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162.六月定例会

「つーわけで、今年もやります寮祭!」  執行部室に会長、藤枝拓海の声が響いた。 「んで、去年は夏から突貫(とっかん)でやったから大変だったけど、今年はもっとラクに楽しくやろう! てことで、今からちゃんと計画立ててやっていこうぜ!」  六月末の定例会で、通例議題を終えた後、会長が新たな議題をぶち上げた。もちろん田口と橋田には相談済みである。 「今年の方針とかは? 去年と一緒でいいのか?」  瀬戸の声に、田口がにこやかに答える。 「去年みたいな利益至上主義はやめようということで。それは会長の強い意志で決定してます」 「時給とか出さないってことですか」  会計の豊畑が問いを出す。「まあね」頷いて答えたのは橋田だ。 「直前直後と当日分くらいはあっても良いけど、準備段階まではね。風聯会もイイ顔してないみたいだし」 「そうなんですよ」  総括部長、池町が補足するべく続ける。 「去年は姉崎先輩がかなり強引に留学生受け入れを推し進めようとしてて、それを一時保留にする代わり、寮祭に資金を出すってコトになってたんですけど」 「なんだそりゃ」 「そんな交換条件、通るものなんですか? 風聯会って意外と甘いってこと?」  湯沢と種市が呆れたような声を上げた。この二人は昨年一年生だったので、昨年の執行部の内情はまったく知らないのだ。つまり去年の姉崎がどんだけやりたい放題だったか、そこ知らなきゃ当然の疑問だろうな、とみんな苦笑気味になる。  なんだかんだ言ってココにいるのは、やりたい放題に乗っかって楽しんじまったメンツばかりだ。 「あ~あ~、うん、分かるけどそこは今いいから」  藤枝会長の声に、ふたりの二年生は抗議の声を上げる。 「え~? 大事なとこスよ。聞いてた話と違うってか」 「風聯会って厳しいじいさんが一杯って聞いたのに。そんな甘いなんて聞いてないです」 「いや、そんなことねえし、おまえらも姉崎に巻き込まれれば分かるよ」  ニカッと笑う会長に、おまえも同類タイプだよ、とみんな思っていたが、言ったら話が進まないのでくちを噤む。 「とにかく聞けって。質問はそれからな」  会長の言葉に、二年生ふたりも「はあ」なんて黙ったが、納得はしていない顔だ。  しかし会長はカラッと笑って池町に目を向けた。 「悪いな、続けてくれ」 「あ、はい」  素直に答えて池町が続ける。 「留学生受け入れは、去年の夏言われて今年の春ってのは間に合わないから無理ってことで、そのとき姉崎先輩を納得させたみたいです」  元総括部長、藤枝の声に、現総括部長は条件反射で従ってしまうようだな、と納得してる面々をよそに、手元のメモに目を落とした池町の張りのある声が続く。 「でも昨年と今年、二年続けて新入生が定員割れしてるんで、風聯会としても検討はしてるみたいです。なんですけど、姉崎先輩が執行部から引いたんなら、交換条件は無効だと言われまして。寮祭は好きにしたら良いけど、出資はもう無い、ということです」 「つうわけだから、去年みてーにはできねえんだよ」  ニカッと笑った会長を、横目で見た浦山が、ため息混じりに言った。 「ま、去年がおかしかったんだもんな」 「でもさ、去年は突貫だったしエアコン設置もあったし、超ハードスケジュールだったから、普通じゃ人集まんないだろ、有志集めてちゃ間に合わねえだろってのもあって、時給出してでも! ってのもやむを得ない感じあったけどさ。今年は施設部倉庫にしまってある去年作ったモンも使えるから大作業ねえんしさ、実績あるわけだから、みんなモチベーション高いだろ。準備期間も余裕があるわけだから、少しずつ進めていきゃあイイんだし、やれるだろ?」 「……それは分かったが」  保守部長、峰がくちを開く。 「昨年と同じ事をやるのか?」 「基本、それでイイかなと思ってるけど、やりたいこととかあったら意見上げてもらう感じで、とにかくお祭り気分で楽しくやろうってスタンスでさ」 「気分って、お祭りなんじゃないんです? 『寮祭』って言うくらいなんだから」  田口が朗らかな声で混ぜっ返すと、会長は嬉しそうにニカッと笑った。 「だよな! てか祭りなんだからさ、楽しもうってことで! だからみんな好きなこと楽しくやればイイんだよ」  同期はやれやれと苦笑したけど、「えっとじゃあ!」後輩達は勢いづいた。 「ステージでミニライブとかもアリっすか?」 「イイんじゃね?」  カラッとした会長の笑みに、わっと空気が沸いた。 「集会室とか、色々飾ったり」 「写真好きな奴とか、イラスト描く奴もいるし」 「アニメとか流したり」 「ああ、娯楽室使えば!」  去年の経験からそれぞれ思うところがあったようで、活発な意見がどんどん出てきた。執行部室は一気に活気づいて、賑やかな声が飛び交った。 (うん、イイじゃん。楽しい感じになりそうじゃん)  俺は考えた。めっちゃ考えた。  会長として、なにができるか。 (会長っぽく威厳出すとか無理! だって総括部長の時点で仙波にダメ出しされてたわけだし。寮の風紀シメるのは瀬戸や峰がガッチリやってるから俺がやる必要ねえし。