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126.少年剣士
髪を撫でられてる。
夢かうつつか不明なほんわりした中に漂ってるつうか、……心地良い色々に包まれてるって感じ。
柔らかいベッド、なんかイイ匂いする布団、暑くも寒くも無い、ちょうどイイ空間で、なぜか安心感ぱねえ。たぶん、触れてる指の動きが、すっげ優しいのにどっか力強いからだ。
ガキの頃、じいさんに起こされるときって、こんな感じだったみてーな……なんて、めちゃシアワセな気分で目を開き
「うえっ」
ビックリした。
「身体はどうだ」
超マジな目でじっと見つめてくる丹生田……なんだけど
「どうした、調子悪いか」
心配そうに眉寄せてる顔が……っ! 近い近い近いっ! 超近いっての!
つか、いやいやいやいや、聞かれてっし、心配そうだし、答えねーと!
「だっ! だいじょぶっ!」
なんとかそう言うと「本当か」と聞かれ「マジマジ!」と返すと、やっと安心したみてーに少し笑って身を起こした。
なんか、昨日から、丹生田は笑ってる。
こんな自然な笑顔、いつの間にか出来るようになってたんだ。
めっちゃ嬉しい。良かったって心から思う。
んだけど……実はちょい寂しい。いや、ほんのちょびーっとだけ、なんだけどさ、……なんつうか丹生田は
もう、俺なんて要らないんじゃね?
……とか。
一瞬思ったけど、いやいやいや、と打ち消す。
ダメじゃん、丹生田また心配そうになってんじゃん! ダメダメ、ダメだ、何があったって応援すんだろ! しっかりしろ俺!!
「つか! 腹減ったな!」
だからニカッと笑ってやった。
すると丹生田はまた、安心したみたいにちょい笑った。
それ見てたら、なんかこっちもホッとして、ヘヘッと笑っちまう。
なんだよ、ガラスハート健在かよ、とか。なら、やっぱ守ってやんなきゃだ。こんなゴツイのに実はガラスハートなんて、めちゃ可愛いけど、やっぱ心配になるわけで。なんて感じでニヤニヤしてたら、丹生田は眉をしかめて言った。
「服を着ろ。あっちで待ってる」
既に服着てヒゲも剃ってきちんとしてる丹生田が出ていった寝室で、ニヤニヤしながら服を着た。
テーブルに着くと朝メシが運ばれてきたんだけど、なんも言って無いのに大盛りのどんぶりが二つ、ドンと置かれた。
うーわ、今朝はなんか、ちょいここまで食えねえかも。
なんて一瞬思ったけど、運んでくれたお姉さんに「どもっす」と笑顔を向け、どんぶりつかんでわしわし食う。最悪残しゃイイし、丹生田もガッツリかっこんでるし、朝の爽やかな空気壊すのもどうかなって感じで。それに焼き魚とか具だくさんのみそ汁とか漬け物とか、うん、やっぱココの朝メシうめえ!
したら「ふえ~」と、幼い声が聞こえた。
そっち見たら、茶碗持ってほっぺに飯粒くっつけた男の子が、隣のテーブルでくちをあんぐり開けてる。
五歳くらいかな? やんちゃっぽい感じで可愛いなあ、なんて思ってニッと笑いかけたのに、あっさり無視された。そんで丹生田を指さしながら向かいに座ってるお父さんらしい男の人に「ぼくもあれ」とか言ってる。
「無理だよ」
お父さんが言うと、男の子は不満そうに「ええ~」くちとんがらせて茶碗を置く。子供用とかじゃ無く、お父さんと同じ茶碗だ
「マンガのが嫌だって言ったから同じ茶碗にしてもらっただろ。ちゃんと食べなさい」
「でも、あれ」
「ほら、茶碗持って。残さず食べるって約束したろ」
「やだ! あれっ!」
とか、どんぶり飯かっ込んでる丹生田を指さして駄々こねてる。
「もうワガママ言っても聞かないぞ。それを食べなさい」
「あれがいいっ」
「ケンタ! おとなしくしなさい!」
お父さんが叱ったら、ケンタは「やだ~っ!」ヒートアップした。
「あんなにいっぱい食べられないだろう。残したらダメなんだぞ」
お父さんはちょいおろおろしつつ、小声で言い聞かせようとしてるんだけど、ケンタは聞く耳持ってない。
「やだやだっ! あれーっ!」
めっちゃ頑張ってンの見て、ククッと笑っちまった。ガキの頃のこと思い出したのだ。
