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160.就活と日常
小松、鮎田、長谷、谷山なんてメンツが、いつも通りノックもせずに会長室になだれ込んできた。
「あ~、つっかれたあ~」
「てか手応えねえなあ」
「手応えってどんな?」
「いや、気に入られたかも的な、そういうさあ」
こいつら三年のうちからOB訪問とかって、めっちゃ就活頑張ってたんだよな。
四年になってから寮でも大学でも、一気に就活にいそしむ奴が増えた。丹生田も会社訪問とか先輩に会いに行ったりとか色々してるっぽいし、俺はそれまでなんもやってなかったから、なんとなく焦って
「うあ~~どうしよ」
なんて騒いでたら
「商社ならこういうトコとか」
なんて小松が言って、鮎田たちもワイワイ言うし、
「んじゃ受けとくかな」
なんて感じで超軽いノリで、エントリーシートの書き方とか面接のコツとか、全部コイツらに教えてもらって一緒に商社受けた。あくまで試しに受けたんだよ。だって一流企業だもん。いきなり受かるとか思わねえだろ?
一年前から一所懸命な奴らと違うんだし、正直受かるとか1ミリも思ってなかった。
なのにそれがなんか、てかなぜか、受かったぽいのだ。自分でもビックリなわけなんだけど、でもコレって間違いなく内定通知らしい。信じらんなくて会社に電話して聞いちまったんだもん、めちゃ嬉しいけど、ちょい複雑ではある。
だって、こんなノリでコッチが先に就職決まったとか、さすがにきまずいじゃん?
てか本番は聞いてた話とゼンゼン違って、勢いでやっちまったんだよ。だって志望動機とか色々聞かれて、アタマに叩き込んでたこと色々言ったんだけど、(あっ忘れた!)とか(そんなん知るかっ)とかってだんだん焦って、アタマまっ白になったとき、つい言っちまってたんだ。
「私は日本を、いや世界を元気にしたいんです! 御社で働けば、その手伝いが出来ると思いましたっ!」
前に座ってたオッサン達が呆れたみたいに笑って、こっちも開き直ってニカッと笑ってやったけど、こりゃ無理だなと思ってた。なのになんで受かってんだかマジでわっかんねえけど、いや、ちょいぶっ飛んだけど普通に嬉しかった、けどずっと真面目にやってたコイツらに比べると……なんて考えるとちょいきまずくて、そろっとデスクへ近寄って封筒を隠そうとした、……んだけど見つかっちまった。
「え、ちょー待て、この封筒って」
「うわマジかよ!」
「一流商社じゃん!」
「いやでも、まだ決まったってわけじゃ……」
そのあまりの勢いにちょい引き気味になって手を振った。が、みんなの興奮は収まらない。
「だってこれ、内々定だろ」
「うーわ藤枝に先越されたかあ」
「くそー。いいなあ」
超羨ましそうに言ってくるんで、ちょい気分は上がりつつ、やっぱちょい気まずさはある。なんでヘヘッと笑っちまいながら、鮎田に声を返した。
「でもおまえだって、本命はこれからなんだろ」
「ん~、だな、負けてらんねえな」
みんな真剣に語り出したの、ヘラッと笑って見つつ、なんだかんだコレで就活焦んなくてもイイってコトじゃん? って開き直って、ラッキーだと思っとくことにした。
そんで就活考えなくて良いんなら、会長なんだから、卒業ギリギリまで賢風寮 を元気にするために出来ることを考えないと、なのだ。
つか会長ってなにやんだろ。そこから考えねーとなんだけど、尾形さんも津田さんも、見た感じニコニコしてただけだったような。
正直、実務は副会長でやれるよな。つか橋田が確実にデキる感出てるし田口もデキる奴だし、陰の実力者、仙波も居る。部長達はみんな有能だし責任感あるやつばっかで、運営は問題無く出来るに決まってる。
んじゃ、俺はなにをやればイイんだ?
