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第12話
俺はソファーの上で姿勢を少し正した。
「れいちゃんはお店で“預かり”から“流れ”になったの。れいちゃんは前の彼氏に拉致されてお店にきたっていってた」
命は思い出しながらぽつりぽつりと話はじめる。
質屋での“預かり”とは品物を質屋に預け、それで金を借りることだ。
その金額が返せないと品物の所有権は質屋に移る。
それが“流れ”だ。
薄々気が付いていたが巽の店はただの質屋ではないようだと命の話から推測できる。
「れいちゃんはミコミコのママみたいにお料理が上手で、可愛くて、金色の髪がキラキラしてて、お花みたいな匂いがするの」
人物を思い浮かべているのか、指を折りながら特徴を羅列してく。
顔は少し綻んでいる。
「れいちゃんは帰るおうちも、パパも居なかったぼくのママになってくれるっていったんだ。旦那さんのけいちゃんも、けいちゃんの息子のしょうちゃんもぼくの家族になってくれるよって言ってくれたの」
その時の事を思い出したのか、命が少し不安そうに自分の手をぎゅぅと握っている。
俺はその上から手を重ねてやると、命は安心した様にふわんと笑う。
「でもれいちゃんお仕事してると、いつもの優しいれいちゃんじゃ無くなっちゃうの。怖いれいちゃんに変わって、ぼくも止められないの…青色の目がガラスみたいに何も見てないの」
容姿の特徴を総合すると、花吹玲とは外国の子だろう。
日本人より茶色い瞳に、明るい髪色の命も多分中東あたりの生まれだ。
「そんなれいちゃんを見てられなくて、ぼくたつみにれいちゃんをけいちゃんのところに帰してあげてってお願いしたの。新しくたつみとけいやくして、れいちゃんの分のお金もぼくが返す事にしたの」
命の話で契約書の謎が解けた。
しかし、要領をえない命の話でも分かるほど“花吹玲”は精神を病みはじめて居たようだ。
命も現在進行形で見えないものに苦しんでいる。
「たつみのお店を出たら、パパとママのれいちゃんのところに帰るって決めてたの。でも、パパから迎えに来てくれて、ぼく夢かとおもった」
命は身体を少し浮かせてぎゅうっと俺に抱きついてくる。
俺はそれを受けとめ、背中をポンポンと撫でてやるがふと巽の言っていたことを思い出す。
「命は俺が死んだと思ってたんだろう?」
「とくべつほうしゅうだよ!」
「特別報酬?」
「うん。政治家のおじさんのところにお仕事に行ったはずなのに、おじいちゃんの家に行ったの」
つまり、政治家の摘発を目論んでいたのだが予期せぬ事態が起こり命は別の人物の所に行くことになったのだろう。
「おじいちゃんにはたくさん叩かれたりしたけど、帰ってきたらパパが生きてるって聞いてれいちゃんも元気だって分かったから、早く会いたいって思って頑張れたの」
「そうか…早く迎えにいってやれなくてごめんな」
俺は命の頬にキスをしてやりながら胸のモヤモヤを振り払おうとした。
「んーん。理くんもいたから平気だよ」
しかし、命はにっこりと笑って首を横に振ってくれる。
「理くん?」
「理くんはまだ“預かり”の子なんだ。ぼくがお仕事おわったあとに今のパパみたいにぎゅってしてくれたの」
巽の店にも命の味方が居たのかと思うと少し安心してしまう。
例えそれが一時のことであってもだ。
「そうか…沢山話してくれてありがとうな。朝ごはん食べたらお出かけしようか」
「れいちゃんのおうちに?!」
俺の言葉に命の目がキラキラとしたものに変わる。
俺はそれを見てつい苦笑いしてしまった。
「玲ちゃんのおうちに行く前に色々準備しなくちゃいけないから、それが終わったらな?」
「じゅんび?」
「パパと暮らすための準備だよ」
その言葉に命はハッとした顔をする。
それが面白くて、俺はつい笑ってしまった。
+
ピンポーン♪
俺達はとあるマンションに来ていた。
