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130.戻った日常

 八月三十一日、食堂で風聯会主催の打ち上げが行われた。  帰省完了してたし会場が会場なんで、メシ食いに来ただけってのも含め、寮生ほぼ全員が参加した。OBもけっこう顔出して、かなり盛大なコトになったし、現役OB問わず大量の二日酔いを発生させたわけなんだけど、そこでなにげに活動してた奴がいた。  ……つうか姉崎なんだけど。 「お疲れ様です先輩~」  OBが何人か集まってるところにニッコニコで顔つっこみ「寮祭やろうって話が出てて~」なんて他人事みたいに話しかけたりしてて。  そんでOBたちも乗り気な反応多かったりして。 「いいな、俺も顔出すかな」 「協力できることあるなら声かけろ」  なんだけど、正式に寮祭を開くなんて申し入れても難しいんだろな、と思ってんだ。  俺はガキの頃から今の風聯会幹部殆ど知ってるし、総括関連でちょいちょい事務局に顔出したときとか、なにげに「寮祭やりたいって奴がいる」的なこと聞いてみたりしたんだけど、 「無制限に部外者が立ち入るのか」  なんて感じで、たいてい渋い顔してたんだよな。  だから、意外にも好感触な姉崎の活動見てて 「意外にやれんのかな、寮祭」  とか近くに来たとき言った。 「無理っぽいと思ってたけど」  したら姉崎のやつ、へらへらして 「なんでやる前にあきらめ気味なのかなあ? 意味分かんないよね。藤枝なんだから当たって砕けるくらいの芸当見せてよ」  せせら笑いやがったから、カッとして殴りかかって、逆にのされたりした。マジでコイツ意味分かんねえ。  つうか俺が知ってんのはじいさんの友達、つまり幹部だけだしなあ、総括部長として行くのも事務局長のウネっちん家だったりタイおっちの家だったりなわけで。  今の幹部は警察や大学が強硬に寮を管理しようとしてた時代、賢風寮の自治を守ろうと頑張ったメンバーなわけで。涙を呑んで内にも外にも厳しいルールを作り、寮則を厳密に施行することで、外部の介入を防ごうとした。そんな人たちなわけで。  寮を守りたいって意識が、マジ怖いくらい強いってか。  正直、今は警察の介入とか官憲がどうしたとか、そんな心配いらない気もすんだけどな。風聯会は社団法人としてしっかり確立してるわけだしさ、そこが所有してるってコトで信用あるってか。  なのに過剰反応気味になってんのは、クセになっちまってんのかな? わりといっつも強硬な感じの反応くるし。まあ機嫌良くしゃべってるじいさんたち見てたら、ま、いいか、て笑っちまうてか。  それに部外者立ち入り禁止なんて規則、昔は無かったらしいんだよね。じいさんたちはよく昔話してるんだけど、寮生で駆け落ちするってやつがいて、寮で相手の女性を匿った、なんてこともあったらしいし。  あ、てことは女人禁制でも無かったぽいじゃん。  もしかして昔は超自由だったんかなあ、賢風寮。   *  翌日には講義が始まり、大学は日常に戻った。  まだまだ残暑厳しいんだけど、今年はエアコンあるわけで、なにげに快適になってて、寮には去年の同時期より確実に人がいる。  そんで、そこここで広報活動が始まっていた。 「そんなわけだから、寮祭に向けてGo! だよね! ねえ、なにやりたい?」  なんつってる姉崎とそれに乗っかってる連中が、食堂とか娯楽室とかで盛んにやってるわけ。まず全体の意見を寮祭やろうぜにしちまおうって考えてるっぽい。  けど総括部長として、あくまで中立! つって仙波大先生に釘刺されちまったんで、俺は首ツッコめない。  つまり姉崎の『寮祭やろうぜ!』には、もれなく『部外者立ち入り禁止やめようぜ』と『留学生入れようぜ』と『駐車場に寮建てちゃおうぜ』がくっついてるからだ。話通そうとしたら風聯会で物議醸すの決定なんで、そん時に備えてアタマはどっしり静観しとけって、ガッツリ言われたし。じいさんたちも頑固だからなあ、確かに、なんて頷けたし。  寮の総意が決まって風聯会の意向がハッキリしたら方針立てれるけど、逆にそこらへん曖昧なまま動くと、後でマズイかもしんない。アタマなんだから後々響くような言動は自粛しとけ、なんだと。まあ仙波らしい慎重策つうか。  てか俺は正直、寮祭だけなら別に良いんじゃね? と思ってる。  んだけど、他の二つはともかく、駐車場に寮建てるまで行くと、さすがに意味分かんねえし、仙波の慎重論も納得したから、おとなしくしてるわけなんだけど。  つっても自粛はアタマだけでいい。総括部員みんなが自粛する必要なんてねえし、それぞれ思うように動けばいいんじゃね? て思ったから、定例会あとの総括部会で、そこはみんなに言っといた。  正直自粛とかそういうの、あんま得意じゃねえ。  けど、この夏でアタマの自覚持っちゃったから、俺も頑張ってる。  なんだけど、みんなが「お祭り!」