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時すでに遅し
だってこいつは、ほんとに嬉しそうな、柔和な顔をして笑うんだ。
「家分かんないなら、どこかで泊まりせんか?」
「……やぁだ」
「どうして?」
危機感は、ないのだ。でも、不信感はある。
普段あまり他人と接する機会がないから、こうして話せることは俺も嬉しい。
だが、こいつが俺を見る目は、普通の初対面──それも、男に向けるものとは少し違って見えた。
こういう危機感って、本能的なものなのかな。
彼は優しい表情で、落ち着いた声で、初めて会った酔っぱらいのオッサンに、親切にしてくれる。
それなのになんとなく、こわいと思った。
「らってサクくん、おれのこと、へんな目でみてるもん」
「……はは、分かっちゃいました? でも、ここでいるほうが危険なんですよ?」
「なんれ?」
「ここら辺ってね、近くにハッテン場があるから、ソッチの人が多くいるんです。そんななかで、ノンケで酔っぱらいのサラリーマンが路上でひとりで寝てたら……、考えるだけでも怖くないですか?」
「……え? うん、ちょっと、こわいかもしれん……」
なんだかとんでもない裏事情を聞かされた気がする。
たぶん自宅からさほど遠くないところに、まさかゲイ達の出会いスポットがあっただなんて。
「でしょ? だったら、相手が複数人よりも、ひとりのほうがマシだと思いません?」
「お、おもう、かも……え? んう? するの? おれときみが? なにを? どうやって?」
「とりあえず寝床を確保したら、詳しく教えてあげます」
そう言って、彼は座り込んだ俺の腕を掴み、ぐいっと引き上げた。
細く見えた身体は、俺の体重を支えてもびくともしなくて、思っていた以上に、力強い。
さっきまでの、線が細く柔らかなイメージが覆される。
肩に腕を回されて、身体同士を密着させて、腰をぐっと引き寄せられて。
ここにきてようやく、俺のなかで警鐘が鳴り響いた。
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