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129.定例会
定例会は執行部室で行われる。
メンバーは各部の部長、副部長と執行部役員のみだ。
「ではエアコン設置関連で他に報告はないですかぁ?」
司会進行は副会長が行うのが通例で、今年度は姉崎がやってる。
「はい、ないですね~。では新たな議題。お待ちかねの『寮祭』です! はい、拍手拍手~。盛り上げていこうよ~」
「別に待ってねえぞ~」
「つうかなんでわざわざ面倒なことやるんだよ」
「元気だねえ……」
「ていうか、僕はさぁ」
合いの手のような声の一切が聞こえてないかのように、おなじみのハリウッドめいた大げさな仕草で両手を広げた姉崎は、うさんくさい笑顔で皆を見回した。
「常々不思議だったんだ。ねえ、どうしてこの寮には留学生がいないのかな」
いきなり話が飛んだ、と、皆が怪訝な目を向ける中、「はぁ?」ひときわデカい声を上げたのは藤枝だ。
「なに言ってんだおまえ。それと寮祭と、なんの関係あんだよ」
「関係はあるよ。ていうかそもそも、寮祭を開くって考えついたのは、そこから来てるんだから」
クスクス笑いながら言う姉崎に、また声を上げようとして息を吸い込む藤枝を制するように、施設部長、大田原が言った。
「まあ、あくまで日本式の寮風だからな、ここは。外国人には住みにくいんじゃないか」
「え~、大丈夫だよ。僕がやれてるんだから、外国人には無理って、それは偏見」
「おまえは日本人だろ」
「僕って六歳からアメリカにいたんだよね。こっちで生活し始めたのなんてつい最近のことでさ、日本的な感覚なんてゼロに近いんだけど、まったく問題無いでしょ」
まったく問題無い、ことはないな、とその場にいた全員が内心思ったが、それを誰かがくちにする前に、姉崎は機嫌良さそうに続けた。
「ていうかここはさ、『日本式』なんかじゃないよね。『昭和っぽい』と言うべきなんじゃない?」
「確かになあ」
と声を上げたのは総括副部長、大熊だ。
「古くさいつうか、面倒くさいわ、確かに」
にやにや言うのに眉を顰めつつ、尾形会長が姉崎を促すように視線を送った。雅史もいつものすまし顔のまま見返したので、事前に三人で話してたらしい、ということはみんな察しただろう。
「はいはい、話逸れちゃった。ごめんね」
クスッと笑って肩をすくめるおなじみの仕草を眺めつつ「結局なにが言いたいんだ」と睨んだのは会計の安宅さんだ。言葉少ないけど目力がある。
姉崎は降参のポーズで「了解」と言い、ニッと笑う。
「つまりね、この寮って規則とか面倒くさいけど、寮費が安いし、留学生には魅力的な部分もあると思うわけ。ていうか逆にココって、あんまり人気ないじゃない? 今回エアコンは設置したけど、建物はボロいし色々ポイント低いしね。そこで!」
声を高めてくちを噤み、笑みの乗った視線を巡らせてから、
「僕は考えたわけ」
低い声の後、ニッと笑う。
わざとらしいタメだが、姉崎のトークスキルは高い。自然とみなの意識を集めてる。
「大人気で入寮者を選んじゃえるような、新たな寮を建てちゃえば良いんじゃないかって」
「なにを唐突に」
保守の小谷がビックリしたみたいな声を出した。
「ホラ、そんな怖い顔しないで小谷さん、ちょっと考えてみてよ。そういうのがあれば、きれいな寮に住みたいって女の子なんかも募集できるだろうし、そこの寮費は少し高めに設定しちゃえるかも。ねえ、それなら利益も出るんじゃ無いかな」
「ちょっと待てよ。そんなの一体どこに建てるってんだ」
「そうだぞ、建てかえとか無理だろう。その間どこに住めば良いんだ」
「駐車場に建てれば良いじゃない。無駄に広いんだし」
自信満々の姉崎の声に、考え込むような数人が出た。
「利益が出れば、この寮にもフィードバックできるよね。たとえば外装とか、耐震の補強とかさ。玄関周りの改装とかもしちゃいたいトコだよね、セキュリティ的に」
藤枝が考えこみつつくちを開く。
「そもそもあの駐車場って、前の、木造の賢風寮があった場所だって聞いているよ」
なにげに藤枝はこういうとき役に立つ。賢風寮の歴史とか風聯会関連の知識は無駄なほど持っているからね。
「取り壊して更地になるってんで大学側から空いた場所に大学の施設を建てたいって言われたけど、土地が風聯会のだから断ったんだって。でも場所はあくまで大学構内だから、なんでも好きに建てるわけに行かねーし更地のまんまにしとこうってなったって。けどまんまじゃアレだからアスファルト打って駐車場にしたって」
「なるほどな。大学側と揉めたくなかったわけか」
言いながら尾形さんが頷いた。
