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第3話

「どうした?」 「え?あぁ…昨日、気になるメールが届いてさ」 仕事の打ち合わせ中にぼんやりしている俺に声をかけてきたのは友人であり、現在は取り引き相手であるクラブ。 クラブは俺の数少ないリアルの友人の一人だ。 クラブとは俺が引きこもりになる前からの付き合いだが、最近では本名ではなく“クラブ”と呼ぶのが定着してきた。 「お前の事だから、どうせ行ってみるんだろ?随分と痩せたしな」 「まぁ前からみれば、半分位にはなったな…」 クラブと笑い合うと、仕事の話を再開させた。 クラブはとある会員制倶楽部の上層部で、グループが展開しているアダルトグッツやラブグッツと呼ばれる夜の生活のスパイスになるような商品を開発している。 専用のラボまであるらしく、クラブはそこの責任者をしている。 「で、最近の売れ行きはどうだ?」 「まぁ前はキッツイのでもレビューで売れてたけど、最近はスタンダードな物が主流だな」 俺は販売履歴や売上を表にしたものをクラブに見せる。 「つまらない」 「お前が趣味で作るものは玄人向けすぎるんだよ」 普段は敬語で話すクラブも、俺の前だと至って普通だ。 クラブが趣味で開発する道具や媚薬類は一応自分の店で実験をするらしい。 それから取り引き業者でモニターテストをしてから一般で流通する。 クラブの研究所で開発する商品は実用的なものも多いのだが、如何せんクラブが個人的に開発したものは素人ではハードルが高いような玄人向けの商品が多い。 俺のショップでは積極的に販売はしているが、やはりみことが居たときよりは売上はがくんと落ちた。 クラブはそれが面白くないようだ。 「まぁお前の玩具のファンもいるけどな」 「あの組長さんだろ?お前の弟は大変だな」 「別に…」 弟の博之をどんなに攻め立てても、結局のところみことの居場所は分からなかった。 映像に写っていた男達をしらみつぶしに調べたが、イタチごっこですぐ消息がつかめなくなる。 そのうち博之を罰していることが兄達の耳に入って俺は兄の部屋に呼び出された。 「博光…お前やってくれたな」 一番上の兄である義博(よしひろ)が大きなため息をつく。 親父は早々に隠居を決め込み、長男の義博に組の頭の座を譲った。 「話を聞いて飛んで帰って来てみれば…」 二番目の兄である博英(ひろひで)は米神を指で押さえ首を横に振っている。 「でも、兄さん達あいつに困ってただろ」 「まぁそうなんだが…流石に下のものに示しがつかないだろう」 「反旗を翻されても困るしな…」 俺の発言に兄さん達は苦笑いを浮かべる。 博之はうちの組を笠に着て小さな犯罪をちょこちょこ起こす俺達の悩みの種だった。 家業の関係であまり目立ちたくない兄達は保釈金等を払い内々に物事を済ませようと色々手を尽くしているのに、当の弟はどこ吹く風だった。 そんな末っ子に手を焼いていたのは事実だから兄さん達は言葉を濁すのだ。 「同盟を組んだ組に、誰か寄越せって言われてんだろ?」 最近同盟を組んだ別の組の組長が同盟の証として幹部を1人時分のところ組の幹部を交換すると言う話を俺は知っていたので何でも無いことの様に兄達に提案した。 一瞬複雑な顔をした兄さん達は最初は渋っていたが、お荷物の末の弟が組の役に立つならと最終的には首を縦にふった。 「俺もここから出てくから、この話はそれで納めてくれ」 「まぁけじめだからな…」 「住むところ位は手配してやる」 自分の部屋も手狭になってきていたし、みことの事もあって近々この家から出ようと思っていた。 基本的に自分の仕事は在宅でできるし、組の仕事も頻繁にあるわけではないので何処でもいいのだ。 それから兄さんが手配してくれたマンションに引っ越して、一人ではじめた生活は自分でも驚く程大変であっという間に月日が流れた。 しかし、部屋の一角にはみことに買ってやった本などを置いて、たまに開いて読んではみことを早く見付けてやろうと心に誓った。 「この後もその組長さんに呼ばれてるんだろ?」 「最近出したお前の新作を届けて欲しいそうだ。俺がしてるのはネットのショップであって、宅配業者じゃないんだけどな…」 少し前の事を思い出して居ると、クラブが楽しそうに声をかけてきた。 本当にあの組長は俺の事を宅配業者か何かと勘違いしているのではないだろうか。 「気に入ってもらってるとは開発冥利に尽きるな」 「何だよ…」 クラブは俺をじぃと見ているので俺は訝しげに聞き返す。 「ついて行っていいか?」 「は?」 「消費者の生の声を聞きたいと思うのは開発者の単純な欲求だよ」 ニヤリと笑うクラブに俺は嫌な予感しかしなかった。 クラブと高速を使って呼び出された屋敷に車でやってくると、俺の顔を見て普通に門番が門を開けてくれる。 俺はワゴンタイプの車に乗りたいのだが、何故か箔がつかないからと言う理由でいわゆる黒塗りの車に乗るように言われていた。 歩道にあがるときも斜めにあがらないと腹の部分を擦るガリガリという音がする位車高を低くされているので本当に早く普通の車に変えたいと思っている。 ただ、シートは本革張りだから手触りはいいのが少し憎たらしい。 「道明寺(どうみょじ)組長お久しぶりです」 「あぁ…前のモノはあの子も気に入っているのか、なかなか離したがらなかったよ。所で、隣の彼は?」 部屋に通され、俺が挨拶をすると組長は楽しそうにころころと笑う。 目の前に居るのは博之を引き取ってくれた道明寺 桜花(どうみょうじ おうか)組長。 本当に博之なんてクズを引き取って、尚且つ俺のしていた“教育”を引続きしてくれている奇特な人だ。 俺の隣に居るクラブに気が付いた組長は、クラブを興味深そうに見ている。 「初めまして。私、 CLUB Aliceの調教師クラブと申します」 クラブは組長に向かって会釈する。 仕事モードに入ったのか敬語キャラに変わっているのを見て、よくやるなと思いながら心の中で舌を出した。 「貴方があのCLUB Aliceのクラブ様ですか!」 クラブの名前を聞いた瞬間、組長の眼が子供のように輝いた。 「私の事を存じていただいているとは光栄ですね。しかも、私の開発した商品のファンでいらっしゃるとかで」 にっこり微笑むクラブに道明寺組長は興奮ぎみだ。 俺にとっては友人であり、取り引き相手のクラブが羨望の眼差しで見られているのは不思議な感覚だった。 「彼は私の商品を取り扱ってくれているので私も次の創作意欲が沸きますよ」 「貴方が作っていたと思うだけで、ますますファンになりました」 道明寺組長はうっとりとした顔でクラブを見ている。 いい歳の強面のおっさんが明らかに年下の男の事を羨望の眼差しでみている光景はかなりシュールなものがあった。 「これが新作です」 「弟の様子を見ていくかね?」 俺は組長にクラブの新作が入った箱を渡す。 するとその箱を受けとり、道明寺組長は名案とばかりに楽しそうに提案をしてくる。 「私は是非とも見たいですね」 「ちょっ!クラブお前!!」 「それではこちらに…」 俺が苦笑いしていると、横から勝手にクラブが返事をしだす。 俺はそれをとがめるが、組長は嬉しそうにいそいそと立ち上がり客間から移動しはじめた。

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