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132.ウキウキ
必要以上にデカい声の『腹減った』のせいか、駅に向かう途中コンビニに入った丹生田は唐揚げ棒を二本買った。
「とりあえず食っておけ」
「おう、サンキュ。いくら?」
聞いたのに「今日は良い」つってあっさり拒否られた。いつもなら食い下がるけど、今日はなんとなく「サンキュ!」笑い返して素直に奢られることにする。だって丹生田、自信満々なんだもん。めちゃカッコカワイイ。
なんてニヤニヤしちまいつつ早速かぶりついたら、丹生田は小さく頷いて揺るぎない眼差しのまま少し目を細め、つまりちょい笑ったわけで、そのまんま自分も唐揚げ棒にかぶりついてんの見て、おお~、とかさらにテンション上がる。
唐揚げ棒食い切って駅に入る丹生田についてって、ハッとした。
ちょいそこまで、なんかの用事に付き合うんだと思ってたけど、あれ? コレってもしかして二人でお出かけなんじゃね?
しかも寮部屋だと気まずかったのに、外だと全然気まずくねえじゃん! てかキャンプ以降、こういう感じ無かったじゃん?
イイねイイね! なんつって自動的にニマニマしちまいつつ、吊革につかまって窓の外を流れる町並みなんか眺めてたりして。
「つかまだ腹減ってんだけど~」
言ってみたら速攻「分かっている。俺もだ」って低い声が返る。
だよね、朝メシスルーして来てるし、もう九時近いわけで、唐揚げ棒一本で治まるわけもなく空腹なのは一緒。
つうか無料で腹いっぱい食える(つまり寮費に含まれてる)朝定をスルーするなんて、ちょい不思議だとは思ってんだよ。だってそりゃそうだろ? かなりケチつか常に効率考えてる丹生田らしくないじゃんね?
なのに俺ってば、ちょいだらしないくらいニヤケちまってる。
だって今日の丹生田、なんだかキャンプのときと同じくらい、イヤそれ以上に自信満々でカッコイイんだもんよ! いや、いっつもカッコいいんだけどさ、いつも以上つか……って! なに言ってんだ俺、超ハズい~~っ!
つうかさ。
一緒に外歩くってあんま無いけど、こうしてるとちょい自慢したくなるてか、そんな気分。丹生田ってデカイし目つき鋭いし異常なくらい姿勢良いし、ドコにいてもなにげに目立つんだよね。
寮でも、いつも冷静、淡々として動じない奴って思われてるっぽい。状況を作るタイプじゃなくて、状況ちゃんと見て判断するタイプだろ、失敗しないよな、ああいうタイプは、なんて言ってるのも聞いたことある。まあ、剣道やってる時も自分しか見てねえ感じで自己アピール感とかゼロだしな。そう見えてもおかしくねえ。
もちろんイイ感じの評価だし、そういうトコもカッコイイわけだけど、俺はちょい違うことを思ってた。
いつも控えめつか、主張しないつか、前に出ないようにしてるつか。自信なさげなんかな、とか。俺が守ってやんなきゃじゃん、的な。
なのに今日はなぜだか、わりと良くなりがちな悩んでる感じも無くて、電車降りて駅から歩く足取りも目つきも堂々としてて! ちょい笑み含んだ横顔で、『俺についてこい』な感じ発散しまくりなんだよ。
そんで俺要らないンかな、的なのも来ない。だって俺がついてくって疑ってない背中とか、やっぱ嬉しいしドキバクぱねえし、時々チラッとコッチ見て安心してるっぽいのとかめちゃカワイイし! いつも俺のが先に走っちまうから、こういうのあんまねえんだよ!
これテンション上がるでしょう! なんてちょいウキウキ。
「どこで食うつもりなんだよ」
ニヤニヤ聞いちまったわけだが、丹生田はなにも言わずにチラッと見て、くちの片方だけ少し上げ、ニヤッとした!
うあ~~、めちゃヤベえ! つかいっつもよりさらにマジヤバ!
