んで言い、丁寧にお辞儀して出て行った。 「っし! 食おうぜ! あ、その前に乾杯か」 「……ああ」  シャンパンを開けるのにちょい手間取ったけど、ポンと音立てて飛んだ蓋に「ビビったー」なんて言いつつフルートグラスに注ぎ、ニカッと笑って乾杯する。  こんな部屋でディナー、しかも丹生田と一緒!  コレ死ぬまで忘れちゃイカン奴だろ! なんてテンション上げ上げで、さっきまで色々考えてたこととかひとまず飛ばす。 「…………凄いな」  なぜかため息混じりの丹生田に、めっちゃ笑顔で「だな!」と答えつつ、早速料理をくちに運ぶ。 「うめー!」  つうかこんなシチュだと、百倍うまいかも! なんて感じでテンションは上げたままだ。それを見ていた丹生田は、シャンパンを一気飲みして、ふっとくちもとをゆるめ、 「この部屋は、嬉しいか」  と聞いた。 「ああ? そりゃ、あったり前だろ? つうかこんなん二度とねーだろーし、楽しもうぜ丹生田」 「……ああ、そうだな」  苦笑気味に箸を伸ばして、丹生田も食い始める。 「つかさ、最初雨降ったときはどうなるかと思ったけど、俺らめっちゃラッキーなんじゃね?」  うまい料理と雰囲気にテンション上がりっぱなしで言うと、丹生田は目を細めたまま「ああ」と呟くような声を漏らし、黙々と食い進めてる。  考えたら寮食でも学食でもどっかでメシ食うときでも、周りに誰かいたわけで、こんな風に差し向かい、二人っきりでメシ食うとか初めてじゃね? なんてさらにテンション上がりつつ、お互い飯もおかわりして、食事はあっというまに食い切った。 「うぁ~、うまかった~」  満腹の腹さすりながら言うと、丹生田は少し笑んで腰を上げ、フロントに電話した。 「デザートは抹茶アイスで」  とか言って、「おお! 分かってるね丹生田くん!」とかはしゃいだら、また丹生田は細めた目でチラッと見てビールも頼む。 「おい、冷蔵庫にまだビールあっただろ」 「もう飲んだ」 「て、全部?」 「ああ」  ええ~? だって冷蔵庫には500缶のビールが4本はあったよ。それ全部飲んだって? 俺が風呂出てから、ずっとベランダにいたわけだから、その前に、つう事? 丹生田そんなビール好きだっけ? つか昨日もビール飲んでたし、好きになったのかも、とか思う。 (あ~……)  そういや最近、丹生田とあんま一緒じゃねーから、そこら辺わかんねーや。 (つか俺、一番丹生田のこと分かってる、つもりだった、んだけど)  ─────そうじゃねえ、てコトか。  無意識にため息が漏れた。 (……丹生田には丹生田のつきあいがあって、そこでビール好きになった、てことだよな。……なんだよ、俺が一番とか、なに言ってんだ。ぜんぜん違うじゃん)  ちょい落ちそうになったけど、ブンと頭振り、力業で切り替える。 (ばっか! そんなん当たり前だろ! だって保守の仕事もきっちりやってんだし剣道も、つかそもそも仲良くするよう丹生田のことアピールしてたの俺じゃん! むしろ喜ぶべきだっつの!)  だから片付けに来てくれたおねーさんに「めちゃうまかったッス!」とか言いつつ片付けも手伝う。「ありがとうございます」なんて微笑みつつ、おねーさんはテーブルの花瓶の位置を元通りにして、抹茶アイスとビールを置いて去ってった。 「なんかすげーな! ココたぶん、スイートとかセミスイートとかなんだろけど、ここまでサービスすんだな!」  とか言いつつ、またテンション上げてく。ここで俺が落ちてどうする! ってわけで!  したら丹生田は目を細め、「コレも食え」つって自分の分の抹茶アイスをくれた。 「え、イイの? つかおまえは」 「これを飲む」  なんて、早速ビールにくちつけてる。うわ、甘いモンよりビールってか。なんだかなあ、と思いつつありがたく頂き、「うんめ~!」アイス堪能する。  ごくごくビール飲み、ぷはっと息を吐いた丹生田は、目を細めたまま「藤枝が楽しいなら良い」なんて呟いた。 「おまえは? 楽しいか?」  聞くと、「ああ」と言ったくちもとが緩んでて、ああマジで楽しんだな、て分かる。  ならイイや。丹生田が楽しいなら、もう色々どうでもイイや。  ニマニマしてたら、丹生田がビール飲み干して腰を上げた。 「どした?」 「風呂に入る」 「おう」  いってら~、とか見送って抹茶アイス食いつつ、自分に確認した。 (つか大事なポイント間違えるな俺)  丹生田が楽しい気分になってんなら、そんだけでイイじゃん。  笑うとか下手でガラスハートで、なのに丹生田ってば顔に出ねーし、みんな知らねーけどマジで色々あんのに、男だからって、そんな理由だけで頑張ってて。剣道も勉強も寮の仕事も、ぜんぜん手抜きせずにかっちり。  そんでも丹生田は、さっきみたいに笑うようになった。  周りのみんながイイ奴だった。丹生田は良く「ありがたい」って言うし。それになにより丹生田自身が頑張ったから、あんな風に笑えるようになったんだ。  俺も応援するって決めてたけど、なにが応援になるか分かんなくて、できることやってただけだ。だってお母さんとか家族のこととか、なんもできねーわけだし。せめてキツいことばっか考えないで済むように、楽しいこと、嬉しいこと、気持ちいいこと、いっぱい感じて欲しいって、そんくらいのことしかできねーし。  つかそれしかできねーからこそ、そこはカッチリやるしかねえ。それが成功した証が、あの笑顔なんだ。  だから丹生田の笑顔はご褒美だ。サイコーのご褒美なんだ。それに比べりゃ自分のことなんてどうでも良くね?  そう考えて、余計なことを頭から追い出す。

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