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第8話

はっ、と目を開けた。 激しく鳴る心臓と背中を撫でる冷や汗、短く途切れる息に眩暈を覚えた。 先程見た夢が頭の中で鮮明に蘇る。 夢と言うにはあまりにも生々し過ぎた。 あれは本当に夢だったのだろうか。 全ての感覚が恐怖を訴え、身体が震えた。 まるで自分がその場に居たような、いや、自分があの女性だったのではないかと思うぐらい全身の細胞が感情に揺れ、殺意が肌を突き刺した。 あれは、夢…? 平和な世界(学園都市)という名の鳥籠の中で微温湯(ぬるま湯)に浸って流されるように生きてきたカルマにはそれが嘘か(まこと)か夢か現実か分からなかった。 ピチャ、 足に冷たい水かかかる。 カタカタと小刻みに身体が震えた。 その震えは寒さ故か、先程見た夢の恐怖故か。 このままあの動物を追いかけたら危ないのではないか? 漠然とした恐怖からこの考えが頭を過る(よぎる)。 辺りを見渡すとあの大きな動物の気配はない。 「か、帰ろう…。多分、学校も始まってるし…、急いで、帰らなきゃ…」 独り言を呟き、笑う膝を奮い立たせ再び湖の中へ入っていった。 「帰らなきゃ…はやく、かえらなきゃ…」 呪文のように呟く声は小刻みに震えていた。 歩いても歩いても水底は深くならない。 どうして、なんで、あんなに深かったのに 脳内はパニックを起こし恐怖に支配される。 膝下までの水の中、耐えきれず走り出した。 カルマの足元から荒波が音を立てた。 どんっと何かにぶつかり、勢いよく尻餅をつく。 見上げるとそこには光をも拒絶するような暗い大きな壁があった。 「な、なんで…。なんで!!どうして!?やだ、やだ怖い…。出して!帰らせてよ!」 大粒の涙をボロボロと水面に叩きつけながらカルマは壁に縋り付いた。 いくら叩いても壁は微動だにしなかった。 「お願いだから、返して…」 拳が裂け、指先から血が流れても叩き続けた。 『グルルルルルル…』 背後から獣の唸り声が聞こえ、カルマは動くのをやめた。いや、正しくは動かなくなってしまった。 何かが、目には見えない何かが、唸り声をあげながらカルマにゆっくりと近づいてきていた。 「はっ、はっ、はっ…」 喘ぐように息が切れ、ぽちゃんと涙が一滴溢れた。 見てはいけない、振り向いてはいけないと分かっていても身体は何故かゆっくりと背後を振り返ってしまう。 カルマの視界を埋めたのは、 黒い大きな獣だった。

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