さらに足取りウキウキ軽くなってる自覚なんて無いわけだが。
それに寮じゃねえから周り知らない人ばっかだし、横顔とかガン見しても安心つか、思う存分見れるわけで。
ココんトコ気まずくてこんなガッツリ見てなかったけど、しばらく見ねえうちに丹生田ってば、前よりすっげカッコ良くなってね?
なんつって気のせいかなあ。かもなあ。テンション上がりすぎかもなあ。ま、イイか! なんか嬉しいしな!
言ったら思考停止状態な浮かれ気分になってた。
したらいきなり、丹生田が立ち止まったんで、一瞬追い越しそうになる。ん? とか顔見ると
「………………」
なんでか眉寄せて難しい顔になってた。
「どしたよ?」
「……いや」
そんだけ低く言って、鋭い視線で周りを見回してる。ここは色んなショップとかが並んでるオシャレな感じの通りだけど、まだ十時前だしどこも開店前だ。
すると丹生田は自分に確認するみたいに小さく頷いた。
「こっちだ」
いきなり方向転換して、のしのし歩く。
「え? そっち?」
つか早い早い、歩くのめっちゃ早いんだけど丹生田。なにげに小走りになりつつ、すぐ追いついたけど、ズイーンと開いた自動ドアは皆様おなじみのバーガー屋だった。
「ハンバーガー食うの?」
思わず聞いたら丹生田は振り向きもせずに「緊急避難も考えてある」低く言った。
「は? なんて?」
なんか意味不明な言葉聞こえた気がして聞き返したけど、丹生田はこっちを見ようともせずに、まっすぐカウンターへ向かい
「このセットを二つ」
なんだか険しい顔で、しかも超低音で注文した。
おい、カウンターの女の子びびってんぞ。「お席でお待ち下さい」つって番号札渡す手とか、ちょい震えてるし。
しかも丹生田、黙って受け取っても眼光鋭いままじっとしてるし、慌てて「おい、こっち!」腕引いた。
どしたよ? 自信満々から、いきなりちょい悩んでる感じになってんじゃん?
カウンターの中で女の子とかおにーさんとかが慌ただしく頑張ってんの見つつ席について、こそっと聞く。
「どしたんだよ急に」
急に様子が変わったのが心配になったからなんだけど――
「いや」
丹生田は低くそれだけ言って目を上げるから、目が合っちまうわけで! 鋭い目もカッコイイ~、なんつってポーッとかしちまうわけで。
相変わらず俺って安いな~、とかいつも通り思いつつ、まあコレがデフォルトだし、なんて思ってヘラヘラしちまったら、丹生田の目元が、ふっと笑みに緩んだ。
(おお! つかやべー!)
カッコ良すぎてドキッとしちまって「なんだよ、言えよ」とか誤魔化すみたいにニカッと笑ってたら
「お待たせしました」
ちょいこわごわな声。さっきの女の子が、セット二つ乗ったトレイをテーブルに置いた。
「……ありがとう」
「……はい」
さっきの笑みのまま、低い声で丹生田が言ったら、女の子はホッとしたみたいに自然なスマイルになって「ごゆっくりどうぞ!」って去ってく。なぜだか丹生田までホッとしたみてーな顔してて、ヘンな空気だなあとか思いつつ「食おうぜっ!」さっそくかぶりついて聞いた。
「つかどこ行くんだよ。俺三限あるから十三時にはガッコ戻んぞ」
「…………」
くち開きかけてまた閉じた丹生田は、なにも言わないまま眉寄せて目を伏せ、つまり照れくさそうな顔に一瞬なりつつ、大口でバーガーにかぶりついた。
速攻食って店出るとき、丹生田は携帯でどっかに電話して、なにげに自信満々が復活した顔で、またのしのし歩き始める。
「おい、いい加減言えよ。どこ行くんだっての」
聞くと「……言っていただろう」とか低く、ちょい照れた顔で言った。
「え、俺? なんか言ったっけ」
「……彫金をやってみた、と……」
「え。」
そっか。言われてみれば。
あの豪華なホテルの部屋で、そんなこと言ったかもなあ、と思い出す。
中坊の頃とか、もっとガキの頃からお袋に連れ回されて、家具屋とかインテリアショップとか良く行ってたんだけど、お袋がブランド家具とか見てるとき、いつも俺が気になったのは、ひとつひとつ手作りしたって感じの小物とかだった。
そんでお袋は『本当にそういうの好きね』とか言って、中坊ンとき彫金教室に連れてってくれた。お袋の知り合いの先生だとかいうおじいさんのトコだったんだけども。
なんか思うように造れなくて、あ~~~っ、もうやめっ! つってすぐやめてしまったのだ。
『まったく、あんたって子は。もうすこし腰据えて頑張ってみたら良いじゃないの』
なんつってお袋は呆れてたけど、だって分かっちまったんだもんよ。
俺ってそういう才能ねーんだな~、つのがさ。
「……一時間だけだが」
そう言った丹生田が押した扉には、『高居彫金教室』と文字が貼ってあった。
先の丸い金槌で叩く。ひたすら叩く。
ガチンゴチン音立てながら叩く。そんで焦る。
あれ、こっち出っぱってね?
