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161.副会長・橋田雅史

 橋田雅史は寮執行部の副会長二年目である。  他に執行部経験者のいない現執行部の中、なにかと頼りにされている。  就職する予定が無いので、基本的に今までと同じタイムテーブルで動けるという状況もあり、対応はなんなくこなしているのだが、むろん人のためなんかじゃ無く、自分の利益があるからである。  つまり情報収集、取材できるからだ。  素人集団で小なりとはいえ、賢風寮はひとつの組織だ。風聯会という上部組織があるので、執行部の立場は中間管理職と言ったところ。  小説家である雅史は自営業。このままいつまでやれるかはともかく、とりあえず就職する予定も無く、組織で働く可能性は低い。ゆえになかなか知り得ないであろう組織というものを経験しておきたいというのがひとつ。加えて副会長だからこそ集まるネタもある。  総括や執行部に集まる相談事は、個人名こそ伏せられているが報告書として上がってくるのだが、それをデータベース化する作業は副会長として雅史が行っている。これがネタの宝庫なのだ。  さらにこのところ、同期の連中が就活に奔走する様子や心理も観察している。これがそれぞれ違っていて興味深い。  就職する者たちだけでは無い。ひとくちに院に進む予定と言っても、大学で地位を得たいと考える者、研究を進めたい者、学者バカ系、教授について行きますというのや、とりあえずモラトリアム期間を延ばしたい者まで、さまざまなタイプがいる。  こいつらは一年の時から見てるので、キャラ別に行動をチャート化する作業もコッソリやっていたり、可能な場合は自ら話を聞きに行きもしている。  こうして集めたものは雅史の脳内で熟成され、やがて発想に繋がったり、登場キャラのエッセンスになったりする。つまり、どんな情報も無駄にはならないのだ。今この立場だからこそ入手出来る豊富なネタを逃す手は無いではないか。  そうでなくとも書きたいものは次々浮かぶ。考えるべき事、調べるべき事が山ほどあり、知りたいこともやりたいことも次々出てくるので、淡々として見えるけれど雅史的には大忙しである。ゆえに必要ないことに思考を回すヒマは無い。つまり将来のことなんて考えていないのだ。  興味深い話しをする相手は必要だ。しかし気安い友人など必要ないと思っている。なぜならそういう立場の奴は土足でプライベートに踏み行ってくるからだ。なにより大切な執筆を妨げる権利など、誰にも無い。  そもそも滅多にニコリともしないので無愛想きわまりないうえ、まるで言葉を惜しんでいるように必要以上しゃべらず、集中すると周囲を謝絶するのが雅史だ。  本人がなんの不都合も感じていないので言動を改める気が無い。つまり友人を作ろうなどと言う姿勢は欠片も見えず、自ら断崖絶壁に挑もうという勇者は、そう簡単に現れないのが自然の摂理。なにげに親しくなりたかったらしい森本は嘆いていたが、そんなことにも気づいていない雅史である。  元々そういうキャラで、寮内でも学内でもそういう奴だと認識されていたのだが、二年半ばに小説家だということが広まって以降、そっけなさに磨きがかかっていた。  なぜなら(わずら)わしい(やから)が周囲に出没するようになったからだ。つまり“有名人と仲良くなりたい”連中である。  ゆえにいきなり親しくなりたい雰囲気を出されると引く。自分から話しかける場合であっても、必要なのはネタであって友人では無い、常にそういうスタンスで、だから雅史は、 「用があって部屋に来るなら、きちんとノックをするように」  と要求している。  他人行儀だと文句をいう奴はいたが、 「実際他人でしょう」  と言って徹底させた。皆がそれに従っているのは、『橋田を怒らせると後々面倒になる』ことを知っているからだ。被害に遭った奴は、雅史が素っ気ないのは他人に興味が無いのでは無く、交遊以上に大切にしているものがあるからなのだと寮内に知らしめるきっかけとなった。  しかし、例外が二人だけいる。  耳が無いのか学習能力が欠如しているのか、何度言ってもきかない二人。