じいさん達が食ってンのがめちゃうまそうで、しかも格好良く見えて、おんなじの食いたいってゴネたことが、俺もあったなあ~なんて。
だからメシかっ込んでる丹生田に「おい」と声かけ、半分くらいまで減ってたどんぶりにドサッとメシを移動させた。普通の飯椀一杯分くらい残ったどんぶり持って隣のテーブルに行き、子供の前にドンと置いてやる。
「わあ!」
パッと顔を明るくした子供は、両手でどんぶりを持って、めちゃ嬉しそうにニコニコだ。頭ワシワシしてやってからケンタの茶碗を取り「とっかえっこな」つった。
すると子供はやっとこっち見上げて「うん」と素直に頷いた。
「つうか、こういうトコで騒いじゃダメだ。お父さんの言うことちゃんと聞け」
言ってやると、頷いてから嬉しそうにどんぶり飯をかっ込み始めた。その様子は、まるで丹生田の真似っこだ。ククッと笑いながら席に戻ったら、
「済みません」
お父さんが軽く頭を下げて言った。
「なんもっす。俺も、ちょい多いなって思ってたんで」
「けれど彼が……あんなにたくさんは……」
と続けたお父さんは、「済みません」と手を上げた丹生田が「おかわりを」と言ってるの見て目を丸くしてて、また笑っちまう。
メシ食い終わってから部屋に戻り、荷物まとめてロビーへ降りる。まだ九時くらい。無料バスが十時出発だから、ちょい時間余ってたけど、なんかあの部屋にいると、丹生田が居心地悪そうだったから早めに出た。
リュックも背負ってまんま帰れる状態だし、いっぺん外出てそこら辺ウロウロして、ハーブガーデンとかゆっくり見たりして、
「まだ時間あんな、どうする?」
なんて聞いたのに、いきなり「すまん、忘れ物をしたような気がする」とかって丹生田はホテル方向に走っていった。
「えっ、おい~」
なぜか全力疾走の背中を追って、たらたら歩く。だって明らかホテルに行ってるし、走って追いかけるのもなあ。歩いたって追いつくだろ。
つか。
起きてからずっと丹生田がいたから、ちょい一人で考えたかった、てのもあったりして。ちょい……つうか、なんか、丹生田が優しい。
そんで妙に浮かれてるっぽい。
良く笑うし。さっきもケンタがメシかっ込んでんの横目で見てニヤニヤしてたし。
いや、良いんだよ。丹生田が嬉しそうなの、ゼンゼン良いんだけど、なんか、なんかなんとなく、…………いや、いやいや、イイんだよな。うん。
なんて考えてたらホテルに着いた。
ロビーに入ったけど丹生田降りてきてないし、まだ時間あるし、そこら辺のソファにリュック下ろしてたら、「あ~!」と甲高い声がロビーに響いた。
「お~、ケンタじゃん」
ニカッと声かけると、ダーッと走ってきて、ガシッとタックルされて、無防備に突っ立ってただけなんで、ソファに倒れ込んじまった。
「こらケンタ! お兄さんが倒れちゃっただろ」
お父さんが慌てて追いかけてきて、「済みません」と頭下げてくる。
「いや、平気っす。つかケンタ元気っすね!」
五歳児に倒された気まずさを押し隠し、ニカッと笑い返した。
*
部屋に駈け入った健朗は、ドサッとリュックを下ろして開き、中を改めた。
藤枝が目覚め、笑顔を見て健朗は舞い上がった。舞い上がりすぎてジェルのボトルの回収を忘れた、ような気がしたのだ。
結局眠れなかったので、しっかり片付けはした。ここ数日まともに寝てない気はするが、体調は問題無い。しかし精神面は別だ。片付け作業をしながら、気もそぞろだったように思う。
藤枝がぐっすり眠っていて、その寝顔が美しくて、妙な気分になりがちだった。しかし藤枝の睡眠を邪魔してはイカンと自分に言い聞かせ続けていた。ゆえに見落としがあった可能性はある。
コンドームをティッシュの下に隠したとき、ジェルは枕の下に入れたのだ。厚みがあってティッシュボックスでは隠しきれなかったからだが、使ったあとリュックの中に戻したような気もする。
が、なぜかはっきりと思い出せない。
万が一忘れて帰るなど……想像しただけで全身にどっと汗が出た。
