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第12話
「んぅ…」
ポフポフと地面を叩くも、あのモフモフが無い。
代わりに柔らかい枯れ葉のカサカサという音がした。
なんの木の葉だろう…
とても良い香りがする。
スンスン、と匂いを楽しんでいると目の前に大量の果物が落ちてきた。
『なんだ、起きていたのか』
黒い大きな獣が果物を避け、カルマの体を包むように寝転んだ。
「ビックリした。おはよう、今起きたとこ…です」
『敬語などいらん。普通に話せ』
獣はカルマの首筋に鼻を埋め、スンスンと匂いを嗅ぎグルグルと喉を鳴らしていた。
「あ、あの…」
『何だ』
な、何で嗅ぐんですかー!?とも言えず。
「えと、この果物、貴方が食べるの?」
後ろを振り向かないまま出来る限り小さくなる。
『貴様に喰わせるために持ってきた。俺は喰わん』
尻尾でぐいっと引き寄せられ頬をべろりと舐められる。
「んっ、」
ふる、と身体が震えた。
『貴様は良い匂いがする。喰べるつもりは無い。力を抜け』
グリグリと頭を胸元に擦り付けられ甘えるようにグルグルと喉が鳴っていた。
カルマの膝の上に頭を乗せ、うっとりと目を閉じている。
大きな狼の様な姿の獣が、膝の上で甘えているのだ。
かっ、可愛いっ…
そっと頭を撫でると嬉しそうに擦り寄ってくるのだ。
自然と身体から力が抜ける。
「俺はカルマ。貴方は?」
『分からん。狂獣と呼ばれていた』
「狂、獣…」
夢で見た事がある気がする。
それも一度や2度の事ではないのだ。
滝の下を潜り抜けた後にも、夢に出てきた気がする。
うさぎの、親子も…
考えようとすると締め付けるような頭痛がカルマを襲った。
何で、思い出せない…
何度も、何度も見てるはずなのに…
夢の中にかかった砂嵐が、カルマの視界を覆った。
『俺には、十数年以上前の記憶がない』
「…え?」
『気が付いたらここに居た。腹が減ったから魔物を喰った。歩いていたら獣人と会った。あいつらは俺を見たら悲鳴を上げ、泣きながら走っていった。“50年前から居なくなってた筈なのに”と言っていた』
ー50年前?
どういう事だろう。
『俺は獣人たちに“狂獣”と呼ばれた。だからそれが俺の名なのだろう』
耳を伏せ、諦めたように目を閉じた。
“俺の声が分かるのか”
初めて話した時にそう言っていた。
つまり、何度か獣人とコンタクトを取ろうとしたのだろう。
それでも相手には声が届かなかった。
恐れられ、遠ざけられ、攻撃をされた。
待って、何で攻撃されたなんて俺は知っているんだ?
分からない。
でも、悲鳴を上げ、気絶した俺を服を乾かし温めてくれた。
身体を気遣ってくれた。
果物を採って来てくれた。
根は優しいのだろう。
優しいからこそ、獣人の怯えた表情に傷付いたのかもしれない。
この優しい獣に、喜んでほしい。
そう思った。
「狂獣は貴方の名前じゃない。名前が分からないのなら一緒に考えよう。」
獣はぱっと顔を上げた。
『本当か』
「ほんと、う…」
カルマも顔を上げる。
真っ直ぐに視線が交わる。
思わず、呟いた。
「きれい…」
獣の瞳は、優しい森林の色と、燃え上がる焔の色だった。
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