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第6話

「俺はずっと命を探していたんだ!」 その言葉に偽りなど無かった。 弟を断罪しても手に入らなかったものが今本当に目の前に、手を伸ばせば届く距離にあるのだ。 そんなチャンスをむざむざ無駄になどしない。 「そう言っていただけると思っていましたよ。命は本当に人気の商品でしたからね」 巽のその言葉に腹が立ってくる。 多分だが、巽の店と俺の家業は似た位置にあったはずなのに、今までそう言った情報が不思議なことに一切入ってこなかった。 「その顔は何故自分のところに情報が入らなかったのかですか?」 「なっ!!」 どちらかと言うと表情が読み取れないと言われる事が多い俺は巽に胸のうちを悟られてしまって動揺が隠せなかった。 俺はこれ以上感情を悟られない様に小さく息を吐いて気持ちを落ち着けようと努める。 「それは簡単です。命は人を貶めるための商品でしたから、情報が漏れては元もこもないじゃありませんか」 巽が何でも無いことの様に笑う。 俺はその言葉で怒りで手がぶるぶると震えるが、巽の言っていることが分からない事でもないので自分の手を握ってそれを我慢するように更に努めた。 裏の世界では情報も商品だ。 特殊詐欺が無くならないのは、情報が売り買いされているからに他ならないわけだし、違法な事をしてでも資金を集めるのは普通の事だからだ。 「しかし、命はあなたが死んだと言われながら今まで頑張って来てくれましたよ」 「は?死んだ?」 「あなたの弟君から聞かされていたそうですが?」 巽が不思議そうに首をかしげるのに、ここでもあいつが出てきたことに腹がたつし今度命を伴い組長のところに行って博之にお仕置きしてやろうと思った。 きっと道明寺組長なら許してくれるのではないだろうかと漠然とした確信がある。 「さぁ話はここまでにして、部屋に戻りましょうか。そろそろ点滴も終わっている頃でしょうからね」 橋羽が身体を少し傾けたのに気が付いた巽が立ち上がると、着物に着いた汚れを払うように裾を軽く叩いている。 いつの間にか煙管は手早く仕舞われ懐に戻していた。 俺がちらりと時計を見るとそんなに時間がたっていないような気もしたが、一時間程経過していた。 + 病室に戻るとまだ命は眠っていたが、点滴は外されていた。 小さく上下に動く胸に何故か胸が締め付けられる思いだった。 「加々美命君のご家族の方ですか?検査も終わりましたので、お帰りいただいて大丈夫ですよ。下の受付にてお会計お願いしますね」 ここに来る途中ですれ違った看護士に言われていたので、俺はベッド寝ている命をそっと抱き上げた。 「ん~」 久々に感じる命の温もりと重さに、俺は胸が熱くなる。 命はとても軽く、力を入れたら折れてしまうのではないかと思うほどだった。 俺が持ち上げた事で、命はが小さく唸り声をあげるのでこれが夢では無いと実感することができた。 「はじめは大人しかったのですが、急に暴れだしてしまったので鎮静剤を使いました。そろそろ起きるかな…さぁ命。仕事ですよ?」 「…はい」 巽がそう声を掛けるとぐっすりと寝ていたはずの命が目を開いた。 どんよりと濁った瞳には何も映しておらず、真っ直ぐ巽の方を見た。 「命。今日で君の仕事は終わりだ。これからは彼の元で暮らしなさい」 「え?ぼく…ぼく…」 命は状況が掴めないのか俺の手から逃げ出そうと、ばたばたと暴れ出す。 しかし、軽い命が暴れても取り落としそうになっただけだった。 暫くバタバタと抵抗していた命も体力があまり無いのか息があがりはじめ大人しくなる。 「よくごらん?君を抱いているのは誰?」 「え?だれ?」 巽が面白そうに声をかけると、命は恐る恐るといった様子で俺の方をゆっくりと振り返った。 昔と変わらないくりっとした茶色の瞳と目が合う。 その目が大きく見開かれるのを見て、こぼれ落ちそうだなっとぼんやり思った。 「………」 「え?命!!」 暫く俺の顔を凝視した命はハッとしてから、俺の顔にそっと手を伸ばしたかと思うと今度は自分の頬をつねった。 その後急に命の目からはぽろぽろと涙が溢れ俺は戸惑ってしまった。 「パパ?ほんとうに…本物のパパなの?ぼく、まだ夢の中にいるの?」 再び伸ばされた手を今度は捕まえて頬に当ててやる。 俺は分かりやすく口角を上げて笑ってみせた。 「本物だよ。ずっと命の事探してたよ」 「パパ…パパァ…うわぁぁぁぁぁん」 一瞬びっくりした顔をしたが、俺の言葉に命は勢いよく抱きついて大きな声をあげて泣き出す。 先程より大粒の涙がボロボロと命の少しやつれた頬に伝っていく。 「理くんの…いってる、ことっ、うそっ、じゃ、なかった、よぉ…」 嗚咽に混じりそう言う命に俺の胸も熱くなる。 丸い頭を撫でてやると、俺と暮らしてた頃よりパサついた髪の毛が指に心地いい。 「早く見つけられなくてごめんな。パパとおうちに帰ろう?」 「ぼく帰っていいの?ぼくまだ帰るおうちあるの?」 顔をくしゃくしゃにしながら俺に問う命に、俺は涙を拭ってやりながら更に頭を撫でてやった。 「あたりまえだろ。お前の大好きな絵本もそのままにしてあるぞ!」 俺がそう言うと命は更に抱きつく力を強めて俺の胸に顔を埋める。 涙のせいでYシャツが濡れるが、それすら嬉しくて仕方がない。 「さぁ感動の再開は終わりましたので、私達は撤収いたします!」 「橋羽…ここは情緒も大事だよ」 俺達が自分の世界に入っていると、橋羽の声にぱっと身体を離した。 巽は相変わらずふふふと笑っていた。 「あぁ…命。これは餞別だ。何か困ったことがあったら使いなさい」 「たつみ…長い間ありがとう。はしばねさんもありがとう!」 巽が近づいてきて命に小さな白い携帯を渡している。 本体の下に紐が着いていることから子供用の携帯電話だと分かる。 「気にしなくていいよ。君はきちんと対価を払ったんだから…長い間お疲れ様“バラの棘”」 巽は命の言葉に笑うと頭を撫でてやっている。 それに命は、またぼろぼろと涙を流していた。 一通り別れを惜しんだ後、命を車の助手席に乗せた。 「あぁ忘れてました。これも…」 運転席に回ろうとしたところで、橋羽に小さな封筒を渡される。 「では、たまには理くんの様子も見に来てくださいね」 「うん!」 命は助手席側に近付いてきた巽に満面の笑みを浮かべて返事をしている。 その光景だけで、巽が命を特別に扱っていた事が分かった。 そんな巽を秘書の橋羽が気にかけているが、俺には関係ないことなので書類を受け取って運転席に乗り込んだ。 「それでは機会がありましたら…また」 俺はエンジンをかけたが、橋羽から渡された封筒の中身が気になって中を開くと俺の名前で請求書が入っていた。 チラチラと目を通すと内訳には今回の病院の検査代、命に関する様々な雑費が記載されていた。 バックミラーに映る巽はにやっと笑っており、俺はやられたと思って頭を手で押さえた。 「やっぱり裏家業の主人だけあってしっかりしてんな…いや。その秘書がかな」 俺はしてやられたと言う気持ちのままアクセルを踏んで車を発進させ、家へと急いだ。

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