新しい寮の方向を模索するとか、……て、どういう方向? つうか方向なんてどうでも良いんだよ。ただ賢風寮がイイトコだって、そういうふうに、みんなココを好きになるような──────)  めっちゃ考えたけど、やっぱ分かんなくて、でも考えることは全部、結局コレにつながってた。  『賢風寮を元気にする!』  つうか俺に出来ることなんて、そんなねえってコトみんな分かってンだろ? なのに俺が会長になって、みんなそれでイイつったわけで、だったら今までと同じでイイんじゃね? つか文句あんなら会長なんてやらすな!  つまり開き直ったのだ。  それにみんな就活とかで頑張ってるし、俺は今まで通り、丹生田……みんなを応援しねえと!  とかなんとか思いつつニヤニヤ見守ったり茶々入れたりして、例会は九時近くに終わった。 「腹減ったぁ~」  とか、みんなで言いながらゾロゾロ向かった食堂には丹生田がいた。てか丹生田も保守の副部長なんだけど、就活で出れてなかった剣道部に顔出してて定例会欠席してたんだ。  丹生田って、三日も竹刀振らないと禁断症状出るっぽいんだよね。ウズウズするってか落ちつき無くなるってか。  夜中にロビーで竹刀振ったりもしてんだけど、それじゃ足りねえみてーで、今日はジリジリしてるの丸わかりで。なのに「定例会に行かねば」なんつって会長室に迎えに来たから「いいよ、道場行って来いよ」つってやったんだ。 「いやしかし」 「イイから行けって! 俺から峰に言っといてやるよ」  ケツはたいてやったら、まだちょい悩みながら「分かった」つって階段降りてったくせに、玄関から出たときは爆走してた。  そんで目一杯、竹刀振ってきたんだろな、スッキリした顔してる。 「お疲れ」 「いや、俺はゼンゼン。むしろ田口が進行してたし」  言いながら同じテーブルに着く。  てか田口ってホントうまい。なにがって空気読むのが。イイ感じに会議回してたな、あいつすげえよな、とか考えてたら丹生田が腰上げてニッと笑った。 「B定だろ。待ってろ」 「え? イイよ俺自分で」  慌てて後を追い、結局並んでB定を受け取る。 「てか丹生田は?」 「もう食った」 「え、んじゃ待っててくれたんか」 「ああ」  笑みを浮かべた丹生田に、軽く癒やされながらテーブルに戻る。 「丹生田が母親って感じだよな」  なんて、瀬戸がからかう声を出す。 「まあ、今に始まったことじゃねえけど」 「ホント仲良いよなあ」 「藤枝さんと丹生田さんって、ずっと同室だったってホントですか?」 「そうなんだよ。おまえも同室になりたいのがいたら、強権発動してやろうか」 「えっ、いや別にソコまでは……」  丹生田はツラっとお茶を飲んでる。 「なんかワリいな」  なんだかんだ、めちゃ腹減ってたから、B定かっ込みながら言うと 「なにを言う」  ズズッとお茶を飲んで、丹生田は目を伏せて、やっぱちょい笑ってる。 「藤枝は会長だからな。サポートは当然だ」  まあ、今日の議題については言ってあったし、意見も聞いといたから俺が代わりに言えばイイし、保守関連の話は峰が把握してれば丹生田に伝わる、って感じで。つってもまあ、意見聞いても 「藤枝の思う通りにすれば良い」  だったりしたんで、 「おまえ自分の希望とか無いのかよ」 「藤枝が笑顔になるのが良い」  とか、よく分かんねえこと言うだけだったという。  ばっか、こっちこそ丹生田が笑ってればなんでもイイんだっつの。 「……俺に出来ることは、そう無いが。やれることはやる」  呟くみたいな低い声に、やっぱ癒やされるわ~、とか思いながら、この時間帯にしてはビックリするくらい騒がしくなりつつ、もうすぐ終わりだっておばちゃん達も厳しい目を向けてくるんで、そそくさとメシ食い終えて、食堂を出た。  んで、どーでもいーことくっちゃべりながら階段上って、それぞれの部屋に入ってくわけだけど、一人減り二人減りして、結局俺は、最後まで丹生田と肩並べて歩くことになる。  なぜって部屋が隣だから。  そんで丹生田がドアノブに手をかけたから「んじゃ、おやすみ~」とか声かけたら、いきなり腕つかまれて、丹生田の部屋に引っ張り込まれて。 「……え」  気がついたら、ガシッと両腕で抱きしめられてた。  カァ~っと身体の熱が上がる。めっちゃドキバクで声が出ない。 「明日」  低い声が、囁くみたいに微かな低い声が、耳元で聞こえた。 「午後いっぱい、時間取れないか」  ドキン、と、ひときわ大きく、心臓が鳴った。 「……あ。……うん」  そっか、今日って月末だったから、アレだ、丹生田、カネ入ったんだな。そんで午後いっぱいってのはつまり…… 「ホテルに行こう」  そゆこと、だよな。やっぱ。  ドキドキが増して、身体がカッカして、めっちゃ汗出る。 「う……ぅわかった」 「昼、待っている」  耳元の囁くような低い声。 「あそこでいいか」  そっか、あそこって……あそこか。あの家具屋の近くの…… 「……うん」  蚊の鳴くような声になっちまったけど、丹生田の肩口にほっぺ押し付けて、コッチからも抱きしめた。

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