「あそこに新寮を建てようとか、利益を得ようってんなら、大学にも話を通さねえと、なんじゃねえの? 資金面とかも含めて風聯会にははもちろん言わなきゃだし」
続けた藤枝に、姉崎は大仰に頷いて言った。
「うん、そうだよね。さすがに僕らに出来る範囲は超えちゃう。でもまあ、そこは風聯会に任せることにして、その前に僕らが出来ることがあると思うからさ」
「できること?」
「そう! つまり問題のひとつ、賢風寮 が排他的な印象を持たれてること、これを解消しておこうかなってね? ていうかさあ、ねえ、みんな。一度は経験してると思うんだけど」
また言葉を切って、姉崎は探るような笑みで皆を見回した。
「どこに住んでるか聞かれて答えたとき、『ああ、あの賢風寮なんだ』って、ちょっと引き気味になられちゃった、なんてことあるんじゃない?」
確かにそういう面はあると、皆頷いている。
部外者立ち入り禁止。これがまず大きい。入れない場所に何があるか、邪推する奴は後を絶たない。
それにOB会が強力だから大学内でも就職の面でも賢風寮生はおいしい、と思ってる奴も多い。
ボロくて狭くて面倒な規則に縛られる、そんな寮に魅力なんて無いに決まってるのに、あえてそこで暮らそうって奴は、そういううまみを狙ってるんだろう。
うまくやりやがって、とか。
そういうセコイ奴なんだ、とか。
ひとを見下してるんだろう、という被害妄想とか。
賢風寮ばっかズルいじゃん、なんて言われることもある。
そういった、やっかみ混じりの色眼鏡で見られることを、賢風寮生ならみんな一度は経験してるだろう。それで居心地の悪さを感じてしまうから、大半の新寮生が一年で出て行ってしまう部分もあるのだ。
「それは分かる。みんなもきっと分かるだろ。だがそれと寮祭と、どういう関係があるって言うんだ」
監察部長である瀬戸が問うと、ニッと笑った姉崎は両手を広げた。
「だからさあ、イメージアップ作戦だよ。親しみやすいイメージつくっちゃおうっていうこと」
「え」
「どういうことだ」
「繋がらないぞ」
戸惑いを隠さない面々の声に、満足げに笑みを深めた姉崎は声を高める。
「そういう思い込み激しい面倒な連中なんて、寮祭だ、寮に入れる、なんて聞いたら絶対に来るよね。で~、どんどん来てもらっちゃうんだよ。実態見せればいいじゃない。そもそも部外者立ち入り禁止ってのも意味分からないから、やめちゃおうよ。だってセキュリティってなに? ってくらいボロい建物なのにさ、なに言ってんのかなあ。ねえみんな、そう思わない?」
一年半ほど前、ここにいるメンバーの過半数が寮則を改編するために動いたのだが、その際『部外者立ち入り禁止』を問題視する者もいたけれど少数派だった。施設部から「勝手に出入りされてあちこち壊されたらたまらない」という声があったことも一因だったけれど、
『それよりもっと先に変えるべき部分がある』
という意見が多かったために、この一文の削除に消極的だったのだ。
「賢風寮、そんなヤな奴ばっかりじゃあないんだよ、的な。ね? 秘密主義でも無いし、どんどん遊びに来なよって、そういう風にしちゃえば良い」
当時、もっとも強硬に『そんなのやめちゃおうよ』と主張していた姉崎は、当時ただの一年生でしか無く、彼の声の及ぼす影響は小さかった。しかし今やその声は、寮内で一、二を争うほど影響力を持った。
誰もがあれば良いと思っていたけれど、誰もくちに出さなかったエアコン設置。それが実現したのは、まさしくこの男が、かなり強引でありながら強い意志を持って目的に向かったからだと、今やここにいる全員が知っている。
「就活で卒業間際まで苦労するひともいる。三回留年してるひともいる。ゲーム課金しまくってカネ無いやつもいる。賢風寮っていっても、それほどおいしいわけじゃないよってこと知らせないとさあ。居心地悪いまんまだよね」
そして今展開されてるのが、かなり強引な、無理のある論法だと感じ取ってもいる。
「留学生を受け入れるって言うのも、排他的な印象を消せると思うんだ。だからそれも進めていく。ていうか今時、国籍で入寮者を選別するなんて時代感覚欠如してるとしか思えないしね」
しかし、ひどく上機嫌に持論を展開しているこの、きれいな顔したメガネ男が、おそらく今回も思い通りに事を運んでしまうのだろうと、諦めに似た予測を感じ取ってしまいつつ、皆は思う。
「ねえ、みんな。イメージ一新した上で新しい寮を建てて、毎日楽しく暮らせるように、居心地良くしようよ。楽しくなきゃ、なんのために生きてるのって話でしょ。だからやろうよ寮祭」
結局こいつは、これだけなんだよな、と。
「なんだって楽しんだもの勝ちなんだからさ」
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