姉崎でも橋田でも仙波でも無く、俺にできること。
「それってなんだろ。つか、あんのかな、そんなん」
*
「なんか疲れたな~。ていうかあそこ、地味っぽくね?」
「……だが堅実さを感じた」
「まあなあ」
スーツ姿の三人組が、ハンバーガーをパクつきながら語り合っている。
「俺はやりがいをとりたいけどな」
三口でバーガーを食い切った浦山がぼそっと言った。
「やりがいね。それはもちろんだけど、俺はさ、趣味を活かしたいってか」
ズズッとコーラを飲み干した森本がヘラッと笑う。
「堅実な方が良いだろう」
そう言った丹生田健朗に、二人は苦笑を向ける。
「ずっとそう言ってるよな」
「えーっと、転勤が無くて、技術が身につく、だっけ? まあ丹生田らしいけど」
森本の声にうっそりと頷き、健朗は残りのバーガーをくちに押し込んでポテトに手を伸ばした。
昨年3月から、この三人でさまざまな企業の説明会に顔を出しているのだが、今日はその一つの企業に行った帰りなのである。
「森本こそアニオタなんて活かせるもんなのか」
「ていうか、そういう業界に行きたいかなって。アニメ業界にもSEやプログラマの需要あるし。大卒でもイケるとこあったらなって」
「ならよー、なんで今日ついてきたんだ? あそこは官公庁のシステムとかやってる堅い会社だろ」
「一応考えてんだよね、いろいろ。アニメ業界って考えてはいるけど、思い込みかもしんねえし、選択肢を増やしたいかな、とか、もっと条件イイトコはあるかも、とか。もしかしたら他に向いてる職種があるかもだしね。だから色々聞きに行っとこうかって」
わしづかんだポテトを一気にくちに押し込んだ健朗は、モグモグとくちを動かしている。
「なるほどな。俺もなあ、やりがいある仕事してえってのはあるし、PC弄るのは好きなんだけど、IT系はどこもブラックぽいだろ。まあ営業とかは俺、できそうにねえから選択肢はそうねえんだけど」
「なんだよね~、そこら辺悩ましいよね。職場環境も大事だし。丹生田も剣道続けられるトコがいいんだろ?」
問いを向けられた健朗は、コーヒーでポテトを飲み込んでくちを開いた。
「……それはそうだが」
ふう、と息を吐き、低い声を出す健朗に、二人はモグモグとくちを動かしながら目を向ける。
「俺たちは未経験のひよっこだ。偉そうなことなど言えるか」
浦山がプッと吹き出し、森本が困ったように苦笑する。
「おいおい。つうか俺、偉そうだったかな」
「いや」
目を伏せた健朗がニヤッと笑う。
客観的にけっこう怖い顔になるのだが、この二人にはただの笑みだと分かっている。前はいつも睨むような目つきで口も真一文字、ニコリともしなかったのだから、だいぶ進歩したのだ。
「そう聞こえたなら済まん。自分に言っただけだ」
「……つうかよお」
浦山がデカい身体を縮こめるように背を丸め、ヘラッと笑った。
「おまえ少しは気を緩めろって。無駄に迫力増してンぞ」
昨年秋頃、数学課から専攻変えたあたりから、健朗は就活に躍起になっていた。その時いつも言うのが「安定した職場」「技術を身につける」「転勤の無い会社」の三つ。まったくぶれずにそれだけを言い続けていた。
健朗の真剣な様子が、それぞれ自分たちのことを考えるきっかけにもなり、みんなで就活にいそしんでいたのだが、技術を身につけるならIT系はどうだと言う話になったあたりから、浦山や森本など情報施設部に所属している数人、他にもIT関係の就職を希望する連中で一緒に、どういうトコが良いか調べたりした。
そんな中、健朗はどんどん真剣味と迫力を増していて、だんだん余裕が無くなっているようにも見え、この二人は少し心配していたのだった。
「そうだよ丹生田。おまえすぐ顔が怖くなるんだからさ」
からかうような声を出した森本が、フフッと笑って肩を小突くと、健朗は恥じたように眉を寄せ俯いた。
「いよいよ本番だし、気合い入るのは分かるけどよ、怖い顔してっと面接に響くんじゃねえか?」
「……しかし」
眉寄せたまま低い声を出す様子に、二人は笑いで肩を揺らす。
「だいぶ表情筋緩くはなったけどなあ」
「帰ったら面接用に顔の練習するか。付き合ってやるよ」
目だけでチラッと二人の顔を見た健朗は、目を閉じてフウッと息を吐き
「……頼む」
しっかりとアタマを下げ、二人は思わず笑んでしまいながら
「おう!」
「分かったよ」
それぞれ返したのだった。
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