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第2話
お題「涙目」「『そろそろ自覚したら?』」
あ、と思った時にはすでに目に映る景色が反転して、前日の雨で少し湿った地面が自分の左肘と肩、手を強く摩った。
「天翔、大丈夫かっ」
ぎゅっと閉じていた目を開けると、こちらに手を差し伸べるクラスメイトがいた。
その隣を、ゆっくりとサッカーボールが転がっていく。
自分も手を出すと、そいつはグッと引っ張って起き上がらせてくれた。
「悪いな。わざとじゃないんだ。足とか捻ってないか?」
「......あ、ううん、大丈夫。俺の方こそごめんね」
今は体育の授業の時間で、サッカーの試合中だった。
俺は鈍くてトロいし、なるべく目立たないようにやってたつもりだった。得意な奴にパスをしようと体を捻らせた途端、人に思いきり衝突してしまったらしい。
ジャージを両手でパンパンと叩いていると、手にほんの少しだけ痛みが走った。
手の平を空に向けてみると、擦りむけて血がうっすらと滲んでいた。
「うわ、怪我してんじゃんか。保健室に一緒に......」
「俺が連れてく」
横から割り込んできたのは、さっき試合が終わって向こうの方で見学していたはずの高志だった。
高志は機嫌が悪そうに言ったから俺はぎょっとする。
「ほら、行くぞ」とポケットに手を突っ込んで歩き出してしまったから、心配して集まってきてくれたクラスメイトに断って、彼の背中を追った。
すぐに追い付いたけど、高志の背中から怒りのオーラが見えて、なかなか声を掛けられずにいた。
二人で上履きに履き替えて保健室に向かう。
高志が先にドアを開けて中に入ると、なぜかそのままピシャリと扉を閉められてしまった。
ポカンとしてから数分後、高志は消毒液や脱脂綿が入った袋を持って出てきた。
「え......先生、いるんじゃないの」
「いたからもらってきた。いいから黙ってついて来いよ」
「もらってきたって......高志、何か怒ってる?」
「怒ってねぇっ」
怒ってるじゃん......と呆れながら着いていくと、自分達の教室のドアを開けた。
俺の席は窓際なのに、壁側の席に座るように指示された。
「とりあえず、手出せよ」
俺はおずおずと手を差し出した。
高志の大きな手に包み込まれると安堵する。
消毒液がちょっと染みて眉根を寄せていたら
「あんまり、そういう顔見せてんじゃねぇぞ」
いきなりそんな事を言われたから、俺はムッとした。
「なに?そういう顔って」
「そうやって、うるうるした瞳で、他の奴と手繋いで見つめ合ってんじゃねぇぞ」
ふっ、と吹き出してしまい、次の瞬間には天井に向かって大口を開けて笑ってしまった。
「もしかして、嫉妬したの?」
「したよ。お前ら何話してたんだよ」
「何って、大丈夫かとか、わざとじゃないからって」
「当たり前だよ。未樹の顔に傷でもつけたら本気で許さねえ」
高志はバカみたいな事を言うな、ってたまに思う。ちょっと恥ずかしいくらい。
だけどやっぱり、俺はそんな高志が大好きで。
手際よく手当てしてくれたので礼をいうと、二人きりの教室に沈黙が流れた。
高志はこちらをジッと見つめたまま動かないから、俺は首を傾げた。
「何?」
「もっとお礼して」
「今言ったじゃん」
「何の為に二人きりになって、教室の外から見えない壁側に座ったと思ってんだよ」
「......何それ。ずるい」
高志は目を閉じたから、俺はガーゼが付いた両手で彼の顔に手を添えて、いつもみたいに深く深く口付ける。
熱い息をお互い吐き出して、視線を合わせて微笑みかけた。
「......そろそろ、自覚したら?俺の方が高志よりもずっとずっと好きの気持ちが強いんだって事。」
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