命は俺の服の裾を握って住人が出てくるのをソワソワと待っている。
半ズボンから出ているハイソックスに包まれた足の爪先に力が入っているのか身体が少し前のめりになっていた。
命と生活しはじめて命も俺との生活にだいぶ慣れた頃。
花吹玲の居場所が分かったと組から連絡が入った。
俺達が住んでいるところから車で30分ほど離れたマンションに家族で住んでいるらしい。
それを聞いた命は凄く喜び、すぐに会いに行くときかなかった。
カチャン
「はい。どちら様でしょうか?」
鍵の解除音の後に扉が開くと、うっすらと扉が開いた。
ドアクローザーのせいで大きくは扉が開かないものの、ドアの隙間から若い男が顔を出した。
「玲さんは居ますか?知り合いなのですが…」
「知り合い?」
男は当然ながら、俺達の突然の訪問に訝しんだ顔をする。
「しょうちゃんだ!」
「え?」
命が急にはしゃいだ声をあげるので、男は驚いた顔をする。
どうらやら彼は命に気が付いて居なかったようだ。
「れいちゃんいますか?」
「え?あぁ…居るよ。とりあえず中にどうぞ」
にこにこ笑っている命に毒気を抜かれたのか、一端扉を締めてロックを外して中に招き入れてくれる。
「翔ちゃんお荷物?」
彼の後に着いていくと、香ばしい匂いと揚げ物をしているような独特のジュワーパチパチと言う音が聞こえる。
キッチンからは鈴のような綺麗な声が聞こえ、命の言葉通りの金色の髪に青い瞳の子がこちらも見ないで一心不乱に唐揚げを揚げていた。
「お前のお友達が来たぞ」
「ん?お友だち?」
彼の言葉に顔を上げた玲ちゃんがこちらを見ると、持っていた菜箸を取り落としカラーンという小さな音をたてる。
「みことちゃん!!」
コンロの火を止めてこちらに駆け寄ってくる玲ちゃんとやらは、随分と可愛らしい格好をしていた。
エプロン姿の玲ちゃんはこう言ってはなんだが、確かにママっぽい雰囲気を醸し出していた。
「命?」
玲ちゃんが俺達の側までやってくると、命はさっと俺の後ろに隠れてしまう。
あんなに会いたがって居たのに急に恥ずかしくなったのかと思い身体を折り曲げて顔を伺った。
「どうした?ずっと会いたがってただろ?」
「恥ずかしくなっちゃった?」
俺が声をかけると、翔が命の側により小さい子にするように屈んで声をかけてやっている。
命はイヤイヤと首を振り、警戒している猫の様に玲ちゃんの様子を見ていた。
肩透かしにあった玲ちゃんは一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐににっこりと花が綻ぶような笑顔に変わる。
「だいじょうぶよ。ママだよ?」
玲ちゃんがそう言って両手を広げると、命はおずおずと俺の後ろから前に歩み出す。
命が玲ちゃんの側まで近付いた。
ガバッ
そんな音が聞こえそうな程玲ちゃんが命を抱き締める。
「みことちゃん…おかえり。ありがとう」
俺達は一瞬驚いたが、その言葉に俺と翔は顔を見合わせ安堵のため息をついた。
「ふふふ。れいちゃんくすぐったい」
「みことちゃん…よかった」
玲ちゃんが命の頬にキスをしはじめ、命はそれを嬉しそうに甘受していた。
仔犬がじゃれあっているようなその光景はどんどん艶めきだし、キスはどんどん唇へと移動していく。
「んっ、んちゅっ」
「ちゅっ、ふふっ」
舌を合わせる様な水音がしはじめた頃、横で見ていた翔の肩がブルブルと震え出す。
顔も真っ赤にしていて面白い。
「こら!お前、人様の家の子になにしてんだ!」
「えー。ちょっとくらいいいじゃないねー?みことちゃん?」
「えあ?う、うん」
翔に猫の様に襟を掴まれ命と引き離された玲ちゃんは頬を膨らませている。
命は玲ちゃんからの急なキスの余韻でぼんやりしていたが、声をかけられ大きく頷いた。
俺はその光景が可笑しくて、つい声を出して笑ってしまった。
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