つまり今、ノックもせずに扉を開いて勝手に入ってきたのも、そのいずれかだと判断したが、そのどちらであっても緊急に対応する必要は無いので、変わらずキーを叩き続ける。  が、声も無く近寄ってくる足音で、二人のうちどちらなのかは判別できた。藤枝なら騒がしく声を上げているに違いないからだ。  なので目を向けずに雅史は声を出す。 「……久しぶり」 「あれ、僕だって分かった?」  およそ四ヶ月ぶりに聞く朗らかなテノール。姉崎だ。  寮祭が終わってから、珍しくふてくされて部屋に閉じこもってたと思ったら、フラッと出歩くようになって外泊が多くなり、年が明けるとソレが頻繁になって、二月には寮にまったく戻ってこなくなった。  そのまま退寮するかと思えば更新手続きは代理の者という年配男性が来てやっていったので、在籍のままではある。  どうやら戻って来たらしい、とは思ったが、雅史は目を向けることもせずに、よどみなくキーを叩き続け、一瞥(いちべつ)も与えない。コイツのためにわざわざ顔を向けて作業を中断する必要を認めない。  交換条件で、家庭の事情でこうなっている、というのは聞いた。  だがある程度までは話しても、興味が湧いた部分をツッコんで聞く雅史に、ヘラヘラ笑うだけで多くを語ろうとしないので、中途半端にほうっている。興味が無いからではない。どうせ聞いてもはぐらかすと分かっているからだ。  それがこうして戻って来たのは状況が変わったのか、それとも戻ることにメリットを見つけたか。 「うん、久しぶりだよね~。歓迎してくれるんだ? ありがとう」  まったく歓迎はしていないが、こういう独りよがりはいつものことだ。なので雅史は答えない。 「ところで、ねえ橋田。ちょっと提案があるんだけど」  なるほど。  こういう言い方をするとき、姉崎は雅史にメリットがあると思わせるように話を持って行く。当初はそう重要と思える話では無かったのだが、お互い副会長に上がったあたりから、どうでも良いような下らない話はしなくなっている。価値のない話ばかりしていると、相手にしなくなると学んだようなのだが、意味のある話だとしても作業の手は止めない。  打ち込んでいても話は聞こえるからだ。 「ねえ、聞いてくれる?」  早く本題に入れ。聞いてるから。 「ねえちょっと、無視しないでよ」  うるさいな、ちゃんと聞いてるって。 「橋田、ねえ、無視はやめてってば」  いつも通り、笑いを含んだ声なのだが、肩を掴んだ手には異常に力が入っていたので、仕方なく「してないよ」とひとこと返す。これで満足だろうと思いつつ脇に置いた資料へ手を伸ばしたら、横から伸びた手がひょいっと持って行ってしまった。 (……失敗した)  藤枝なら一言返すとしばらく静かになるんだが、こいつには適用できないのを忘れていた。  ため息をついてそっちを見ると、メガネをかけたイケメンが資料をひらっと振りながらニッコリ笑ってる。 「聞いたらきっと興味持つと思うんだけど」 「…………」  目が笑ってないな。  と、いうことはマジな話かも知れない。だとしても作業の邪魔を許容出来るものでは無い。 「その資料返して」  イラッとしながら手を出したが、姉崎はニッコリ笑って首を傾げるだけで渡そうとしない。 「聞いてくれる?」  しつこいな。  ということは……急いでる。つまり──────  価値ある情報と交換できる可能性が高い。持って行き方によっては、おそらくしゃべる。 (たとえば。……こいつの家庭事情とか)  以前、副会長の仕事を肩代わりする代償として聞いたのは、現状だけだった。それ以上を聞いても『そこまではねえ?』なんて笑ってはぐらかすだけだった。それを、今回は聞けるのではないか。  そう考えた雅史は「うん」とだけ言って目をPCに戻し、打ち込んでいたテキストを保存しつつ、淡々と声を返す。 「聞いてもいいけど」 「マジで? じゃあ……」  また姉崎に目を向けて、「勘違いしないで欲しいんだけど」言葉を遮る強い声を出した。 「条件によっては、ということだよ」  雅史がそう言うと、姉崎はメガネ越しの目を細め、フフッと笑った。

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