「女子呼べる」「ツレと騒げる」なんてモチベーションで盛り上がって 「なにやるっ!?」 「コンパ!」 「アホか!」 「やっぱメシか?」 「駐車場に屋台!」 「焼きそばとかな~」 「ステージ作って企画やるとか!」 「ミスター賢風寮とか」 「……それはやめとこうぜ」 「なんか、結果見えてるし」 「だな……」 「じゃ大食い選手権とか?」 「そうそう、そういうのな!」 「盛り上がるやつ!」  なんてやってんの、実は羨ましい! 「う~~、混ざりてえ~、一緒ンなって騒ぎてえ~」  なんてこぶし握りしめて見てたりすんだけど、部長はどっしり余裕持て~、とか仙波の呪いがかかっててやれねえ!  そんなんでおとなしくしてるんで、結果ヒマになっちまってる。フツーに大学行ってゼミ行って帰ったら部屋で勉強とか、そんな毎日なわけで。  考えたらそんなん久しぶりつか、夏前からなんだかんだ、ずっと忙しかったし、せっかくだからゆったりしとけって仙波大先生の思いやり……と、考えられねえこともねーし、なんて自分に言い聞かせてたり。  丹生田は前にも増して勉強頑張ってるし、就活も始めてるっぽい。学部の先輩とかOBに話聞いてるトコ見たし、本やサイト検索なんかもしてて、やべー俺も考えねえと、なんだけど。  平和っちゃ平和なんだよ?  丹生田が朝練から帰ってきて起こしてくれて、洗面とかの間、なぜか待ってるから一緒にメシ食いに行って大学行く。タイミングあえば、昼も学食で一緒に食うし、ゼミ終えて寮に戻るとだいたい七時とか、そんくらいで。勉強してたら丹生田も稽古から戻って来るから、一緒に食堂とか風呂とか行って……なんか一緒の時間めっちゃ多い。  あ~、そういや稽古のあと汗流してきてないっぽいな。そこは前とちょい違うけど、剣道に大学に保守の仕事も真面目にやってて、まめに掃除洗濯して、とか、丹生田はいつも通りなわけで。  なんつうか、そういう毎日過ごして初めて分かった、つうか。  今も風呂から部屋に戻って、つまり部屋で二人きりになって、そんでストレッチとかしてる丹生田を横目で見ながらペプシ飲んでるわけなんだけど。 (……気まずい……)  そう、安息の場であるべき自分の部屋、339が気まずいのだ。 (つうか風呂も一緒ってのがまずヤバイよな。前は見ないようにしてたトコとか見ちまうし)  そんでドキバクしちまってるわけで、そこらへん、エッチしちまってから、遠慮無くなってる自覚ある。つうか腕とか見てるだけでも抱きしめられた感じとか思い出したりするわけで色々ヤバイ。マジでヤバイ。  ンでもそんなふうに意識してんのこっちだけ感ぱねえわけで、普段通り! とか意識すればするほど、ぎこちなくなってるような気もして、色々考えすぎて分かんなくなって結局黙る、的な。  そんで沈黙が気まずいのだ。  こういうの苦手だし、どしたらイイか分かんねえし、だから入念にストレッチしてる方見て「つかさあ!」大声出して、自分励ますみてーにニカッと笑う。 「今から就活してんの? 志望とか決まってんのか?」 「……ああ」  ストレッチに集中してる風に目も上げず、いつもの低い声が返る。 「決めた」 「……ふーん。どういう系で考えてんの」 「数学を活かしたいと考えている」 「へえ~、あれ、ンじゃ剣道は?」 「もちろん続ける。おそらく死ぬまで」 「おお。だよな~、剣道してるおまえ、いつ見てもカッコイイしな」  ちょい動き止まる。 「……そうか」  目だけ上げた丹生田は、怒ったみたいに一瞬睨んできて、またストレッチに戻った。 「うん」  なにげにドキバクしながら、そんだけ、なんとか言う。 「…………」  Tシャツとスウェット姿の丹生田が、ちょい体勢変えてチラッとこっち見てから、またストレッチ。 「…………」  うーわ、筋肉がきれいに動いて、めちゃカッコイイし。 「…………」  ポーッとしちまって見てるわけなんだけど、なんか時々目だけでこっち見る丹生田が、時々ちょい笑ったりしてて。そん度にドキッとかしちまって、なんも言えなくなって。 「…………」  けど、つうか 「…………」 「…………」  ─────気まずいっ!  前もこんな沈黙ってあったはずなんだ。  丹生田は基本、あんましゃべんないから、こっちが黙ると自然沈黙状態になる。ンでも前はそんなん平気つか気になんなかったはずで、なのに気になって気まずいのってこっちだけつか、あああ~~~っ! もう無理っ!  無理矢理ペプシ一気して立ち上がる。 「ペプシ切れた! 買ってくる」  立ち上がると、丹生田は柔軟中断してこっち見た。 「そうか」 「うん、行ってくるな」  なんとかニカッと笑って部屋を出て、廊下走って一階分だけ階段駆け下りて、そこでちょい脱力する。  ちくしょう、なにやってんだ俺。

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