考え始めると気が急いたが、その場でリュックを開いて確認など出来るわけが無いではないか。ゆえに藤枝にひとこと置いて、ここに走り戻って来たのだった。
リュックの中身を次々取り出し、そこらに放置していた健朗は、チラッとそれを見て、かつて橋田に『出しっ放しはやめてもらう』などと苦言を呈していた自分がこのざまかと苦い笑いを刻み、次いでハッと顔を上げた。
そうだ、何事も出しっ放しにはできない、細かいことが気になってしまう自分のことだ、無意識に元通り、枕の下へ戻してしまったのでは。だとしたら、藤枝の寝ていたベッドの上や枕の下までは確認していない。健朗はリュックを放り出し、寝室へ駆け込んだ。
確信に満ちた足取りでずんずんベッドへ進み、枕をつかむ。持ち上げたその下に、ボトルはやはりあった。
安堵のあまり、はぁぁ~、と息を吐きつつ身体の力が抜けていく。
思い出して良かった。こんなものを発見されたら……想像しただけで羞恥で死ねそうだ。
ともかく、懸念は解消出来た。
散らばったものをリュックに詰め込み、ロビーへ降りると、藤枝が子供とじゃれ合っていた。食堂で見た子供だ。二歳とか三歳、だろうか。子供の年齢は分からない。そばに父親が笑顔で立っている。
そうだ、この子は健朗の顔を見ても泣かなかったし、恐がりもしなかった。
歩み寄っていくと、藤枝がパッと顔をこちらに向け、ニッと笑う。
その笑みがなにか企んでいるように見え、嫌な予感を覚えて足を止めると、藤枝は子供の肩を叩いて「おい、あの兄ちゃんだ」と言った。子供はハッと振り返り、キッと睨んでくる。
なにごとかとひるみを覚えつつ突っ立っていたら、子供は父親からおもちゃの刀を奪い、一直線に突き進んできた。
「めーん!」
確かに上段の構えだった。
が、切っ先は肩まで届いていないので、面など打てるわけが無い。振り落とそうとする刀を、健朗は片手でつかんだ。おもちゃの刀はプラスチックの中空で、当たったとしても問題無さそうではあったが、それが可能な程度の剣速でしかなかった。
「なっ! はなせえ~~っ!」
少年は叫びながら暴れたが、健朗の手は刀をつかんだままびくともしない。それも少年剣士にとっては屈辱だったようだ。
「くそっ! くっそぉー!!」
刀を取り戻そうとして渾身の力を込めているらしく、顔が真っ赤になっている。
「無駄だってケンタ」
藤枝の声が聞こえ、そちらを見ると、満面の笑みだった。
「その兄ちゃんめっちゃ強いからな。おまえなんて片手でちょいだ、つったろ」
「ケンタ、もうやめなさい」
子供に声をかけつつ抱き上げた父親が「済みません」と健朗に頭を下げた。
片手でいなされた少年は、父親に抱かれてしきりに目を擦っている。声を出さずに泣いているようだった。泣かせてしまったのか、と健朗は罪悪感を覚えてしまう。
「イイんすよ、お父さん。こいつそんなん気にしねーし」
言いながら腰を上げた藤枝が近づいてきて、
「わり、丹生田」
片手で掴んだままどうしたらよいか迷っていた刀を、さっと持って行きがてら、コソッと言った。
「めっちゃ剣道強い兄ちゃん来るぞ~って、俺が教えちまったんだ」
受け取った刀を見て目を上げた男の子は、もう泣いていなかった。
少しホッとしていたら、その表情を見た父親は、
「こいつ、剣道始めたばっかりなんですよ」
苦笑しながら言った。
「いきなり強くなった気分みたいで……いくら子供のやることでも、いきなり斬りかかられて驚いたでしょう。済みません」
また頭を下げようとした父親に「いえ」健朗も少し頭を下げた。
「俺も大人げなかったです。彼には悪いことを」
「悪いこと?」
驚いたように問い返した父親に、健朗は「彼のプライドを傷つけたようで」と低く言い、父親の腕に抱かれたままの少年を真っ直ぐ見た。
少年も健朗を真っ直ぐ見ている。今は泣いていない。
「剣筋はなかなか良かった。頑張って力をつけると良い」
そう言うと、少年はポカンとくちを開いたまま、まだ涙の痕跡が消えない目で健朗を見つめた。
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