やべやべ。つか、そっか、こっち叩きゃいんじゃ。
あららら今度こっちが! えっと、ちょい待ち。
いやいや待ってる場合じゃねえし、叩くし。
あれ? いやいやいや、待てって、なんかヘンなことになってんぞ!?
「焦らないで」
優しい声が振ってきて顔上げると、高居さんがニッコリ笑ってた。
「落ち着いて。大丈夫ですよ」
丸いメガネで茶色く染めたショートヘア。ココを主催してる、顔も身体も丸くて小さい、優しそうなおばさ……ご婦人だ。
自宅の玄関横から直接入れる教室で先生やりつつ、『趣味で』小物作ってるんだって。つうか並んでる作品は、全然趣味ってレベルじゃねえ。なにげに値札ついてるし。
つまりココ、丹生田が予約してた彫金体験。そんで錫の小皿を作ってるのである。
時間繰り上げまで頼んだらしく、ココ来てすぐはまだエアコン効いてねくて、むわっとしてた。ンで「お待ちしてましたよ」なんて迎えてくれた高居センセが、道具を示しながら説明してくれたわけ。
「この錫の板を、この台のへこみに合わせて優しく叩いていきます。形が出来たら磨いて仕上げします。もっと時間があれば錫の板を作るところから教えてあげたいんですけれど、今日は一時間だけなので、一番簡略なやり方です。小学生のお子さんでも簡単にできますよ」
つまり超簡単だって話だったんだけど、ぜってー嘘!
なんかデコボコなるし、お手本とまったく違うつうか……なんとかしようとしてんだけど、色々やったらさらにいびつになっちまうし!
「力が強すぎるんですよ。少し弱めてここを叩いてみましょうか」
なんて高居センセが優しく教えてくれてるわけだが、その力の加減つうのが難しいんだよ! と逆ギレ気味になりつつ、必死に力弱めに叩こうとするけど、そもそも思うところに金槌は当たらない。
焦りつつ嫌なデジャブ感で目眩しそう。
う~~中坊ンときとおんなじだ~。どうにもうまくやれなくて、才能無いなってめっちゃ思って、あっさりあきらめたんだよ~
なんてちょい泣きそうになってる間、隣からコンコンコンと軽い音が続いてた。自分が立ててた音とのあまりの違いにチラッと目をやる。
そんで丹生田の手元にあるもの、つまり錫の小皿を見て…………動きが止まった。
「お、……まえ、なんでンな」
まさにお手本通り! めっちゃきれいに出来てる!
なにどゆこと!? 丹生田ってこういう才能あったの!?
「…………藤枝は」
呆然と見てると、少し困ったみたいな顔で、丹生田は言った。
「意外と不器用なんだな」
「うっせ! 知ってるよ、そんくらい!」
やっぱり逆ギレして、声を上げたのだった。
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